第24話公園の主婦達に反抗してみた2

まこちゃんの母親は怒りに顔を歪めた。


「なっ……」


 とっさに声が出ないらしい。奏介は不思議そうに首を傾げて見せる。


「もしかして、悪口陰口はどんどん言おう、友達は仲間はずれにしていじめなさいってのがお宅の教育方針でした? それは失礼しました」


 満面の笑みで言ってやると、


「し、失礼なっ。大体あなたはなんなの? あいみちゃんとどういう関係? まさか変質者?」


 眉を寄せ、


「警察呼ぶわよっ」


 そう叫んだ。


「どうぞご自由に。俺は高坂あいみちゃんの保護者の方から正式に依頼されてこの子を預かっているので、やましいことはありません。警察、呼んでもらっても構いませんよ」


「っ!」


 渾身の脅し文句を無効にされ、悔しそうに歯噛みする。とりあえず警察呼べば良いと思っているのだろう。考えの甘さに笑えてくる。


「それはそれとして、まこちゃんが可哀想なので、離してあげてくれません?」


「あ」


 手首を掴まれていたまこちゃんは半泣きだった。


「ママ、痛いよ」


 力が入ってしまったのだろう。


 慌てて手を離す母親。


「大丈夫? まこちゃん?」


 奏介が心配そうに問うとまこちゃんは頷いた。泣き出してしまいそうだ。


「あのー、まこちゃんのお母さんなんですよね? 手形が残るほど掴まえることないのでは? 赤くなっちゃってますよ。可哀想に」


「ふんっ、あなたが悪いんじゃない」


 だいぶ強気だ。色々な方向からじりじり攻めてもダメなタイプのようだ。真正面から行くことにする。


「ところで、うちのあいみになんかヒソヒソヒソヒソ陰口悪口言いまくってましたけど、この子があなた達に何かしたんですか?」


「その子の母親が」


「聞いてない」


「……は?」


「あいみの母親のことは聞いてない。ちゃんと伝わってます? この五歳の女の子があなた達に何か悪いことしましたかって聞いてるんです」


 母親は鼻を鳴らした。


「うちのまこに悪影響を」


「悪影響とは? 具体的にお願いします」


「悪影響は悪影響よ」


「具体的に説明してください」


「あく」


「具体的に」


 母親は言葉に詰まって黙った。


「まぁ、別に陰口悪口がダメとは言ってませんよ。俺だって愚痴とか言いたくなることありますし。でも、自分の子供や他の子がいるのに聞こえるようにネチネチネチネチ言ってんのは教育上良いことなんですか?」


「そんなの言ってないわ。証拠でもあるの?」


 奏介はスマホを取り出した。


「聞こえるように言ってたので録音しておきました。証拠、これで良いですか? 聞こえるように言ってましたからね!」


「!」


「子供は親の背中を見て育つとも言いますから、まこちゃんの将来が心配です。こんなに優しくて友達思いなのに。ていうか、あなたみたいな親からなんでまこちゃんみたいな良い子が産まれるんでしょうね? まこちゃんをいじめっ子に育てようとするの止めてくれません? ほんと迷惑なんで」


 と、後ろにいた主婦達が慌てた様子で自分の子供を呼び寄せていた。


「岸田さん、お夕飯の準備があるから」


「うちもお買い物行くから、また」


 そう言って、陰口仲間は蜘蛛の子のように散って行った。この母親のことを見捨てて逃げたらしい。


 するとまこちゃんが奏介の後ろに隠れた。


「ママ、なんか怖い」


 ちなみに奏介は終始笑顔で声も穏やかなので、険悪な雰囲気は母親だけが漂わせているのだ。


「ま、まこ、こっちに来なさい。そいつは変質者なのよ!」


「今度は冤罪に誘導? そうやって子供をだしに、無実の人を警察に逮捕させるんですか?」


 と、彼女が唇を噛み締めて手を振り上げた。この後何が起こるかは予想がつく。怒りに身を任せた行動は読みやすい。


 パアアァンっ。


 公園内に頬を張られた音が響く。


 衝撃と痺れるような痛みが走るが、奏介はしばらくして目を開けた。


 自分で頬を叩いて置いて、母親はガタガタと震えていた。


「あ、あたし、叩くつもりじゃ」


 奏介はため息を一つ。


「良いですよ。こっちも煽ってましたしね」


 頬に手を当てると、ぴりぴりしていた。


 子供二人には悪いものを見せてしまった。反省する。


「そ、そうすけ君?」


「ママ……」


 奏介は笑って見せる。


「大丈夫大丈夫。喧嘩とかじゃないから」


 そう言うと二人は安心したようだ。


「冷静になれました?」


「……」


 先程までの怒りは今の一発で消えたらしい。


「すみませんね、俺も少し言い過ぎました。でも、あいみの悪口をあいみの前で言われたのはどうしても腹が立ったので」


 母親ははっとして目を見開いた。


「あなたにはどうでも良いかも知れませんけど、あいみは虐待されてたんですよ。やっと解放されたのに今度はあなた達に言葉で精神攻撃されるって、可哀想だと思いません? こういうの、弱い者いじめって言うんですよ」


 奏介はぽかんとしていたあいみとまこちゃんの前にしゃがみ込んだ。


「まこちゃん、あいみは引っ越しちゃうけど、いつまでも友達でいてあげてね」


「! うん。すみれ組だもん。ずっと友達!」


「うんっ」


 あいみとまこちゃんは両手を繋いで笑い合う。


「まこちゃん、良い子ですよね」


 奏介はゆっくりと立ち上がった。


「帰ろっか? ケーキ食べなきゃね」


「うん!」


 あいみは嬉しそうに奏介と手を繋いだ。


「またね、まこちゃん」


「バイバイ、あいみちゃん!」


「それでは。失礼しました」


 母親に会釈をして、通りすぎようとすると、


「まって」


 振り返る。


「ごめん、なさい。虐待のこと、無神経だったわ」


「まこちゃん、大事にしてあげて下さいね」


 そのまま公園を後にした。








 自宅マンションまでの道を二人で歩く。少し暗くなっていた。


「そうすけ君痛い?」


「……痛い」


「大丈夫?」


「うーん」


 以前に殴られた時よりダメージが入っているのは、衝撃をすべて受け止めてしまったからだろうか。


「口の中切れたし。はぁ。やり過ぎか。でも、なぁ」


「ごめんね……」


「いや、大丈夫だよ。それより、あいみちゃんはさっきのこと気にしちゃダメだよ」


「うん」


 奏介はあいみの頭を撫で、


「早く帰ろうね」


 手を引いた。今までの分、あいみには幸せになってもらいたい。何故だかそういう思いが強いのだ。

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