第25話わかばの友人の許嫁に反抗してみた1
菅谷家にて。
奏介、あいみ、いつみ、そして丁度良く合流した詩音の四人でテーブルを囲んでいる。切り分けられたケーキは皿に乗ってそれぞれ目の前に置かれていた。やはりホールケーキだったらしい。定番のいちごが山盛り積まれていたのだ。
「あいみちゃん、美味しー?」
詩音が隣のあいみの顔を覗き込む。
「うん。甘い」
生クリームが好きらしく、スポンジが残り気味だ。
「わたしのいちご、生クリームと一緒にあげよっか?」
「しおんちゃんの、なくなっちゃうよ」
「いっぱいあるでしょ? 大丈夫だって」
端から見てると姉妹のよう。詩音も面倒見が良いので、あいみも話しやすそうだ。そんな様子を見守るいつみの視線は柔らかい。
「ところで、奏ちゃん」
「ん?」
「どうしたの? そのほっぺ」
完全に赤く腫れてしまっている。手形はついていないが、見て明らかに分かってしまう。殴られた時より酷い。
「いつものあれ」
詩音は察したのか苦笑い。
「ほんと、トラブル体質だよね」
「トラブルですか?」
いつみは首を傾げるも、あいみ
は表情を暗くする。
「いや、とにかく気にしないで下さい」
奏介はそう言って、ケーキを一口。疲れた体には甘いものが効くのだろうか。いつもより数倍美味しく感じる。
「ところで奏介さん、今度あいみを遊びに連れて行って頂けませんか?」
「え? 俺がですか?」
いつみはこくりと頷く。
「私は娯楽施設というものは好きではありませんので。でも子供は行きたいものでしょう?」
「ええ、まぁ。俺で良ければ」
「おー、よかったね、あいみちゃん」
詩音が言うと、あいみはぱっと表情を明るくした。
「うんっ」
こうして遊びの約束をし、いつみとあいみは帰って行った。
○
翌日の放課後。
奏介は風紀委員会議に参加した後、すぐに帰ることにしたのだが。
「菅谷君、ちょっと良いかな?」
委員長の朝比賀がにこやかな笑顔で近づいてきた。奏介以外の風紀委員達は雑談したりしながら委員会室を出て行く。
「お疲れ様でーす」
わかばもそう言って奏介の横を抜けて行った。横目でこちらをちらっと見てニヤニヤ。
「居残り頑張ってね~」
ばかにしたように言われたので、
「牛乳」
睨んでやると、
「お先に失礼しますっ」
深々とお辞儀をして帰って行った。最近はすぐに調子に乗るのでそろそろ締めようか、などと考えていると、
「君ら仲良いよね」
「それはないです。で、何の用ですか?」
「ちょっと相談が寄せられていてね、君ご指名なんだ」
「は?」
風紀委員会相談窓口は指名制らしい。
風紀委員の腕章をし、向かったのは中庭の自販機コーナーだ。そこにはベンチに座る一人の女子生徒が。
「あ」
見覚えのある顔で驚いた。わかばの友人の一人だったのだ。ふわふわ髪のロングヘアが印象的。
「やっほー」
手をグーパーさせて、八重歯を覗かせて笑う。
「……相談て?」
「雑だなぁ。酷くない?」
頬を膨らませる。
「好感度、橋間の次に低いからね」
「あーやっぱり? あん時の君めちゃ怖かったもんねー。癖になりそう。あ、ボクの名前分かる?
