第188話小学生を襲いそうになった熊を殺生した猟友会に喰いかかってきたおばさん達に反抗してみた2
「急になんです?」
女性が睨みつけてくる。
奏介はスマホをタップした。
『あら。こんな若い人達も猟師をやっているんですか? 殺人犯見習いですね』
静かに音声が流れ、奏介がゆっくりと女性の顔を見る。
「猟友会の方々と揉めてたのは見てましたけど、その流れで俺達に暴言吐くの、やめてもらえます? 殺人犯見習いって。名誉毀損でしょ」
「なっ……」
奏介はスマホを持つ手を左右に振る。
「訴えますよ? 初対面の人間相手に、殺人犯て。言って良いことと悪い事の区別くらいつけられないんですかね?」
女性は顔を真っ赤にして、
「盗聴じゃないっ! 勝手に録音して」
「ドラレコも監視カメラも犯罪の抑制のためにつけてるんですよ。一般人を殺人犯と決めつけ、陥れようとする輩の言質取るためには必要でしょ」
「っ……!」
「あなたに習って、この流れで言わせてもらいますけど、小学生を襲った熊を処理した猟友会の方々に随分と失礼なことを言ってましたね」
女性は一気に冷静さを取り戻したらしく、むっと表情を変えた。
「失礼? どこが。生き物を殺しておいてヒーロー気取りなのよ。新聞のインタビューなんかに答えていたし」
すると、猟友会の男性達が近づいてきた。
「人を襲う害獣を始末するのは仕方のないことなんですよ。万一、子供達に何かがあったら困るでしょう」
長めの髪を一つ縛りにした若い猟師が口調強めに言ってくる。
「インタビューに答えたのだって、熊に遭遇した場合の対処などを知ってもらうために」
中年の猟師も加勢するが、
「命を奪ったことに変わりはないわ」
食い気味に即返しだった。
「子供達の命を守るというのを建前に、結局殺生を行っているのですから、何を言ってもあなた方は動物虐待の」
「じゃあ、どうしたら良かったんですか?」
奏介の問いに、再び睨みつけてくる女性。
「また子供が口出しを」
「出来れば口出ししたくないですけど、殺人犯とまで言われたら黙っていられませんよ」
「ええ、そうね。殺人犯に追われるような恐怖でも体験したいというなら、あたしが叶えて差し上げましょうか?」
姫の目が据わっているので、宥めつつ、
「つまり、あなたは小学生の子供の命より熊の命の方が数倍大事だと言いたいんですかね?」
「そんなこと、一言も言っていないじゃない」
バカにしたように返してきたので、
「だって、小学生を守るために殺生をしたと言ってるのにそれを批判してるじゃないですか。子供の命なんかどうでも良いから熊の命を守れってことですよね?」
「だから言ってないでしょ」
「言ってないけど、そう聞こえるんですよ」
「なら、あなたは、小学生の子供のためなら熊の命はどうでも良いと?」
「いいえ。でも、時と場合に寄りますね。熊に襲われた時に、どこの誰とも分からない熊のために死のうとは思いませんし。反撃のチャンスがあるなら、行動すると思います。でも、あなたは熊のために自分を犠牲にするんでしょう?」
奏介が無表情で言う。
女性は、鼻を鳴らした。
「そんなの、自分も熊も命を落とさない最善の選択をするに決まっているでしょう」
奏介は目を細めた。この言い分に関しては口攻撃してもまったく効果がないだろう。
(実際に体験しないと分からないだろうな)
方向性を変える。
「最善の選択ですか。なら今回の騒動の件、猟友会の方々はどうするのが正解だったんですか?」
「なんでもかんでも他人に指示されないと動けない連中なのかしら? どうして私が答えないといけないの? それを考えるのは猟友会の皆さんでしょう」
奏介はふっと笑った。
「なるほど、あなたも正解が分からないんですね。まぁ、文句言うなら小学生でも言えますしね。偉そうにしてますけど、子供と同レベルですね」
「!」
表情で分かる。頭にカッと血が上ったに違いない。
