第122話 大切なもの


優畄達が精神会館に戻ってから3日、予想外にも恐れていたマリアからの接触はなく、討伐依頼も無かったためのんびり過ごす事が出来た。


康之助も翌日からはいつもの彼に戻っていた。その180度の変わり様に戸惑いも有ったが、今はまだ動く時ではないと、彼の意向に甘え会館に留まっている状態だ。


優畄達の変化に気付いているにも関わらず干渉してこないマリアも不気味だ。


「優畄、いろいろ考えたってしょうがないよ。今は出来ることをやろ」


「うんそうだね。出来る事からコツコツとだ」


優畄達は最近神社などの人が来ない所で【惟神進化】の能力を確かめている。従来の【獣器変化】は使えないが、それを補って余りある能力だと言う事が分かった。  


先ず進化従来の変化とは違いこの能力はバッシブという事だ。見た目はいつもと変わらないが常時能力を使える。


霊気を闘気の様に扱う事ができ、【ゴレアス】の様な優畄が得意な戦い方が出来るのもデカい。【獣器変化】の様な万能さは無いが、その分攻撃に特化しているようで一撃の威力は大きい。


スキルの【武装闘衣】は任意の場所に鎧を纏う事が出来るとても便利な物だ。何しろ黒石の力に対しては天敵に成り得る力なのだ。


優畄は光の力に目覚めてから黒石の能力者の闇への汚染度も分かるようになっていた。


ちなみに3日前に康之助の汚染度も見ていたが、彼には授皇人形が居ないためか、そんなに酷くは無かった。


それであの強さなのには何か訳がありそうだ。


それともう一ついい意味での誤算があった。それはヒナが従来の力を使えた事だ。


従来の闇の媒介者としての体から闇が抜け、その隙間に大量の光が流れ込んだ事により光の霊気を扱える様になった彼女。


本来は黒石の闇無くしては使えないはずの力だったのだが、光の力でも使えたというから驚きだ。


燃料が闇から光に変わった事で力の性質も変わった。優畄には劣るが、彼女の能力にも黒石への特効効果がついた様だ。


朝の7時から夕方の5時まで覚えた能力の鍛錬をする。神社の主で千姫の友達でもある瑠璃鞠ちゃんにも許可をとっている。


そしてもう1人優畄達に着いてくる子がいる。それは黒石輝毅の授皇人形の由紀だ。


「2人ともお疲れ様です。タオルをお使いください」


由紀が優畄達の元にタオルと飲み物を持って駆けてくる。


「由紀ちゃんありがとう」


「由紀ちゃんも一緒に座ろう」


「は、はい」


精神会館の一室でめそめそしていた彼女を、元気付けるため気分転換も兼ねて3日前から誘っているのだ。


彼女は輝毅に捨てられてから今日で7日目だ。心なしか窶れて来ている、それでも元気に振る舞っている彼女を見ると心が辛くなる。


あれからデブ兄弟が引っ越したというアパートに行ってみたりもしたが、居ないか居留守を使っているかで話も出来ていない。


康之助さんに言っても俺に任せておけしか言わないため、手詰まり状態なのだ。


「お腹空いたね、今日もラーメン食べて行こうか」


「うん。私はトッピング全乗せ」


「わ、私は食欲が無いので先に帰りますね……」


ここのところ食欲も無くすