第157話ハルノの悪口を言っていた女子達after3
夏井は慌てて朝の情報処理室へ駆け込んだ。
「はあ、はあ」
パソコンの前に座って、起動する。パソコンが立ち上がると同時に、ネット掲示板を開いた。
「っ!」
大炎上だった。一年生の菅谷奏介に対する誹謗中傷、それは夏井ユキのIDから書き込まれている。一般生徒にはIDだけではわからないが、泉生徒会長がやったように生徒会役員は管理パソコンを使える。掲示板に書き込んでいる生徒の中に生徒会役員がいるのだろう。
『このIDは夏井ユキのもの』だと書き込みがあったのだ。
「なんであたしのIDを? 誰が」
ログインはしたが、きちんとログアウトしたはずだ。勝手に使われることなどないはずだが。
と、その時。
ダンッとキーボードの横に手が置かれた。
「ひっ」
反射的に手の主を見上げる。
「おはようございます、夏井先輩」
夏井は慌てて立ち上がって、距離を取った。目の前に現れたのは一年生の菅谷奏介だった。
「え、え……」
「人の悪口を、名指しでネットに書き込むのがどんなに危険なことか、分かりました?」
「あ、あんた何したの?」
「そのNO.12のパソコン、オートコンプリートがオンになってるんですよ」
「え」
眉を寄せる夏井に奏介はパソコンをちらっと見、
「一度パスワードを入れると、ブラウザが記憶してくれて、次回のログインで最初の一文字をいれると勝手にサジェストに表示してくれるんですよ。犯罪に使われることもあるので今後気を付けてください。で、それを利用して、夏井先輩のIDで掲示板にログインしたんですけど、悪用させていただきました」
「悪用、って、自分の悪口を書き込んだってこと?」
「そうした方が夏井先輩の評判が下がるでしょ?」
さらりと言われ、頭に血が上った。
「犯罪じゃないっ」
「一年の菅谷が酒、たばこやってるとかいうデマ流して誹謗中傷しておいて被害者面ですか? 最初に喧嘩売ってきたの、あなたでしょ」
「う……」
「それで、なんでこんなことしたんですか? 飯原先輩の時のごたごたの恨みですか?」
「っ……!」
「まあ、それしかないですよね。ではまず、飯原先輩を目の敵にしてる理由を聞きましょうか」
「だから、あたしはナナーが好きなの。そこにあいつの顔が載ってるとムカつくって言ったじゃん」
「それは生理的に無理な顔だと?」
「そうよ。悪い!?」
「じゃあ、購入した雑誌に出てる飯原先輩の顔を塗りつぶした上で読めばいいんじゃないですか? 本人の性格ではなく、顔が生理的に無理なんですよね?」
夏井は口を半開きにした。
「ほ、本気で言ってんの?」
「本人の性格が嫌いとかじゃなければ、それで良いでしょ」
「あ、あいつ、性格も悪いじゃん」
「悪口言っていじめて、仕事やめさせようとする方が数百倍性格悪いです。顔がムカつくってだけなんでしょ? 飯原先輩に嫌がらせされたわけじゃないんでしょ?」
「そ、それは……」
奏介は入り口の方へ視線を向けた。
「先輩方、どうぞー」
そして、入ってきたのは川鍋と月岡だった。
「え」
「あ、あの、夏井この前はごめんね。あたし、つい」
「わたしも、夏井がやったって言っちゃったから、ごめん」
「あ……」
完全に裏切られたと思っていたが、まさか謝られるとは思わなかった。
「こんにちは」
二人の後ろから顔を出したのは、今話題に出ていた飯原ハルノだった。
「ちょっ、なんで」
あたふたする夏井。
「聞いたんです。夏井さん、ナナーのモデル募集に書類審査で落ちてたんですね。モデルになりたかったと」
奏介はぽかんとした。夏井へ視線を向ける。
「ま、待って、そんな昔のこと」
ハルノはふっと息を吐いた。
「その時に合格したのがわたしだったと聞きました。原因はそれだったんですね」
「……夏井先輩、堂々と嘘吐いたんですね。顔が生理的に無理とか……」
奏介は心の底から呆れて、そう言った。脱力する。決定的な理由ではないか。
ハルノは奏介を押し退けて、夏井の両肩を掴んだ。
「ひっ!?」
「飯原先輩、落ちついて」
止めに入ろうとしたのだが、
「夏井さん、甘いですよ。モデルの書類審査なんて落ちてなんぼです。わたしなんてナナーのモデルに応募する前、十回連続審査落ちだったんです。日本人離れた顔のせいで、断られまくってました。夏井さんは一体何回応募したんですか?」
「な、ナナーの一回だけ」
「夏井さんっ」
「は、はい!?」
「わたしに悪口を言っている暇があったら書類審査に通るよう、努力しましょう。何、無駄な時間を使っているんですか。女子高生の間にデビューしたほうが有利なんですよ? わたしも手伝います。とにかく、色んな雑誌に書類を送りましょう。夢を叶えたいなら全力で挑まないと後悔しますよ」
「え、いや、あの」
ハルノの妙なスイッチが入ってしまったようだ。
「今日からです。まず、手始めに応募する雑誌を決めて無差別に送りましょう。人気になれば、他紙での、つまりナナーでのお仕事もできるチャンスがあるかもしれませんよ」
「そ、そこまで本気じゃ」
「本気じゃなかったら私に悪口言ってないでしょう? 悔しいからじゃないんですか? 放課後、打ち合わせをしましょう。今日はわたしも暇なので」
「だから待って……うあっ」
手を引っ張られる。ハルノのモデルに対する本気度が伺える。
奏介は川鍋達へ視線を向けた。
「それじゃ、先輩方、お疲れ様です」
「え、ああ、うん」
ハルノに任せて良さそうである。
奏介はパソコンに向かった。
(自分でやらせようと思ってたけど、今回は火消ししてやるか)
夏井のIDが乗っ取られたことにして、菅谷奏介を誹謗中傷していた人物は、謎ということにする。
それ以来、夏井はハルノにしごかれているらしい。東坂委員長によれば、筋トレとかやらされているそうだ。良いのか悪いのか、夏井はもうハルノに逆らえ無さそうである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます