第179話昔の同級生に冤罪をふっかけることにした2

 アカノはミハラと一緒に近くのファーストフード店に来ていた。窓側の席でドリンクとポテトをつまむ。

「やっと落ち着いたか」

「……ごめん、ちょっと動揺して」

「テンパリ過ぎだろ」

「だってっ! 一歩間違えば色々やばかったし」

「まーな。てか、あいつは捕まったんかな? カバンにこれでもかとお菓子詰めてやったけど」

「あぁ、まずい。もうどうでも良くなってきたし。はぁ……」

 アカノは戦意喪失気味だった。しかし、

「まぁ、でも。南城君達に任せてって言っちゃったし、確認しないと。あ」

「ん?」

 窓の目の前をそうと真崎が通って行ったのだ。何事もなく、会話をしながら、駅の方へと去ってゆく。どう見ても万引きをしてバレた後とは思えない。

「失、敗?」

「マジかよ」

 万引きは基本的に現行犯逮捕だと聞く。つまり、逃げおおせたということだ。

「っ……! 生意気っ、あいつのせいで疑われたようなもんじゃん」

「こじつけひでぇ〜」

 ミハラがケラケラと笑う。

「あいつが南城君やカナエにちょっかい出さなければ、あたし達もこんなことしてないんだし、トータルであいつのせいでしょ」

「一理あるな」

 ミハラは半笑いながら、

「結局はあいつの逆恨みが原因だし、やっぱり懲らしめないとってことだよな」

「そう。今更小学生の頃のこと蒸し返して来てさ」

 そう考えると、ムカムカと腹が立ってきた。

「で、次の作戦は?」



 そんな会話を後ろの席で聞いていた詩音、ヒナ、わかばは同じタイミングでそれぞれ頼んだドリンクをストローですすった。テーブルの上に置かれているのは繋がったままのわかばのスマホ。通話が繋がっているのは『菅谷奏介』だ。周囲の音を細かく拾えるように設定してある。

 と、電話の向こうでバキッと言う音が聞こえた気がした。何かが割れたような音である。

「なんかもう典型的、自己中よね」

「……うん」

 わかば、詩音の順で発言。

「勝手に絡んで勝手に逆恨みかぁ。うーん、クズ!」

 ヒナが笑顔で言う。

「とりあえず、作戦の内容まで聞いて店出ましょ。あいつも、あんまり近づきすぎないほうが良いって言ってたし」

 南城や丸美と接触すると詩音達の協力がバレてしまうかもしれないのだ。

「積極的にお願いしてくれれば、ボク、全力で手伝うのになぁ」

「最低限一人でなんとかする計画立ててるからね」

「巻き込みたくないってことよね。……目的のためならなんでもするなら、私達に頭下げれば良いのに」

「わかばちゃん、すっごい的を得てるね」

 目的のためなら女裝(女性用下着あり)したり、殴られたりするくらいである。

「それ、本人に言ってみようかな」

 ヒナは真剣な表情で呟く。

 作戦の内容は電話を通してばっちり奏介に伝わったのだった。


 



 日曜日。

 アカノは電車を降りて、改札口へと走った。

「お待たせっ」

「遅すぎだろ」

「ごめーん」

 アカノは顔の前で両手を合わせ、

「そんで? あいつ、マジで映画館に来んの?」

「通り過ぎた時に聞いたから間違いないわよ。尾行しつつ、帰りの電車で痴漢冤罪ふっかける。どう?」

「あの見た目なら周りの客が信じそうだな」

 ミハラが可笑しそうに口元を押える。

「でしょー? 丁度見たい映画見るみたいだし、一緒に入っちゃおうよ」

「尾行という名の映画観賞じゃん」

 二人で笑い合いつつ、近くの映画館へ。

 と、すぐに彼の姿を見つけた。

「私服ダサー。なーんであんな奴が南城君達に嫌がらせ出来たわけ?」

「キレると手がつけられなくなる陰キャってことだろ?」

 券売り場ですかさず後ろに並び、監視できる位置に座席を取ることに成功した。

「あーもう、真ん中取られてるー」

「でも列は真ん中じゃん」

 飲み物などを購入して真ん中の通路側のEの8の席につくと、友人の隣にいるはずの奏介の姿がない。すぐに戻ってきたのでトイレにでも行っていたのだろう。

 広めのシアター内に放送が流れた。

「これより、『海で君を追いかけて』を上映を開始致します。上映中のお喋り、携帯電話等のご使用はお控え下さい。また、他店でのご飲食物の持ち込みは」

 注意事項が最後まで読み上げられ、アナウンスが終わると、すっと暗闇に包まれる。

 映画にワクワクしつつも、彼の背中に目を細める。

(今度こそ。覚悟しなさいよ)

 喜ぶ南城の顔を思い浮かべてしまい、慌てて振り払った。



 市針いちはりなおるは『海で君を追いかけて』の上映シアターの一番後ろの席に座った。

(土曜日にしては人が少ないですね)

 早朝ということもあるだろう。市針の仕事は、映画上映中の客の監視。あまりよろしくない挙動の客に声をかけ、ルールに従うよう注意をする。

(ん?)

