第124話 約束


黒石晶、黒石カンパニーの女帝黒石美智子の息子であり、有名な退魔士でもある彼はタレントとしてもその甘いマスクで人気者だ。


今日もTVでの収録を終え退魔士としての討伐の仕事に着く。


「「きゃ〜! 晶さん!」」


TV局の玄関、黄色い声が飛ぶ中アイドルの様に手を振り出て来る彼に近く者がいる。


「晶様、御出立の準備が出来ております」


彼に近づく美しい女性は彼の13体目の授皇人形で、彼女に名前は無い。何故なら使い捨ての人形に名前は不必要だと彼が思っているからだ。


つい1週間前に変えたばかりの新しい人形。


「…… 分かった」


彼はそう一言だけ言うと彼女がドアを開けている運転手付きの黒塗りの車に乗り込む。彼女が彼の隣の座席に座ると車は走り出した。


1km程走った辺りで晶は、突然に隣に座る授皇人形の彼女の首を掴むと、自らの足元に叩き付けた。


「ガァ!?」


「ファンが居る前では私に話しかけるなと言ったはず。それに人形如きの分際で私の隣に座るとは言語道断! お前には躾が必要な様だな」


「も、申し訳ありません!」


「誰が口を開いていいと言った?」


そう言うと彼女の頭の上に足を乗せる晶、そしてメキメキと足に力を入れていく……


パキンと何が折れる音と共にその行為を止めると足を組み、討伐の詳細が載ったタブレットを見始める。


顎を砕かれた彼女は痛みと恐怖に震えながら【水蓮掌】の''治癒の手''で砕かれた顎を癒していく。


3体目の授皇人形の時も同じ様なくだらない理由で頭を踏み潰して殺している彼。今回は壊さない様にその程度で止めておいたのだ。


使い捨てに便利だと授皇人形をぞんざいに扱う晶、変える度に授皇人形の能力が少しずつ落ちているのも彼を苛立たせる要因だ。


(チッ、便利過ぎるからとぞんざいに扱い過ぎたか、癪に触るがコイツは長持ちさせねばな……)


彼にとって授皇人形は道具、人形に人間性なぞ求めていない。


そんな彼の能力は【金属変化】というシンプルなものだ。だが数多の魔の者を討伐してきた彼の能力は今ではダイアモンドより硬いロンズデーライトという物資に変化する事が出来る。


この能力も冷たい金属の様に冷酷な、彼の性格に影響を与えている事は間違いないだろう。


そんな彼に回って来た今回の討伐依頼は八咫烏とその眷属の討伐。なんでも光の御子が生まれたとかで、その道導を障害するのが目的だしい。


八咫烏は亜神レベルの怪異、晶達だけでは太刀打ち出来ない。そこで【黒真戯 】から8名が助っ人として派遣された。


そして【黒真戯 】のリーダーは瑠璃だ。彼女は優畄達と行動を共にしたあの時から自我にも似た感覚に目覚め、それに戸惑っていた。


彼女達【黒真戯 】はただ命令に従っていれば良い、それが黒石の総意だ。それが分かるからこそ彼女は自我の覚醒を気付かれない様に振る舞っているのだ。


瑠璃達は八咫烏の住処と言われている熊野三山、熊野本宮大社 旧社地で彼を出迎える。


「黒石晶様、本日はよろしく……」


瑠璃が挨拶する中、黙れとばかりに晶が手を掲げてで制する。


「応援に8体しかよこさないのか、全く本家の連中の当主候補贔屓には辟易するぜ」


応援が少ない事で自分が本家からナメられていると憤慨する晶。


相手が亜神クラスなのだ、【黒真戯 】の増援が3倍は欲しかったところ。これでは討伐は厳しいかも知れない。


平気で黒石の分家の者まで囮に使ったり、彼の傲慢な性格のため退魔士界隈での彼の評判は悪い。


晶の【金属変化】は防御特化の能力で、スピードが遅く乱戦や多対一の戦いに弱い。そのため使い捨ての授皇人形の数も自ずと増えるのだ。


だがプライドだけは人一倍高い彼は他の者の犠牲を厭わずに今回な討伐を推し進めるだろう。


「八咫烏の住処は熊野三山ではない。アレらの神社仏閣はフェイク、本当に八咫烏が潜んで居るのは玉置山、玉置神社裏の亜空間だ。お前達には囮になってカラスを誘き出してもらう」


