第117話賭け事をしている女子に反抗してみた3

 数時間前。


 奏介は『カフェルル』が入っているビルの前に立っていた。


「ここか」


 ビルの中へ入り、地下へ行く前にスマホに『110』を入力する。


それからエレベーター横の一階のトイレへと入った。


『はい、110番です』


「あ、あの助けて下さい」


 受話口に小声でそう言う。


 事務的な口調だったオペレーターの女性に緊張が走る。


『どうしました?』


「今、喫茶店みたいなお店に入ったんですけど、周りのお客さんが麻雀とかトランプみたいな札でゲームしてて、お金を賭けてるみたいなんです。今トイレなんですけど、これって……犯罪ですよね……?」


『確かですか?』


「はい。俺もやらないかって誘われて、怖くなってトイレに入ったんです。どうしたら良いですか? 帰してもらえない雰囲気で怖くて」


 声を震わせ、今にも泣きそうな声を出す。


『落ち着いて下さい。まず、あなたの住んでいる地域を教えて下さい』


 答えると、


『その店の名前と住所分かりますか?』


 自分の住んでいる町の名前と詳しい場所を伝える。


「桃中駅の近くのビルに入ってる『カフェルル』ってところです」


『あなたの名前は?』


「菅谷奏介です」


『何歳ですか?』


「十五歳で桃華学園、高校一年生です」


 自分の個人情報は全て開示する。


『わかりました。まずはそこから無事に出ることを考えて下さい。出られたら、近くの交番へ行って下さい』


 その後、何点か確認をされ、一先ず通話を切った。


 と、真崎からの着信が。


「もしもし」


『よう、警察には電話したのか』


「ああ、今したよ。針ケ谷、悪いけど」


『悪くねぇよ。近くの警察署に駆け込んで、『友達が賭場に引き込まれて軟禁されてる』って言えば良いんだろ? 任せとけ』


 奏介は頷いて、階段を降り始めた。表向きの『カフェルル』は会員制の店であり、高級なお茶やお菓子が楽しめる大人のカフェだそうだ。


 奏介はユウキからもらったチケットを見る。


「今はまだ、お前の名前は警察に売らないでおいてやるよ」


 奏介は薄く笑って『カフェルル』のドアのインターフォンを鳴らした。











 その翌日。


 ユウキはいつも通り学校へ登校していた。机に座っていると、自然と体が震える。


(どうしよう。どうしよう)


 『カフェルル』へは今年の四月から週一ペースで通っていた。学校での賭け事をまとめた会員制ブログを通じ、つまりインターネットで知り合った人からの紹介で会員になることが出来たのだ。


 同級生、先輩、後輩の中から気弱そうな相手を狙って、何人も店に引き込んできた。現在はゴールド会員の一つ下、シルバー会員の会員証を持っている。


(顧客名簿とか調べられたら……)


 自分が出入りしていたことが公になったら、今までの生活が崩壊するだろう。


 帰宅して警察が待ち構えていたらどうしよう? もし学校へ乗り込んできたら? 


 ユウキは嫌な想像を振り払ってスマホを取り出した。


『カフェルル』からのメッセージや連絡先はすべて消去済みだ。手が震える。


(大丈夫。惚ければ良いんだもん。知らなかった、普通の喫茶店だと思ってたって)


 と、スマホがメッセージを受信した。


「ひっ!」


 バイブで震えたので、背中がヒヤリとした。


 恐る恐る見ると、発信者は菅谷奏介だった。


 話がある、とのことだ。


(こんな時に構ってる暇は……あ


昨日のニュース見たってことね)


 それで怖くなって連絡して来たのだろう。


(てか、話なんかしなくたって同罪で仲良く逮捕だって)


 と、返信をする前に電話がかかってきた。


 慌てて教室を出て、人がいない方へ走りながら通話に応じる。


「もしもし」


『ニュース見ましたか?』


 少し高い、静かな男性の声だった。それはネットで知り合って『カフェルル』に招待してくれた人だった。


「み、見ました。あの、『カフェルル』はどうなるんですか?」


『あそこは切ります。一応聞きますが、警察を呼んだのは津倉さんではないですね?』


 静かな怒りが伝わってきた。背筋が震える。


「ち、違います。絶対に」


『……昨日、津倉さんが新しい客を連れてきたとのことですが、その客も違いますね?』


「はい。そのお客さんは絶対にないと思いますっ」


 脅すための写真も撮ったのだ。菅谷奏介のはずがない。


『分かりました。また連絡します。目立たないよう、いつも通り過ごしていて下さい』


「は、はい。……あの、わたし達大丈夫ですよね?」


『君の客引きは優秀でしたからね。こちらでなんとかします』


「ありがとうございますっ」


 これほど安心出来る言葉もない。もう一度お礼を言って、通話を切った。


「あの人が言うなら大丈夫。うん。……よかった」


「……津倉さん?」


 突然声をかけられ、振り返る。


「あ」


 菅谷奏介だった。


「き、昨日のニュースのことで」


「ああ、昨日のこと」


 奏介は青い顔をしていた。


「やっぱり『カフェルル』って賭場っていう場所だったの!? 賭け事って、一円でもかけたら犯罪だって見たんだ。俺達もしかして逮捕されるんじゃ」


「昨日、賭け事をしたのは菅谷君でしょ?」


「え」


「わたしは隣で見てただけだもの。知らないよ」


「そ、そんなっ、『カフェルル』に出入りしてたなら、津倉さんもやったことがあるんじゃ」


 ユウキは目の前をふさいだ奏介の胸元を突き飛ばした。


「あうっ」


 廊下の壁にぶつかる。


「それじゃ」


 その背を見送りながら、奏介はスマホの録音機能を停止した。眉を寄せる。


「自白なしか。やるな」











 妹の様子がおかしい。


 橋人は今朝のユウキの様子が気になっていた。何かに怯えているかのようで、朝食もあまり手をつけていなかった。


 引っ掛かっているのは昨日のニュースだ。近くで賭場が摘発されたとのニュースである。あの報道を見た瞬間、ユウキは真っ青になり、逃げるように自分の部屋へ戻って行った。どうやら昨夜も眠れていなかったようなのだ。


 放課後になり、ユウキを迎えに行くことにした。


 教室から出ていったとのことで、探していると、菅谷奏介と話す妹の姿が。


「なんで菅谷と」


 奏介が何か言うと、ユウキは何やら機嫌が悪くなったようで、教室とは反対方向へ去って行ってしまった。


 すると奏介が何やらスマホを取り出す。




「自白なしか。やるな」




 カッとなった。


 まさか妹を罠にはめようとしているのだろうか。


 土岐の時のように。


(俺への当てつけというわけか。ユウキは何もしていないだろうっ)


 スマホをしまった奏介に歩み寄る。


「菅谷、君は話を聞いていなかったのか?」


「ん?」


 奏介がこちらを見る。


「話? なんの」


「止めろと言ったはずだ。復讐をすること、それに、人を罠にはめるような真似をだ」


 奏介はにやりと笑う。


「人を罠にはめるのを止めろ? へえ。なんかお前の発言はいちいち癪に触るな。問答無用で妹を警察に売っても良いんだぞ?」



※この物語はフィクションです。実在の団体、事件事故とは一切関係ありません。

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