第125話学童保育に口を出す保護者に反抗してみた1

 平日、朝。


 奏介は伊崎家の前で詩音を待っていた。最近ましになったと思っていたが、今日は出てくるのが随分と遅い。


「あ、ごめんね、奏介君」


 焦った様子の詩音母がドアを開けて顔を出した。


「もしかしてまだ寝てるとか」


「もう着替えたから後一、二分で出られると思うわ。でももし急いでるなら先に行ってもらえる?」


「わかりました。じゃあ、先に」


 と、詩音母の後ろから詩音が出てきた。


「奏ひゃん、おまはせっ」


 髪は整っているし、制服もきちんと着ている。しかし、食パンをもぐもぐしていた。


「……じゃあ、おばさん、すみませんけど先に行きます」


「そうね。行ってらっしゃい。気を付けてね」


「なんで!?」


 詩音はエレベーターに乗るまでに食パンを食べ終え、どうにか奏介の後を追ってきた。


「急ぐと喉詰まるよ」


 マンションを出て二人で歩きながら、奏介はそう言った。


「大丈夫だったし! それにしても寒いね」


 すっかり詩音は元に戻っていた。土岐との一件の時は人が変わったようだったが。


「ん、どしたの?」


「いや、なんでもない」


 土岐の人格口撃はトラウマレベルなので少し、心配していたのだ。詩音の性格なのか、あまり気にしていないよう。安心した。


「今日、風紀委員だから先帰って」


「うん、おっけー」








 放課後、風紀委員会議後。


 奏介は東坂委員長の机の前にいた。わかばも一緒である。


 東坂委員長はにっこりと笑う。


「相談が来ているので菅谷君と橋間さんでお願い出来ますか?」


「はい。今日ですか?」


「ええ、二年生の櫛野零くしのれいさんという方です。生徒指導室で待ってもらっています。あと、すみません、今日はわたしは用事がありまして、立ち会えないのでよろしくお願いしますね」


「分かりました。後で報告します」


 奏介はわかばを連れて、風紀委員会議室を出た。


「まったく、完全にあたしも相談窓口要員じゃない」


「仕方ないだろ。委員長もそういう認識なんだから」


「今日はヒナ達待たせてるのよね」


「え、それなら」


「一緒に帰るって約束だけだから用事あるわけじゃないわよ。ちょっと、昇降口寄って良い? もう待ってるっぽいから」


「ああ、わかった」


 生徒指導室へ向かう前に昇降口へ。


「あっ、わかばー」


 ヒナが手を振っている。その後ろにはモモの姿もあった。奏介は歩み寄る。


「菅谷くんも一緒か。会議終わったの?」


 わかばは肩を落とした。


「これからこいつと風紀委員の相談聞きに行くのよ。だから先に帰ってくれていいわよ」


「あー……。そっか、残念。二人とも頑張ってね」


 と、モモが奏介とわかばを見た。


「もしかして櫛野先輩?」


「知ってるの? モモ」


 モモはこくりと頷いて、


「演劇部の先輩。わたしが……風紀委員紹介したから」


 モモの薦めだったようだ。


「そうだったの?」


「でも、あんまり乗り気じゃなかったから、相談しに行くとは思わなかった」


 と、ヒナが勢いよく挙手をした。


「提案! そういうことなら皆で相談聞きに行こうよ。ボクだけ全然関係ないし部外者中の部外者だけど!」


「そう、ね。モモがいると櫛野先輩もリラックス出来るかも」


「そうだな。話しやすくなるだろうし。僧院は良いの? 遅くなるけど」


「もちろん。付き合うよ!」


 話し合いの結果、部外者中の部外者ヒナも含め四人で行くことになった。


 生徒指導室で待っていたのは小柄な男子生徒だった。美形な上に中性的である。


櫛野零くしのれいです。今日はよろしく」


 頭を下げた櫛野は、モモに気づいたようで、


「あ、須貝君も来てくれたのか」


「お疲れ様です」


 緊張気味だった彼の表情が和らいだ。モモを連れてきたのは正解だったようだ。


「風紀委員の菅谷です」


「同じく橋間です」


「えっと、僧院ですっ」


 五人で向かい合って座る。


「それで、相談内容は」


 奏介がそう促すと、櫛野はこくりと頷いた。


「うちの学校は高校生ボランティアの募集を受けてるんだけど、オレが行ってる桃華小学童保育でちょっと問題があってさ。アドバイスがほしいんだ。風紀委員の相談窓口って評判が良いからさ」


 いつの間にか評判が良くなっているらしい。


「学童保育って放課後に小学生が行く場所よね。親が共働きの友達とかは行ってて羨ましかった覚えがあるわ」


 仕事で家にいない保護者が子供を預ける場所だ。


「ボク、小学生の頃通ってたよ。赤田あかだ先生とか内海うちみ先生ってまだいますか?」


「ああ、僧院さんは小学生の頃から桃華なんだ」


「えへへ。結構長いです。それで問題っていうのはなんなんですか?」


 ヒナが首を傾げる。


「ああ。一人、不整脈という病気を抱えている子供がいるんだ。医者の診断書もあって、激しい運動をしなければ問題ないってことで預かってるんだけど、親がとにかくうるさくて。それで、オレや他のボランティアが赤田先生達を庇ったら、うちの高校の文句を言い出してさ。いや、参ったよ。その子供の病気をバカにしたとか理事長に伝わってて、怒られたんだ」