 シアター内の明かりが落とされ、上映が開始されたのだが、不審な光を見つけた。

(あれは……)

 通路側のドリンクホルダーの下に何やら小さなモニターがついた機械が取り付けられている。

(もしかして)

 市針は前から順番に数えて、その席の番号を確認する。

(Eの8)

 上映中、よく観察することにする。



 映画はだいたい二時間半。エンディングが

 アカノはハンカチで少し滲んだ涙を拭い、

「はぁ……思ったよりよかった」

 隣を見るとミハラは涙だらだらだった。

「いや……泣きすぎ」

「うるせぇ、良いだろっ。てか、監視してんのか?」

「してるわよ、まだあそこに」

 明るくなり、客が徐々にシアターを出ていく。奏介が座る席を見ると、

「えっ」

 いなかった。友人ごと消えていて、早々に出ていったらしい。

「逃げられたっ」

「おいおい、映画に気を取られてんじゃん」

「もう、追いかけないとっ」

 慌てて立とうとしたのだが、

「おい、土原」

 ぞっとするほど低い声にアカノ 

固まった。見ると、ミハラの隣の隣に奏介が座っていた。スクリーンの方へ視線を向けたまま、足を組んでいる。

「は!? いつの間に」

「す、菅谷」

 ミハラも動揺しているよう。

「いい加減にしろよ、お前ら。このストーカー女が。キモいんだよ」

 横目でぎろりと睨んでくる。

「は!? ストーカーって何。誰があんたなんか」

「スーパーへついてきたり、映画へ行くって話を盗み聞きしたり、映画館についてきたり、ストーカーだろ。ついて来んなよ。キモい」

 吐き捨てられるように言われ、アカノはカッと頭に血が登った。

「元はと言えば、あなたが南城君達にちょっかい出したせいでしょ? あなたのせいで南城君達は」

「相変わらず大好きな南城君の話を丸々信じてるんだ? 頭軽っ。自分で考える能力皆無だな。猿より頭悪いよな」

「なんですって!?」

「おい、お前、いきなり話かけてきやがって」

 奏介はミハラへ軽蔑の目を向けた。

「カバンに未会計のお菓子突っ込んできた奴に文句言うのは当然の権利だろ。何イキってんだ? 万引きの疑いかけようとしやがったくせに。キレたいのは俺なんだよ。ふざけんなよ、納谷」

「っ……!」

 すべてバレていると気づき、ミハラは黙った。

「土原お前さぁ、好きな男のためなら、無実の人を犯罪者にして喜ぶんだな。最低だよ。笑いながらやってたみただけど、その人が警察に逮捕された後、どうなるか知ってんのか?」

「あなたがどうなろうが、知ったことじゃないし、カナエのことも学校を辞めさせたんでしょ? 偉そうに逮捕されたらとか言ってるけど、そっちのしてることも最低だから」

「最低ねぇ。殴られたり蹴られたりしたからやり返しただけだけど?」

 その話は聞いていなかった。一瞬動揺したものの、

「そんなの、小学校の頃からの行いが悪いからでしょっ!? 逆恨みじゃない」

「なんで向こうから絡んできた奴らの相手しただけで逆恨みなんだよ。逆恨みされたくなかったら関わってくんな。まぁ、もう遅いな。また喧嘩売ってきたみたいだし、南城も丸美も許さないけどな」

「はぁ? そんなことさせないから」

「へぇ、どうするつもりなんだ? てめぇに何が出来るんだよ?」

 嘲笑。堪らなく腹が立った。

「あ、あんたなんか、今に見てなさいよ」

「この後、痴漢冤罪ふっかけるつもりだったんだろ? 作戦会議はバレないようにやれよ。本当に頭悪いよな」

「っ! 盗み聞きして」

「盗み聞きして映画館についてきたてめぇに言う仕掛けねぇだろ。ブーメランだよ、ブーメラン。自分もやってること同じだろ。このクズが」

「ぐぐ……」

 小学生の頃は何を言っても怯えるばかりで言い返すこともなかったのに。罵られながら返されると、いちいち動揺してしまう。

「今に見てろとかほざいたけど、お前、今後自由に動けるのか?」

「は? 何が」

 奏介は指を指した。

「ほら、ドリンクホルダーのとのろ」

「え?」

 手を回すと、ドリンクホルダーの下に何かが取り付けられていた。

「何、これ」

 小さなモニター付きのカメラらしきものだった。スイッチが入っている。

 と、アカノの肩に手が置かれた。

「お話中ごめんなさい。少しお話よろしいですか?」

 スーツ姿の女性、映画館のスタッフらしく険しい表情で立っていた。

「え……何」

 奏介がため息をついた。

「そういうわけだから、本当にそういうことするのは辞めたほうが良いよ。俺を盗撮するためなんだろうけど、最低だから」

 いつの間にかシアター内に客はいなくなっていた。

「映画、盗撮してましたよね?」

 アカノはぽかんとしてしまった。それからゆっくりと状況を飲み込めてくる。血の気が引く音。

 奏介は小声で呟く。

「納谷、お前だけなら逃げられるぞ? 知らなかったって言ってな」

 びくりと肩を揺らすミハラ。動けないアカノ達を残して、奏介はシアターを出て行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る