第20話ネットの誹謗中傷に物理で反抗してみた5

ローテーブル囲むのは昨日と同じメンバーである。


 今日一件目の電話の対応を終えたわけだが、


「なんかさー、水果ちゃんがよく奏ちゃんを演劇部に誘ってた理由が分かった気がする。見抜いてるよね」


 一人納得して何度も頷く詩音である。


「しおも一緒に誘われてたし、なんなら針ケ谷も誘われたよ」


「ありゃ、とりあえず声かけとこうっていう数打ちゃ当たる戦法だろうな」


 真崎は苦笑い。


「でもさ」


「しお、ちょっとその話は後で。で、橋間の希望通り反論する形で電話を切らせたけど、この後どうする? 俺は昨日言った通り、店の電話番号を変えたと思わせて、その情報を野竹さん叩きのチャットルームに流した方が良いと思う」


 わかばは不満そうだ。


「だってそれって、誤解してナナカを批判してる人を強引に止めるみたいな感じじゃない?」


「確かに、そうだよね。一番は誤解をといて、わかってもらった方が良いのかも」


 女子組の意見は一致、ナナカはと言うと、何も言わずにうつむいている。


 真崎も無言。少なくとも女子組に賛成ではないのだろう。


「二人とも。よく考えた方が良いよ。昨日と今日の電話の人達の声聞いたでしょ。話通じないよ」


「でもやっぱりナナカが悪者にされたままになるのは」


「無理」


 奏介がわかばの言葉を途中でばっさりと切った。


「こうなったら全員の誤解を解くなんて絶対に無理だから」


「じゃあ、批判電話を止めて、それで終わり? 後は自然に治まるのを待つわけ?」


「そんなわけないじゃん。批判電話止めて、ブログのコメント欄も閉じて、店も休業中にしたら、とにかく批判したい人達は今度はどうすると思う?」


「チャットルームで文句言いながら叩くでしょ? どうせ」


「電話までしてきてる奴らがそれで満足は出来ないって。だからさ」


 上手く行くかわからない作戦をこの場で話すのはどうかと思ったが、わかばが納得いかないと食い下がってくるので仕方がない。






 結果的に、批判電話はその日のうちにかかって来なくなった。一本一本間違え電話だと怒鳴り返し、チャットルームにその情報を流したのだ。もちろん、根本的な解決にはなっていない。






 次の日の夜。


 奏介と真崎は『マカ』の向かいの建物と民家の間で待機していた。


「来んのか?」


「行動力のあるバカは結構いるもんだよ」


 待機し始めて一時間半。


 細い通りに影が五つほど現れた。


「おー、大人数」


「予想と違ったね」


 奏介は舌打ちをして、スマホを見る。すでに入力してある『110』の数字。


「見ろ見ろ、やってんぞ」


 全員男だろうか。彼らはスプレー缶を手に店のドアや壁に堂々と落書きをし始めたのだ。


 『しね』『消えろ』『出ていけ』など中々酷い言葉が書かれ始める。


「よっしゃ、締めるか」


「うん、よろしく。助かるよ、針ケ谷」


 真崎が駆け出すのと同時、奏介は『110』に通話をかけたのだった。






 数分後。


 隙間から奏介が出て行くと、四人の男達は玄関の周辺に気絶していて、一番大柄な若い男を真崎が地面に組敷いていた。体勢としては背中を押さえつけ、腕を捻り上げているのだ。


「で、こいつだけ意識あるけど」


 けろっと言うが、この不良漫画で見たような惨状は彼が引き起こしている。中学時代に伝説になったらしいので、それを考えれば当然だろうか。


「相変わらず……いや、なんでもない」


 奏介は男の前にしゃがんだ。


「どうも、お兄さん。今警察呼んだんで、もう少し待ってて下さいね」


「あぁ!? なんだ、てめぇはっ。なんで警察呼ばれなきゃなんねぇんだよっ」


「他人の家に落書きしたからでしょ? なんでやっちゃったんですか?」


「この家に住んでる女はな、期限切れの材料で作った食い物を堂々と売ってやがるんだ。ガキの口にも入ってんだぞっ、そんな犯罪者は追い出して当然なんだよっ」


「意外に素晴らしい考えを持ってるんですね。そうですね、小さい子がそんなもの食べたら心配ですよね」


 奏介は何度も頷いて、


「でも、この家の人って本当にそんなことしてますかね?」


「有名だ。この家の女は金ほしさに」


 奏介はすっと目を細める。


「なぁ、お前さ。話そらしてるけど落書きした目的はなんだ?」


「ああ? 聞いてなかったのか!? ここの女が」


「女がじゃねぇんだよっ」


 奏介は怒鳴って立ち上がった。


「そう言うことを聞いてるんじゃねぇんだよ。他人の家に落書きしといて、何偉そうに語ってんだ?」


「……ひっ」


 奏介の豹変振りに一瞬動揺が走る。あえて、ナナカの擁護はしない。ここは落書きの罪を追求する。


「これは犯罪なんだよ。なんで警察を呼ばれなきゃならない? 当たり前だろっ」


 男は言葉に詰まる。


「何が賞味期限切れだ。正義気取れば犯罪を犯しても良いってのか?」


「っ……! あ、あの女は許されてるのにかよ!?」


「関係ねぇんだよ。お前の話をしてるんだ。……というか、他にも何かしてそうだな? 例えば、脅迫とか」


 奏介はスマホの画面をタッチした。すると録音された音声が流れ出す。


『死ね死ね死ねっ、早く出て行かねえとてめぇの家に行くからなっ』


「あ……」


 間抜けな表情、どうやら本人らしい。昨日の昼間にかかってきた電話の一本なのだが、当たりだったようだ。


「な、なん、それ、おれの」


「せっかくのチャンスだ。警察でこの家の女が何をしたのか訴えて見ろよ。捜査が入れば本当にその事実があったのかわかんだろ。でも、もしなかったらお前……無実の一般人に嫌がらせをして脅迫をしたただの犯罪者だな」


 奏介はそう言って彼のそばのスプレーを勢いよく踏み潰した。






 その後流れた一つのニュース。




『容疑者は被害にあった女性が女性の経営する店で期限切れの材料を使用していたとインターネットで見て腹が立ったなどと供述しており』




『期限切れの材料を使用したという事実はなく、ブログのコメント欄の』




『女性への誹謗中傷に関わった人物の特定を』




 とある日の朝。


 奏介は寝ぼけ眼で聞いていた。断片的だが、そんな感じのニュースが流れていた。

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