 深いため息。


「なんか、酷いわね」


「あの、どんなことを言って来るんですか」


 モモが控えめに聞いた。


「他の子供と同じように遊ばせろってさ。話を聞いてると軽い運動するのは問題なさそうなんだけどさぁ」


 奏介は少し考えて、


「親がいないところで万が一があったら困りますしね」


「ああ、そうなんだよ。そう言ってるのに伝わらなくてさ。どうしたら良いと思う?」


「やっぱり、丁寧に説明しないと」


「それをやってもダメなんだよなぁ」


 彼の思う丁寧と、奏介の考える言い方にはズレがあるのだろう。


「じゃあ、迷惑でなければ一度見に行きましょうか」






 桃華小学校は高校や中学校から徒歩十分のところにある。


 学童の建物は第二グラウンドの端っこにあった。正門からは遠いが駐車場のある南門前が近いので親が車で迎えに来やすいのだろう。


「懐かしい~」


 ヒナが楽しげに言う。淡いピンク色の建物、見ただけでは少人数の保育園のようだ。


「とりあえず、中へ。赤田先生には連絡してあるから」


 歩き出す櫛野と須貝。


「ねぇ、菅谷」


 わかばが声をかけてきた。


「どうするの? 今回、親が相手でしかも、理事長に話が行くって……校長より先に教育委員会に電話しちゃう系の親なんじゃない? 大丈夫?」


「どういう親なのか見てみないとわからないし」


「まぁ、そうだけど。気を付けてよね」


「ああ」


 わかばは櫛野に続いて中へ。


「君なら上手くやるとは思うけど」


 後ろから来たヒナがいつの間にか並んでいた。


「今回、ちょっと慎重に行った方がいいね。君が望むなら加勢するけど、様子見た方が良い?」


「ああ、頼むときは頼むから口出しはしなくて良いよ」


「了解。健闘を祈る」


 ヒナは敬礼をすると、わかばを追って行った。


 中へ入ると、広いホールに小学生達が遊び回っている。保護者も何人かいるようだ。


 ヒナが学童指導員らしき中年の女性と楽しそうに会話をし始めていた。


「ヒナちゃん、ほんとに大きくなったね」


「赤田先生、会いたかったぁっ」


 と、櫛野が二人に近づく。


「赤田先生、戸田とだ君は」


「あそこに内海先生といるよ。もうお父さんが迎えに来るけど」


 明らかに憂鬱そうに呟く。


 見ると、若い女性の学童保育指導員と一緒に机に座っているのは、少し痩せた少年だった。高学年だろうか。


 と、隣にモモが立った。


「菅谷君、なんとかなりそう? 風紀委員に相談した方がって言ったのわたしなんだけど、ちょっと心配になってきた」


「ああ、慎重に行くから」


 モモはしばらく奏介の顔を見つめたあと、こくりと頷いた。


 そして、入り口から入ってきたスーツの男性がこの場の空気を変えた。見たところ普通のサラリーマンだが。


「あ、戸田とださん。お帰りなさい」


 赤田先生が慌てた様子で駆け寄る。他の子供達は少し怯えた様子だ。


「どうも、先生、お疲れ様です。……崎矢さきや、帰るぞ」


「パパー」


 内海先生から離れて、少年が戸田へと歩み寄る。


「ねぇ、皆と遊びたかったっ、先生がダメだっていうのっ」


 この場の空気が凍りついた気がした。


 戸田の表情が引きつる。その矛先は内海先生のよう。


「また、うちの子供にそういうことを?」


 彼は内海先生に迫った。


「そうやっていじめを誘発するようなことをして良いんですか?」


「そ、そういうわけではなく、崎矢君は体に心配なところがありますし、念のためです。良くなったら皆で遊ばせますから」


「ですからっ、うちの崎矢は普通に遊ぶ分には問題ないんです。激しい運動がダメなだけで」


「それは承知しているのですけど」


「わかっているのになんでっ」


 戸田はそう言って周りを見回した。


「また高校生ボランティアがいるんですか」


 彼は奏介に目を止める。


「子供に影響がありそうなやつもいるし、また上の方にお電話を差し上げる必要がありそうですねっ」


 奏介はため息を吐いた。


「あのー、戸田さんでしたっけ。少しお聞きしても良いですか?」


 奏介はゆっくりと戸田に歩み寄った。


「……子供が口出しすることではないよ」


 声色は柔らかいが、彼からの嫌悪感がにじみ出ている。


「いえ、聞きたいことがあるだけです」


「何を」


「俺はボランティアなので崎矢君の事情は聞いています。もしも……この場所で崎矢君の心臓が止まってしまったら、あなたはここの学童保育、及び学童指導員さんに責任を問わないと約束できますか? 崎矢君に何があっても他人を責めないと、誓えますか?」

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