有無を言わさず瑠璃達に囮となり死ねと晶は言っているのだ。


「晶様、私達は【黒真戯 】の精鋭です。その様な命令は本部に確認を取ってからお願いいたします」


晶の容赦のない無茶な言い様に瑠璃が本家に確認をと進言する。だが晶らから返って来たのは強烈な平手打ちだった。


瑠璃が彼自身の授皇人形だったならば拳が飛んで来ただろう、それも彼の気が済むまでの間だ。


「人形が私に刃向かうかのか? お前達は大人しく私のいう事に従っていればよいのだ」


「…… しかし、我々の代わりはおりません。もう一度熟慮していただきたく……」


「黙れ!」


今度はこぶしが飛んで来たが、彼女はあえてそれを受ける事で彼の返事としてとった。


「お前達【黒真戯 】は私の指揮下にある。今後口答えは許さん」


「……了解しました」


不本意ではあるが瑠璃は晶に従う事にした。


(……優畄様とは真逆で私達を道具としか見ていない…… 果たしてこの中で何人生き残れるのか……)


そして玉置山までやって来た瑠璃達は、後方に控える晶の命令の元、目隠しの闇を放ちながら神社の裏に有るというゲートへ迫って行く。


天敵な黒石な闇を感じとった八咫烏の配下の1m程の巨大鴉がゲートを守るため溢れ出てくる。


一羽一羽は大した強さではないがそれが千を超える大群に成ったならば話は別だ。


まるで大群が意思を持つかの様に空をうねり飛び、瑠璃達【黒真戯 】に襲いかかって来る。


瑠璃達が使う闇は目隠しによる認識除外の効果しかない。だが鴉達は闇に対しての耐性がある。いわば彼女達【黒真戯 】には天敵の様なもの。


【黒真戯 】の1人が鴉の弾丸の様な嘴を受けて身体中に穴を穿たれ死んでしまう。


「闇は鴉に通用しない、各自抜刀して斬撃による撃退を遂行せよ」


闇による目眩しは通じないと見切った瑠璃が個々撃破の命令を出す。


そして瑠璃達が鴉を引き付けている間に、晶らがゲートを潜り抜けて八咫烏が隠れ住む異空間へと突入して行く。


晶が八咫烏の討伐を完了するまで瑠璃達の陽動任務は続く。1人また1人と鴉の鋭い嘴に抉られて倒れて行く【黒真戯 】のメンバー。


対空の攻撃手段を持たない【黒真戯 】に鴉の対応をする事は難しいのだ。


このままでは全滅だと瑠璃は咄嗟に、【闇寤ノ御子】がしていた様に闇を槍に変化させて放った。咄嗟の思い付きでの行動だったが、彼女が作り出した''黒槍''は見事に鴉の群れを引き裂いていく。


瑠璃は【黒真戯 】の中で最も闇の力が強い。それと共に彼女は知らず知らずの間に【闇寤ノ御子】から【増幅】の能力の影響を受けており、その力がパワーアップしていたのだ。


「この能力ならば!」


瑠璃が空を舞う鴉の群れ目掛けて''黒槍''を連発して行く。そして何発目かの''黒槍''を放った時、空を舞う鴉の群れは全滅していた。


周りを見回しても立っているのは自分だけ、どうやら他の【黒真戯 】は烏共々全滅してしまった様だ……


「…… 皆んな……」


意思を持たない人形とはいえ共に戦って来た仲間が死んだのだ、悲しくない訳がない。


そして晶の方も片付いた様で、片腕を失った授皇人形と共に異次元から戻って来た。


その手には八咫烏の物と思わしき脚が握られており、どうやら深傷を負わせる事に成功した様だ。


授皇人形の女性は''治癒の手''で泣きながら傷口を癒しているが、彼女の能力では失血が精々だろう。


「でかしたぞ、お前達が鴉を引き付けている間に深傷を負わせる事が出来た。此度は逃したが次は仕留めて見せる」


そして高笑いと共に歩き去っていく晶。彼に授皇人形の女性を気遣う素振りは皆無、彼女は失った腕の跡を押さえながら彼の跡を追って行く。


「……(こちらは7体も死んだと云うのにご苦労の一言も無しか。同じ黒石の者でも優畄様達とはやはり違うな……)


瑠璃は1人で死んだ仲間の遺体を弔う事にした。穴を掘り遺体を埋める…… それが終わる頃には辺りは真っ暗になっていた。


優畄様やヒナは元気にしているだろうか、最近何故かあの2人の事を良く考える自分がいる。


「…… またあの2人に会えるだろうか…… 」


空を見上げればあの時と同じ様に星々が瞬いている。あの後2人とラーメンを食べる約束をした。


「もし、もし生きてまたあの2人に会えたなら、今度こそは一緒にラーメンを食べたいな……」


それが彼女の今の願い。その儚い願いにしがみ付きながら黒石の闇を生き抜くのだ。

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