第53話昔告白されて振った男子を騙して付き合ってみた3
「付き合って下さいっ」
昼休み、クラスメート達の喧騒の中、リリスは頭を下げた先輩を見て顔を引きつらせた。
「……いえ、あの張り紙は私ではなく」
説明はしたものの、彼は振られたと解釈して去って行った。
ひそひそと聞こえてくる。
「檜森さん、自分で募集しといて今朝から断りまくってるね」
「選り好み激しいよな……」
「そもそもあの募集の仕方がさ……」
そんな雰囲気に一緒に食べていた他の三人が複雑そうな顔をする。
「マジでなんの嫌がらせだよ、あれ」
「悪質だよね……」
朝は奏介のことで盛り上がっていたのに、一気に冷めてしまった。楽しい気分が台無しだ。
「先生方も取り合ってくれませんし、最悪ですよ」
微妙なラインの嫌がらせだ。誹謗中傷をされたわけでもないから、なんとも怒りづらい。
そこから放課後まで、張り紙を本気にした男子達が代わる代わる告白してきて、その度に断ることに。厄介なことに皆の前で告白しろという一文のせいで公開処刑である。
学校を出たところで、リリスは疲れたように肩を落とした。
「まったく……あのバカみたいな張り紙を信じる人、多すぎでしょう」
「リリちゃん、人気あるからなー」
「あはは。お疲れ様」
「笑い事ではないですよ」
リリスは言って、スマホを確認した。奏介からメッセージが来ていた。いつものバス停で待っているとのことだ。
「さて、今日もオタクの相手、ですかね」
奏介と合流した後、近くのコーヒーショップの新作を飲みに行くことになった。イチゴのパフェをイメージした甘々ドリンクである。奏介はもう一つの新作、ブドウパフェ味のドリンクだ。
奏介が奢ると言ったので、五百円が浮いた。バイトをしているアピールは大分うざかったが。
「やっぱり甘いもの好きなんだね」
「ええ。女子なら当然……というのは言い過ぎでしょうか。苦手な人もいますよね。奏介君はどうですか?」
「あ、結構好きだよ。このドリンクは甘いけど。……あと、リリスさんと一緒だとなんでも美味しい、かも」
(きも。明後日と言わず、明日振りましょうかね)
「あ、交換して飲みましょうか? はい」
ドリンクのストロー部分を差し出すと、奏介は顔を真っ赤にして、
「い、いいよ。悪いし」
(うざ。間接キスを意識してるの、バレバレです)
今朝の張り紙には大分イライラさせられている。早くストレスを解消したいものだ。
と、リリスと同じ高校らしき男子が近づいてきた。
「よお、檜森」
大柄で目付きの悪い彼は他クラスの同級生だった。
「彼氏募集中なんだって? おれがなってやろうか?」
にやにやと笑いながら言う。またかとリリスがため息を吐くと、奏介が前に出た。
「あの、俺が彼氏ですけど。り、リリスさんは彼氏募集なんてしてませんよ」
リリスは少し驚いて目を瞬かせる。意外だった。こういう状況だと何も言えなさそうだが。
「ああ? なんだてめえは」
リリスは奏介の手を引いた。
「ごめんなさい。ついさっき彼氏見つかったんです。でも、ありがとうございます。それでは」
相手が何か考える前に、その場を走って離れた。細い通りに入って、路地を抜け、その出口で足を止める。
「はぁ、はぁ。……ちょっと色々ありましてね」
「リリスさん、モテそうだもんね。でも、今は俺が彼氏……で良いんだよね?」
恥ずかしそうに言う。
(はぁ、最高にきもいですね)
その日は、そこで解散しようということになった。
翌日。
前倒しして、今日の放課後に奏介を振ることにした。四人で話し合った結果である。それはそれとて、今朝も校門前に張り紙がはられていた。
『良い男性がいないので、さらに募集します! 五人までなら同時に付き合います。それでも良いよ♡と言ってくれる人、募集!』
リリスはそれを見た瞬間にはがしてグシャグシャに丸める。
「これは、誰かのイタズラですからっ」
思いっきり叫んだ。
集まった生徒達はヒソヒソと話しながら散って行った。張り紙を信じる者もいれば、リリスの否定を信じる者もいるようだ。
「はぁはぁ……」
こんなに大声を出したのは久しぶりだ。
「ねぇ、犯人探しした方が良くない? さすがに酷いってこれは」
「だよな。心当たりねぇのか? リリス」
リリスは丸めた張り紙を握りしめた。
「あるわけないでしょう。一体誰が。この私を貶めようなんて。絶対見つけてあげますから」
しかしながら、それは奏介を振った後だ。
放課後。いつものバス停。いつものようにお互いの家の方向へと向かう。人通りが少ないので、手を繋いだり。気持ち悪いがこれくらいは我慢する。
「あの、奏介君」
「何?」
ここ、寄って行きませんか?
そこは桃原高台公園の敷地内への入り口だった。この石柱の先に階段があり、上ると思い出の場所、桃原高台公園だ。しかし、リリスは階段のそばのベンチに彼を誘導した。
並んで座る。
「最近、寒くなって来ましたよね」
「ああ、うん。日も暮れるの、早いよね」
リリスは第一声の言葉を考えていた。まずは罵倒から入り、そのまま勢いで振るのもいいし、地雷を踏まれた振りをしてじわじわと言葉攻めをするのも良い。
どうしようか。悩んでいると、
「ところでさ」
「なんですか?」
笑顔を向けると、奏介はびっくりするほど冷たい目でリリスを見ていた。
「いつまでこのクソつまんねぇ茶番に付き合わせんの?」
「……へ?」
「もう五日目なんだけど。下手くそ演技のバカ丸出しな恋人ごっこしてて楽しいのか? お前」
頭が真っ白になった。自分のような美少女相手に赤くなって照れまくる奏介の口から出たとは到底信じられない。混乱していると、奏介はゆっくりと立ち上がって蔑むように見下ろしてくる。
「うちの生徒にもこうやって手ぇ出したらしいじゃん。桃華学園風紀委員としては見過ごせない。それにしても、随分楽しそうだったよな、低レベル女?」
リリスはぽかんとして、奏介を見上げることしか出来ない。
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