第125話 希望
とある山の屋代、その屋代には烏天狗が祀られているのだが、その烏天狗の一族が絶滅の危機に瀕していた。
原因は黒石のハンターによる乱獲。彼等が使う特殊能力【厄疫の風】が黒石の目に留まってしまったのだ。
この能力は風に乗せて疫病をばら撒くという恐ろしい能力だ。この能力を使えるのは長に連なる者だけ、その者達を守る為に何体もの同胞の犠牲を乗り越えてきた彼等。
『己れ、黒石め! 彼奴らの為に我等が一族は滅びる。この恨み晴らさでおけようか!』
『…… 彼奴らに連なる者から光の御子が生まれ出たと聞く。滅びの未来しか無いのであれば、この力御子に捧げようぞ!』
彼等だけではない、黒石に迫害され滅亡に追い込まれた日本の古き怪異や惟神が、今ある場所を目指して集結していた。
闇より生まれし光の御子、その者の存在は彼等の中では伝説的な、眉唾な存在として語り継がれてきた。
その存在が実際に生まれ出たとの報は、黒石に苦汁を飲まされて来た者達にとって吉報として齎されたのだ。
『このまま黒石に奪われるのならば、我等が希望の光の御子にこの力託そうぞ!』
その思いだけで彼等は有る神社に有る異空間に集まっていた。この異空間の主は黒石に故郷を滅ぼされた仙狐に連なる者。
もちろん瑠璃鞠ちゃんである。彼女は千姫の元に使い魔を放ったのだが、彼女は鬼の里から出られないと言う事で瑠璃鞠ちゃんが親から譲り受けた異空間(彼女達にはマンション感覚)で彼等をもてなしているのだ。
「み、皆さんご自由にお茶をお飲み下さい」
『狐ノ姫よ忝い』
いったい何種類の怪異、惟神が集まったのか皆体の何処かに怪我をしており、荒んだ戦いの日々であろう事が伺える。
そしてここに集まった全ての者が、光の御子こと優畄に用があると言う。
(そろそろいつものように2人が来る頃だけど…… 大丈夫かしら……)
その頃とうの2人はある存在達と共に歩いていた。その存在とは自称新垣大輔という、東大受験に失敗して自殺したという人物の幽霊とその他大勢の幽霊達だ。
霊力が戻った事で霊感も戻り、黒石の力に侵蝕されていた頃には見えなかった彼等が再び見えるようになったのだ。
「お、お久しぶりですね新垣さん」
『お久しぶりだね優畄君、いままでよく頑張って来たね。再び君にこうして会えて嬉しいよ』
だがこの自称新垣大輔は明らかにおかしい。当時はまだ霊感が低かったせいか分からなかったが、明らかに他の霊体より力が強い。
それにこれまでの優畄の身に起きた様々な出来事を知っていたかの様な話し振りなのだ。
聞いた話によると新垣さんは他の幽霊達と共に常に優畄の周りに居ただしく、黒石の闇に染まって行く彼を憂いを帯びた顔で見ているしかなかったと教えてくれた。
ただの霊体で有る彼等に優畄を助ける力は無いため見守る事しか出来なかったのだ。
彼の言う通り優畄の周りには数多くの霊が漂っている。
皆んなかつて優畄の霊力に浄化され邪気を抜かれ、自分達を修羅、畜生道から救ってくれた彼に恩返しがしたいという思いで着いてきている者達なのだ。
邪悪な霊は彼の霊力に触れた途端消滅してしまう程に強かった優畄の霊力も、黒石の闇には抵抗出来ず飲まれ掛けたのだ。
その闇の深さがどれ程の物か分かるだろう。
「皆んな優畄の友達だったんだね。優畄の友達なら私とも友達だよ」
光の力を取り入れ霊が見える様になったヒナがそう言うと霊達も嬉しそうに彼女の周りを舞い飛ぶ。
『ヒナさん優畄をよくぞ支えてくれました。これからも彼をよろしくお願いしますね』
「もちろん任せて!」
そんなこんなで優畄達が神社に着くと、慌てた様子の瑠璃鞠ちゃんが屋根の上から飛び降りて走り寄ってくる。
「優畄君〜ん! 貴方を待って居たのよ。さあ私と一緒に来て!」
「えっ? 瑠璃鞠ちゃん待って……」
瑠璃鞠ちゃんに引っ張られる様に彼女のマンション兼異次元に入って行く優畄達。
其処には色取り彩りの花が咲き乱れ、透き通った泉が中央にある。広さは何処までも続いている様に見えてそうでもない。距離感が掴めない不思議な感覚だ。