「委員長に聞いてる。ていうか、なんで俺? 橋間は相談のこと知らないの?」
「あー、うん。わかばとかには言ってない、かな。実は風紀委員ていうよりも最初から君に聞いてほしかったんだよね」
ヒナはうつむいて、手をもじもじとさせる。
「ボクんちって、結構なお金持ちでさ。許嫁……ってのがいるのね」
「へぇ」
その見た目はいわゆるスタンダードなお嬢様だ。中身はそうでもなさそうだが。
奏介は少し離れてベンチへ座った。
「一つ上でこの学校の先輩なんだけど。浮気、してるみたいでさ」
「浮気? 許嫁って付き合ってるって認識で良いの?」
「わかんないけど、ボクらはそうかな。最近、髪型とか服装とかメイクとか目茶苦茶注文が多くて、ちょっとストレス溜まってたんだけど、他の女の子と楽しそうに遊んでるとこ見ちゃってさ」
ため息を一つ。
「あっちは他の男と遊ぶなーとか言うくせに、酷くない?」
ヒナは唇を尖らせる。
無干渉ならともかく、ヒナに口出ししつつ他の女子と楽しくデートとは。
「問い詰めたの?」
「あははー。……実はまだ何も言ってないんだよね。あんまり口答えするとキレるからさ」
「ろくな男じゃなさそうだけど。僧院は好きなの?」
「昔は優しかったしね」
遠い目をする。
「あ、それでさ。これはちょっと風紀委員的にも関係あるんだけど。……特別教室棟三階の第三図書室って火、水、木曜日の放課後はやってないでしょ? 最近、放課後にその女と第三図書室へ入って行って、下校時刻までそこで一緒にいるみたいなんだよね」
「え」
奏介は顔を引きつらせた。
「風紀が乱れてる気配しない?」
「……するな」
「それでまぁ、風紀委員建前でついでに浮気のことも調べてくれないかなぁって相談」
「なるほど」
「あ、わかばとかには言わないでほしいんだ。絶対心配するからさ」
心配というか、わかばは解決のために動きそうな気がする。ナナカの件でそういう行動が取れる人間だと分かっている。
「まぁ、そういうことなら」
「お! ありがとう! わかばの言った通りちょろ……優しいね、君!」
わかばに関しては近いうち、締めた方が良さそうだ。
ヒナの相談を受けることにして、その翌日。放課後は特別教室棟の見回りをすることにした。ついでにヒナの許嫁、
詩音と登校中、少し前にあのふわふわロングヘアが歩いていた。隣にいる男子が殿山和真だろうか。
「奏ちゃん、今日も風紀委員だっけ?」
「うん、見回りするから」
「大変なんだね」
さりげなくヒナ達に近づいて行くと声が聞こえてきた。
「え、でもまだファンデーションは買ったばっかりで」
「肌の色にあってないだろう。買い換えだ。それとこの前のデートの服は二度と着てくるな。ん? 髪のウェーブが弱いんじゃないか? 美容室には週に一回行けと言ってあるだろう」
「ご、ごめん。ボクもいそがしくてさ」
「……前から思ってたが、そのボクというのも止めろ。バカみたいだ」
奏介は殿山和真の予想以上の注文の付け方に絶句した。ストレスが溜まるなんてものではないだろう。
「な、なんかあんまり雰囲気良くないカップルさんだね」
詩音も聞こえていたのかやや引いている。
「ん? あれ? 水果ちゃん? 電車遅れてる?」
スマホに水果からのメッセージが届いたらしい。それはそれとして、
「しお、ちょっと先に行くね」
「あ、うん。わたしも電話するから」
詩音は人混みを外れて行った。
奏介はゆっくりとヒナ達に近づく。
和真のダメ出しはまだ続いていた。
「大体お前は僧院家の一員という自覚が足りない。僕が見初めたから良かったものの、義兄上と義姉上には及ばない落ちこぼれなのだから」
奏介は殿山の肩に自分のそれをぶつけた。
「痛っ」
「あ、すみません」
奏介はそう言って殿山に頭を下げる。
「! 菅谷くん」
ヒナは目を瞬かせる。
「なんだ、僧院か。おはよう」
わざとらしく驚いたふりをしてそう声をかける。
「ん……? 知り合いか?」
殿山は眉を寄せて、
「ふん、このビッチが。やはり男がいたか。義父上にしっかりと報告してやる。よりによってこんなオタクのクズ男と」
「おい」
奏介は並んで歩きながら低い声でささやいた。
視線は鋭い。さすがに殿山も驚いた様子で表情を固くする。
「なんだ? てめぇは。初対面の相手にオタク? クズ? いきなり喧嘩売ってんのか? ああ?」
息を飲む気配。
「ふ、不良か? こんな野蛮な人種と付き合うとは」
「ごちゃごちゃうるせえんだよ。なんなら一対一で話すか? 放課後、体育館裏で」
「っ!! ヒ、ヒナ! きちんと縁は切っておけ! いいな!」
情けないことに走って逃げた。
「……おー……凄いな。君もだけどこれだけでビビるんだね、和真」
どうやらヒナは殿山に対して逆らったことがないらしい。
「僧院、もし望みならあいつ退学に追い込んでやろうか?」
「さらっと怖いね、君っ」
奏介は腕を組んだ。
「個人的にもイラついた。失礼極まりないな。本当に初対面なのに。オタクはともかくクズって」
「オタクは良いんだね」
変な話だが、少しだけやる気が出た。
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