第123話 兄弟喧嘩


「ハア、ハア…… ゆ、由紀ィイ!」


輝毅が精神会館内に駆け込んで行く。だが住んでいた部屋に行っても由紀の姿は無かった。


「由紀! 由紀!」


どこを探しても彼女は居ない、喉が枯れる程の大声で叫んでも返事は返って来ない……


ふらふらと外に出てきた輝毅の前に康之助が立ち塞がる。


「部外者がここに立ち入る事を許可した覚えはないぜ」


康之助を見た輝毅の目がらんらんと瞬く。


「由紀はどこに!? お願いだ、由紀に会わせてくれ〜!!」


康之助に掴みかかっていく輝毅、康之助もされるがまま止めようとしない。そしてーー


「…… 少し遅かったな、由紀ちゃんは今朝亡くなったよ。最後までお前の名前を呼んでいたがな……」


「そ、そんな…… 由紀が…… ゆ、由紀ぃ……由紀ぃぃ……」


その場にへたり込み泣き出してしまった輝毅、止めどなく流れ落ちる涙を拭く気もなく泣き続ける。


どんなに悔いても泣き叫んでも彼女は戻って来ない。その事実を受け入れるしがないのだ。



「……ヒック……ヒック……ごめん、ごめんよ由紀ぃ……」


どれ程泣いていただろう、そんな彼の背後から彼に近づく者がいる。ふらふらと今にも倒れそうな足取りで泣き崩れる輝毅に近いていく。


「…… て、輝毅様……」


「えっ……」


聞き覚えのある愛おしい者の声に輝毅が振り向くと、そこには死んだはずの由紀が立っていたのだ


「……ゆ、由紀?」


明らかに痩せ細り今にも倒れそうな由紀。そんな彼女がにこりと笑顔で応える。


「はい由紀です」


「……おっ……おお! ゆ、由紀!」


輝毅は彼女に抱き付くと大声をあげて泣き出した。


「ゆ、由紀、由紀! ごめんよぉぉ、ごめんよぉぉ……」


「……輝毅様…… 」


痩せ細った由紀を抱きしめながら、自分が彼女に対してして来た事の重大さに気付いた輝毅。


「ゆ、由紀、こんなに痩せ細って…… ごめんよ、本当にごめんよ……」


「…… 輝毅様、私は輝毅様の授皇人形。貴方様の意思になら何にだって従います。そ、それでも……輝毅様にそう仰っていただけて、由紀は幸せ者です」


「由紀……」


もう2度と彼は彼女を手放そうとはしないだろう。この先どの様な困難が迫ってもこの瞬間に守ると決めたのだから。


これが康之助の作戦だ。かなりの荒療治だったが、結果は予想以上だ。


「最初にあの2人を見た時に分かっていた、輝毅は由紀ちゃんの事をちゃんと思っていると。素直になるきっかけが必要だっだんだよ。これであの2人はもう大丈夫だな」


「…… 康之助さん俺に由紀ちゃんが危篤と知らせたのも作戦だったんですね……」


「ああ、お前なら脇見もせずに飛び出して行くと分かっていたからな。お前を利用させてもらった、悪かったな」


「別にいいですよ。由紀ちゃんが助かったならそれでいいです」


「優畄は優しいからね」


ヒナが優畄の腕に抱き付く。もはや2人のバカップルぶりは承知の事実である。


「アイツらもお前達位のバカップルに成れれば完璧だけどな」


「こ、康之助さん! 俺らの事そんな目で見てたんですか!?」


「もう康之助さんヒドイ!」



そんな祝福ムードの中、1人空気の読めないバカが姿を現す。


「やっぱりここに居たのか、全く今までの苦労が水の泡じゃないか! 本当にお前はバカだな」


そう輝毅の兄の将毅が弟の輝毅を迎えに来たのだ。


「あいつ!」


優畄がバカ兄を止めに行こうとすると康之助がそれを止めたのだ。


「大丈夫だ、まあ見ていろ」


康之助が見ていろと言うので仕方なく様子を伺う事にした優畄。



「あと2日で死ぬとかろだってのにお前はバカだよ。せっかく俺が新しい人形にしてやろうとしたのにそんなポンコツに執着して」