【柊ノ白弦狐】が居た【白仙郷】をスモールダウンさせた感じだ。其処に所狭しと怪異や惟神が居り一斉にその視線が優畄に注がれる。
『このお方が光の!』
『おお! なんと強い霊力よ』
『この力ならあの忌まわしき黒石の者共に勝てるやもしれぬ!』
優畄を見てその霊力の強さに歓喜の声を上げる彼等。中には泣いている者もおり、彼への期待の大きさが伺える。
「…… こ、これは?!」
だが等の優畄には何が何やらサッパリ分からない。そこで彼等の中から羽根と脚を失い深傷を負った八咫烏が代表として経緯を話す。
『光の御子、優畄よ。我等は黒石の者に住処を追われ仲間を、眷属を殺された者達。彼奴等を相手に争う力も無くその力を奪われ、無惨にも殺される運命しかない者達だ』
家族や仲間を殺されて故郷までも奪われた者達。自らの力だけでは黒石と、その闇と争う事も出来ない弱き者や傷付いた者が最後の望みの優畄にその全てを託す為集まったのだ。
「そ、そんな事……」
『御子よ、このままでも我等は滅びを待つしかない身。ならばせめて其方の力と成るためこの身を捧げ様ぞ!』
『頼む御子よ、我等の意思、思いを汲んでくれ……』
優畄に力を託せばその者の存在は消えてしまう……
それでも、黒石に滅ぼされる位なら自分達の全てを優畄という可能性に託したいのだ。
彼等の意思のこもった目を見て優畄は決断した。
「……分かりました。皆さんの意思を受け継ぎましょう」
『おお、御子よ……』
『どうか我等の思いを受け取ってくれ!』
『力の橋渡し、受け渡しは我がやろう』
八咫烏が優畄と彼等との橋渡し役となり怪異や惟神を霊体へと変えて行く。これぞ黒石が恐れた八咫烏の能力【霊体転換】。
生物を高密度のエネルギー体に変える秘儀だ。
最初光の御子やその伝説なぞに興味の無かった八咫烏。彼はただ眷属の仲間と楽しく暮らせていればそれで良かったのだ。
だが彼にとって家族の様な存在だった眷属は黒石に皆殺しにされてしまった。そして自身も深傷を負い後は死に行くのみの体。
『ならばこの命光の御子とやらにくれてやろう!』
彼がそう決断するのは必然だったのだ。
肉体を捨てて霊体に、高エネルギー体となった彼等が優畄にその力を授けていく。彼等が優畄の体に触れると、彼等に起きたそれまでの出来事が走馬灯の様に優畄の中を駆け巡っていく。
家族を殺された父親の記憶、仲間と共に戦いその亡骸を弔ってきた戦士の記憶、黒石の研究所に捕らえられ能力を引き抜くための地獄の様な毎日から、命辛辛に逃げ出せ安堵すると共に泣き崩れる天女の記憶、故郷を滅ぼされ仲間が捕まって行くのを黙って見ている事しか出来なかった弱者の無念の記憶、その全てが彼等の力と共に優畄の中に流れ込んでくる。
「ウグッ! ガァ!!」
その記憶と力は彼と繋がっているヒナにも流れ込んできた。
「ウ、ウウッ……」
2人共に全身を駆け回る力に体中が悲鳴をあげる。
それでも2人は倒れなかった。もしこれが1人だけだったなら精神が耐えきれずに発狂していたかもしれない。
『良き相方を持ったな。その者とならこの困難も乗り越えられるだろう』
八咫烏は最初この儀は優畄が流れ込む高エネルギーの激流に耐え切れず、死ぬか発狂するだろうと思っていた。だが光の御子は1人では無かったのだ。
そしてその2人の絆の強さに自身と眷属との絆と似たような感覚を感じた。
『優畄よヒナよ我等が悲願、打倒黒石を成し遂げてくれ。其方達なら出来ると信じているぞ』
何百、何千とそれが続いて行き、最後に八咫烏が彼に、いや彼等に自身の力を託して消えていった。
何百何千と生きた八咫烏の思いと力、それはとてつもない程に強大で強力な力だった。
【白仙郷】での一件で優畄達の光の許容量が、大幅に上がっていた優畄達。もしあの一件がなかったら彼等の体はその容量に耐えきれず弾け飛んでいただろう。
彼等が2人だった事もそれに耐えきれた要因である事は言うまでもない。
そして全てが終わった時、彼等の存在は人というカテゴリーを飛び越えた存在となったのだ。
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