第39話人の迷惑を考えない中学生に反抗してみた1

 放課後、帰り道。


 秋も深まって、バス停からの道には金木犀の香りが漂っている。奏介は詩音と共にマンションヘと歩いていた。


「奏ちゃんさ、今週の土日ってバイト?」


「今は平日の夜しか入れてない。水木金」


「じゃあ、ここに行こ」


 詩音が見せてきたスマホの画面に映っていたのは、森林公園と遊園地が一緒になった娯楽施設だった。最近できたらしい。最寄りのバス停から三十分程かかる。


「良いけど、急にどうしたの?」


「ほら、あいみちゃんを遊びに連れて行くって約束したでしょ?」


 奏介はスマホを受け取って、施設内の写真や遊園地のアトラクションを確認する。


「確かに喜びそうだね」


 小学生以下の子供も楽しめそうな乗り物も多い。


「じゃあ、決まりだね! いつみさんに連絡しとこ。あいみちゃん喜ぶだろうなぁ」


 詩音はスマホを操作し始める。


「そういえば、新しいバイトはどう? この前のとこよりは働きやすい?」


 何気ない雑談のつもりなのだろう。


「んー。なんか最初のうちは教育係の人に無視されてて仕事が全然覚えられなくて」


「……え?」


 詩音が手を止めて奏介を見やる。


「パートさんとか社員さんに怒られまくっててさ、あまりにも対応が酷いからその教育係締めた。今は大人しくなったよ」


「……いつも通り、だね」


「前から思ってたけど俺ってそんなにいじめやすそうなの? そんなに?」


「今さら過ぎじゃないかな? 奏ちゃんはそういうオーラ出しまくってるもん」


「そうなんだ」


 考え込む奏介に詩音は苦笑い。


「まぁ、心配してないよ。それより、最近色んな女の子と仲良いのが気になるかなぁ」


「あぁ、橋間とか? あれって女の子なの?」


「中々酷いこと言ってるような気がするけど、橋間さんも橋間さんで色々やってたから何も言えないや」


 詩音はスマホをしまって、


「よーし。おやつ用意しないと。後お弁当。みんな誘おうと思ったけど、あいみちゃん一緒だからわたしと奏ちゃんだけで良いかな?」


「そうだな。今回は」


 土曜日に、出掛けることになった。











 森林遊園の駐車場。奏介、詩音、あいみはいつみの車から降りた。


「では、あいみをよろしくお願いいたします。あまり二人を困らせないようにときつく言ってありますので」


 そう言って、彼女は帰って行った。


「遊園地?」


 車の中で説明したものの、あいみはピンと来ないようで、奏介は恐る恐る聞いてみることにした。


「もしかして、あいみちゃんは遊園地って行ったことない?」


「……ない」


 まだ五歳なので連れていかない親もいるだろうが、あの環境だったので少し考えてしまう。


「まぁ、初遊園地ってことでね!」


 森の中の遊歩道を遊園地エリアに向かう。


「あ、そのリュックサックかわいーね。買ってもらったの?」


 背負っているのはライトグリーンのチェック柄だった。ウサギの垂れ耳が飾りでついている。


「うん! おでかけだから伯母さんと選んだ」


「そっかー、よかったね」


 あいみを真ん中に手を繋いで歩いていると、前方で言い争う声が聞こえて来た。


 見ると、老人が中学生くらいの少年達と言い争っている。


「いかんと言っとろうが」


「大丈夫だってー。なぁ?」


「そうそう。行こうぜー」


「こら、待たんかっ」


「うっさっ」


 老人は肩を押されて尻餅をついてしまう。


 そして少年達は道をハズレて森の中へと入って行った。すると、あいみが走り出す。


「大丈夫?」


 腰をおさえる老人にかけより、しゃがみこむ。


「おう、大丈夫だ。ありがとう」


 奏介と詩音も駆け寄り、声をかける。


「立てますか?」


「悪いのう」


 どうやら怪我はしていないようだ。少年達が入って行った方を見ると、立ち入り禁止という看板が立っていた。


「この先は道がぬかるんでいる上にそこら中にボコボコと小さい穴があいていてのう、先に崖もあるんじゃ。危ないと言ったんじゃが……」


「えー。立ち入り禁止って書いてあるのに。何かあったらどうするんだろ?」


「たちいりきんしって何?」


 あいみは首を傾げる。奏介は頭に手を乗せる。


「入っちゃだめってことだよ。あいみちゃんは真似しちゃだめだからね?」


「うん。きそくは守らないと伯母さんが怒るよって言ってた」


「そうか。伯母さんの言うことをよく聞いて良い子でいようね」


 そんなやり取りをしていると、


「うわぁぁぁあっ」


 複数の悲鳴が奥から聞こえてきて、辺りに大きく響いた。


「え?」


 詩音が口元を押さえる。


「ま、まさか」


 老人も目を見開いている。


「俺、見てきます。しお、あいみちゃんとここにいて」


「うん、でも奏ちゃん」


 奏介は看板へ視線を向ける。『立ち入り禁止』、その向こうに行くということは悲鳴を発した彼らと同じく危険に遭うかもしれないということだ。


「良いか、坊主、足元に気をつけて周りを見て進め。走ってはいかん。赤い紐が結ばれてる木が見えたらその先に崖がある。踏み外さないように」


「わかりました。しお、状況がわかったら電話するから救急車なり救助隊なりに連絡出来るようにここの管理者のとこへ行って。案内お願いします」


「気をつけてねっ」


 奏介は立ち入り禁止エリアへと足を踏み入れた。


 ぬかるみと凸凹した地面に気をつけ、しばらく歩くと、赤い紐の木が見えてきた。そこからは歩いて、その木に手をつく。


「!」


 本当にすぐそこが崖になっていた。三メートル近く下にいくつかの人影が見えた。


「おい、大丈夫か!?」


 はっとして見上げてくるのは、案の定、先ほどの少年達だ。


「た、助けてっ」


「みんな怪我してるんだっ、起きない奴もいてっ」


 予感的中らしい。奏介は慎重に崖から離れて、詩音に連絡を入れる。


 そして、そこからは怒濤の展開だった。警察、救助隊が出動して、崖上からの救出作業。一人、意識不明になっていた少年が救急車で運ばれて行き、他の三人は立ち入り禁止エリアから運ばれ、遊歩道に立てられたテントの下に寝かされている。意識ははっきりしており、彼らの怪我は軽いようだ。警察が規制を行ったのか、野次馬は近づけないようになっている。奏介達は一応関係者ということでテントのそばで待機させられていた。


 と、例の老人は怒りもあらわに体を起こしている少年へ歩み寄る。


「だから言ったじゃろっ、何をしてるんじゃっ」


 耳元で叫ばれて少年達は顔をしかめる。


「うるさっ、こっちは怪我してるんだよっ」


「てか、声が響いて痛ぇしっ」


 その態度に周りの大人達がざわつく。生意気盛りという感じだ。


 奏介はため息をついて老人の横に立った。しゃがみこむ。


「君らさ、もうちょっと」


「うわっ、今度はオタクが説教かよっ」


 奏介は流れるような動作で少年の胸ぐらを掴んだ。これくらいなら暴力にならないだろう。


「お前ら、調子に乗るなよ。周り見てみろ。この人達、なんでここに集まったかわかってんのか?」


 ドスの聞いた声に少年達は固まった。

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