授皇人形をおもちゃか道具程度にしか考えていない将毅の醜悪さが今の輝毅には分かった。


そしてその考えに便乗して大切な由紀を殺そうとしていた自分の愚かしさに反吐がでる。


「……兄さん」


「今度は完全にその人形が死ぬまで帰らせないぞ。そして俺と一緒に新しいのに替えようぜ、そうすれば交換し……」


いま分かった、自分とこの者とは決して相容れないという事を。


そして自身の目の前にいる愚か者に幼少の頃より感じていた畏怖の念が無くなり、嫌悪感しか感じていない事に気付いた。


この者に対して自分の時間を使いたくない。そう思うと同時に口が開いていた。


「黙れ」


「えっ?」


「黙れて言ったんだよクソ野郎!」


いつもオドオドと自分の後ろに着いてくるだけだった弟からの突然の罵声に考えが追いつかない。


「お、お、お前、誰に向かってそんな口を……」


「黙れって言ってるんだよこのクソ野郎!」


次の瞬間には輝毅の拳が将毅の顔面にめり込んでいた。


「ブヒッ!」


豚の様に転がり尻餅をつく将毅。輝毅は密かに体や能力の鍛錬をしていた。それは兄から由紀を守る為だったのだが、それが役に立つ時が来たのだ。


「な! な! お、俺にこんな事してただで済むと思も……」


「黙れ! 俺は黙れと言ったんだ」


「こ、この野郎!」


兄弟喧嘩にも関わらず兄の将毅が能力を使おうと手を弟の輝毅に翳す。そしてなんの躊躇いもなくバレーボール大の''石弾''を弾丸の様に飛ばして来たのだ。


だが輝毅は''風刀''で将毅の飛ばした石を弾き飛ばしてしまう。


「クッ、この野郎、当たれ! 当たれ!」


将毅が石弾を連発してくるがその全てを風刀で弾き飛ばしてしまう輝毅。


「お、俺をバカにしやがって! 許さない、許さないぞ!」


弟にいい様にあしらわれとち狂った将毅が蛮行に出る。彼は石弾をあろう事か由紀の方に向けたのだ。


「ゆ、由紀ぃ!」


「お前が悪いんだ! 俺をバカにしたお前がなぁ!」


兄と兄弟喧嘩をするため彼女に被害が及ばない様に距離を開けていた。その選択があだとなり、由紀の盾に入るのが間に合わない。


石弾の標準は明らかに由紀の頭の位置。明らかな殺意が由紀に迫る。


だがその石弾は康之助の手によって防がれたのだ。康之助は掌で止めた石弾を握り砕くと、無言のままに将毅に近づいていく。


「こ、康之助さん……」


優畄も気遅れする程の康之助から放たれる圧倒的な怒気。将毅は決して触れてはならない彼の逆鱗に触れてしまったのだ。


「ヒッ……」


「…… お前は決定的な間違いを犯した、その報いを受けろ」


そして康之助は将毅の利き腕である右腕を斬り飛ばしたのだ。


「ぎ、きゃあああああああ〜!!」


肩口からスッパっと切られた腕はその場で焼き払われ、将毅は2度と右腕を使う事は出来ないだろう。


その後病院へ運ばれた将毅は自身の右腕が無くなった事が受け入れられず、精神疾患を患い自身の名も無い授皇人形と共に精神病院に入院した様だ。


抜け殻の様な2人が寄り添い合い座る姿は仲の良い夫婦の様だと施設職員の間で話題になっている。



輝毅は由紀と共にそのまま精神会館に住み着き、加奈さんなどから格闘技を教わりながら、会館の掃除や雑務に励んでいる。


あれから由紀への態度が180度変わった輝毅は、過保護なまでに彼女を労り一緒にいれるこの時を大切にしている様だ。


由紀の体調もすっかりと良くなり、輝毅と共に過ごせる日々を幸せそうな面持ちで過ごしている。



そして俺とヒナの2人にはかつてない程の怒涛の日々が迫っていた。


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