第126話 黒石ひなた


その場に集まった全ての者が優畄達と融合し終わると彼等の体が輝き始める。そして取り入れた力を扱い易くするために体の構造が変わっていく。


変わったといっても見た目は元のままだが、魂の格が数段上がり、黒石が欲していたという彼等の特殊能力が使える様に成っていた。


「凄い! 2人ともピカピカ輝いているわ……」


瑠璃鞠ちゃんが2人の状態に驚愕の表情をみせる。どうやら霊感の強い者には優畄達が輝いて見える様なのだ。


「……この力を俺たちに託して行った彼等の思いに応えるためにも、精神会館を出ようヒナ」


「…… うん。皆んなと離れるのは寂しく成るけど、これからは私達だけで生きて行かなきゃ行けない!」


その力は黒石の偽りの力とは違う、彼等オリジナルの力。そしてその唯一無二の力で打倒黒石を力を託して散っていった彼等に誓う優畄達。


そしてそれは康之助や刹那達、黒石の者との決別を意味しているのだ。


それでも康之助達精神会館の人達にお世話になったのは確かなのだ。最後にケジメとして彼等に挨拶をして行こうと瑠璃鞠ちゃんが手を振って見送る中精神会館に戻る事にした。


ーー


その頃、黒石の屋敷では自身の力と相反する力の高まりをマリアが感じ取っていた。


「あら凄い、この気配は優畄お兄様の居る街の方かしら」


『…… ギギ……グギ……』


「あら怖いのドゥドゥーマヌニカちゃん? 貴方がおそれるなんて余程ね」


『ギ……ギギ……ギ』


「チリも積れば何とやらってところかしら。面白そうだから静観していたけれど、どうやら優畄お兄様は私達の許容範囲を超えてしまった様ね」


『……ギ……ギ……』


「どうやったのか、ヒナとかいう人形ともリンクが切れている様だわ。驚きね」


黒石の闇から生まれた授皇人形とのリンクが途切れる事はない。授皇人形が死にでもしない限りはあり得ないのだ。


『ギギギギ……ギギ……ギ……』


「そうね、そろそろ静観の時は終わり。これ以上大きくなる前に始末してしまうとしましょう」


面白半分に眺めていたオモチャが自分達と正反対の力に目覚め、更に予想外の力をつけてしまった。


もはや優畄達は黒石にとって脅威の対象となり掛けているのだ。まあそれでもマリアにとっては未だにオモチャである事には変わりはないのだが。


「今回は黒石総出で遊ぶとしましょう。優畄お兄様は耐えられるかしら?」


マリアのその顔には大好きな物を傷付けて楽しむサディスティックな笑いが浮かんでいた。



そして優畄達が精神会館を出て2日後、全ての黒石の者に黒石優畄とヒナの討伐命令が下りたのだ。


ーー


場所は変わり長野県の北部、上信越高原国立公園の志賀高原を源とする横湯川の渓谷、地獄谷と呼ばれる場所に黒石ひなたと相棒の十兵衛は来ていた。


「ここが地獄谷て所? 殺風景で何もない所だね……」


「姫、既に【人猿號】の縄張り、気を緩めには早いですぞ」


「分かってるよ」


この地にはかつて黒石が封印した人面の猿の化け物【人猿號】を封印した封印石を祀った屋代が有ったのだが、馬鹿な人間が偶然にもその場で人を殺めてしまったのだ。


殺されたのは女で彼女を殺したのはそのストーカーの男。


人のそれも女の生き血を吸った封印石はドクンドクンと脈打ち、卵の様にパカリと割れると【人猿號】という厄災を野に解き放ったのだ。


300年振りに世に出た【人猿號】は予期せず封印を解いてしまった男を貪り食べると、自身を封印した黒石の者を待つため猿達を従えその地に住み着くと、近隣に住む人間を食い散らかした。


その討伐に彼女達は来ているのだが、どうやら囲まれている様だ。一見普通の猿の様に見えるが中身は別物のだ。


「あれはタダの猿じゃないね」


「大方、【人猿號】の妖気に当てられて魔の者に変質しているのでしょう」


「まあいいわ、とっとと片付けるわよ」


そしてひなたは自身の手にオープンフィンガーグローブを着ける。十兵衛も背中に背負った2mオーバーの斬馬刀を抜く。


猿達は目が赤く血走りその手には10cm程に長く鋭い爪が伸びている。骨格も筋肉を最大限に活かせる様に変質しており、猿本来の機動力もあり厄介な相手である事は明らかだ。


だが暴力と討伐が趣味のひなたにとっては何の面白味もない相手。襲い狂う猿の群れを次々と殴り飛ばして行く。


彼女が変化する必要のない相手。


今の彼女の強さは【夜鶴姥童子】と同等レベル。聖獣上位の【マイティーコング】幼獣最高ランクの牛鬼、魔獣最高ランクの【ケルベロス】、更には神獣上位の【スフィンクス】と高ランクの変化を可能としている。