「また、失礼なことをっ」
ぎりぎりと歯を食いしばる女性。
「失礼? 言われるのが嫌なら文句と一緒に解決策も提示すべきでしょう。子供の命も熊の命も奪わなくて済む方法を考えて、猟友会の皆さんに提案して下さいよ。もう一度言いますけど、批判するのは誰でも出来ます。言うだけなら、簡単なんですよ。本当に熊の命が大事で、今回のことが二度と起こってほしくないと思うなら、お金をかける場所が違うでしょ。裁判するのに弁護士雇うんですよね? そのお金を熊のために使ったらどうですか?」
「う……」
怯んだ。攻める。
「もしかして、熊の命がどうのって言いながら、お金が欲しかったんですか?」
「そんなわけないでしょ!?」
だんっと床に足を叩きつける。
「なら、解決策を」
「そんなこと、少し考えればわかるじゃないのっ、大きな音を立てて山へ追い返すのよ。それか、安全な麻酔銃で生け捕りにして山へ返せば」
「追い返すのは良いですけど、戻ってこないって保証出来るんですか? もう二度と山から降りてこないから大丈夫だと、胸を張って言えるんですか?」
「ま、麻酔銃を使えば良いじゃない。一番安全だわ」
「本当に簡単に物を言いますよね。麻酔を専門に扱うお医者さんがいるの、知ってます? 専門に扱うってことは、一般人が誰でも使えるものではないってことです。相手が熊でも同じです。熊に麻酔を投与するなら獣医さんがいないとだめなんですよ。猟師さんになるための条件に獣医師免許は必要ありません。意味わかります? 猟友会に獣医師さんはいない場合が殆どなんですよ。熊が出てから獣医師さんを呼んで麻酔を調整してもらって……なんてやってたら被害が拡大するの分かりますよね? 一人二人食べられてるかもしれないですよ?」
「っ……っ……!」
ジリジリと後退る女性。
「弁護士を雇う余裕があるなら、全国の猟友会に獣医師さんと麻酔銃を配備して、素早く対応できるように、その体勢を整えるために尽力したらどうですか? 熊の命か子供の命かなんて天秤にかけてる時点で、まったく考えなさそうですけどね」
「っ……! ま、また来るわっ。今回、熊の命を奪ったのは事実なんだからっ」
女性はの男性達を連れて、そそくさと廊下へ出て行った。
奏介はその背中に、ふんっと鼻を鳴らした。何も考えずに人を批判する輩には怒りしかない。
車のエンジン音がして、遠ざかって行ったところで、猟友会のメンバーが駆け寄ってきた。
「いや、なんか、すっげースッキリしたわっ」
「いやいや、驚いたー」
皆、興奮気味に言う。相当あの女性に困らされていたのだろう。
「すみません、突然口を出してしまって。失礼しました」
奏介は頭を下げる。
盛り上がった猟友会メンバーに誘われ、夕食をごちそうになることになったのだが。
殆どのメンバーが会議室を出て行ったところで、
「菅谷さんの弟くんだろ? 聞いてたよ」
先程の若い猟師が声をかけてきた。よく見れば、姫と年齢が近そうだ。
「こちら、
「あ、ああ。サークルの合同飲み会で十分だけ隣の席になったんだ。それだけの縁なんだけど、今回まさか来てくれるなんて思わなくてさ」
少し照れた様子で言う。
「そうなんですね。弟の奏介です。よろしくお願いします」
「ああ、よろしく」
友達の知り合いの知り合いの友達と思っているのは姫だけで、栃木の方は詳しく知っているらしい。
(姉さん、有名人なのか)
ぼんやりとそんなことを考える。
「でもこれで、大人しくなってくれると良いんだけど」
栃木が不安そうに窓の外へ視線を向ける。
「ああ、それは無理ね」
「ああ、無理だな」
栃木が目を見開いて、菅谷姉弟を見る。
「え」
「栃木さん、ちょっと提案が。やっぱり百聞は一見にしかずだと思うんです」
奏介が呟くように言った。
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