彼女の黒石の闇による汚染度は70%程、その為か酷く暴力的な彼女は敵に対して容赦はしない。家族を守るため戦う魔の者だろうが、命乞いをする弱者だろうがお構いなしに殴り殺していく。


そんな彼女に引かれるように相棒の十兵衛もお構いなしに切り捨てていく。


そしてひなた達がなから雑魚を掃除し終わると同時に【人猿號】が姿を表した。


その姿は体長18mの巨体に、人間の老婆の頭という悍ましい見た目だ。そして【人猿號】には厄介な特殊能力がある。それは''空間擬装''というもので自身の周りに擬装空間を作る事で姿を隠す能力だ。


【人猿號】は姿を隠して配下の猿を使い、ひなたの動向を探っていたのだ。そのまま背後から奇襲する手も有ったが、あえて姿を見せた【人猿號】。


『キッキキキキ、我が恨みを晴らすためお前達黒石の者が来るのを待っておった。これからお主を嬲り殺す、黒石に生まれた事を後悔して死ぬがよい』


黒石の者が来たら嬲り殺すと決めていた。自身がかつて味わった苦しみ以上の苦痛を与えながら。


そして再び姿を消す【人猿號】。大きな体の割に素早い動きの【人猿號】を捉えるのは難しい。更に自由自在に姿を消すと有っては絶望的。並の者なら本当に嬲り殺されていただろう。


だが彼女は違った。


「よく喋るババアだな、嬲り殺し? 出来るならやってみな!」


「姫!」


「十兵衛、お前は手出しするんじゃねえぞ」


主人の命令は絶対。十兵衛は後方に飛び退くと戦いを見守ることにした。


ひなたは聖獣の【マイティーコング】に変化すると、空手のサンチンの構えをする。


【マイティーコング】はジャングルを守る森の王者で、体長20mの巨体に剛力無双のパワーを誇る聖獣だ。


【人猿號】も自身を凌ぐその巨大に驚愕するが、姿が見えなければどうしようもなかろうとその背後に回り込む。


((姿が見えねば戦い様もあるまい、嬲り殺してくれる!))


背後から的確に足を狙った攻撃、先ずは動きを封じてからいたぶるつもりなのだ。


だがその攻撃がひなたに当たる事は無かった。何故なら【人猿號】の攻撃が当たるよりも早くひなたに殴り飛ばされたからだ。


『グガァア!!』


木々をへし折り巨石に叩き付けられたが、何とか生きていた【人猿號】。


「ほう、殺すつもりで殴ったのになかなか頑丈じゃないか」


((な、何故、ワシの居場所が分かったのだ?!))


何かの間違いだと再び姿を消して背後から襲いかかるが結果は同じ。


「私に不意打ちは効かないよ?」


これは【マイティーコング】の特殊能力で''絶対カウンター''という能力。自身の周りに高密度の闘気の幕を貼り、その闘気の幕に敵が触れた瞬間に瞬時に攻撃を放っているのだ。


即ち彼女に攻撃をする事自体が、相手への攻撃へと変わる完全カウンターの技。


「なんだ期待外れもいいとこだな、悪いけどこのまま嬲り殺させてもらうよ」


姿を消して殴りかかる以外に攻撃手段を持たない【人猿號】は、哀れ逆にひなたに嬲り殺されてしまったのだ。


「チッ、つまんない相手だったな…… 十兵衛! 代わりに後でボコボコにするからな」


彼女にとっては弱い相手だったためフラストレーションをためていたひなたは、十兵衛に八つ当たりをすると宣告する。


「はい姫! ぜひ! ぜひ!」


ドMな十兵衛は嬉しそうに傷だらけの顔を緩ませる。


そんな中、ひなたの元に黒石の使い魔の黒猫が現れた。その黒猫は口に封筒を加えておりひなたに取れとばかりに口元をしゃくらせる。


「なんだまた討伐命令か?」


ひなたが封筒を取るのを確かめると「にゃ〜ん」と人泣き残して何処かへ走り去っていった。


猫を見送ると封筒の封を開けて中を確かめる。そしてそこにはーー


【黒石優畄、ヒナ両名の討伐を命じる。なお両名の生死は問わず】


「フ、フフフッハッハハハハハ! こいつは面白い事に成りそうだ。十兵衛、他の奴に先を越される前にしとめるよ!」


「……はっ! 御意」


ご褒美が無くなった事を残念そうに十兵衛が返事をする。そしてひなたは久しぶりに歯応えのありそうな相手に舌舐めずりをするのだ。










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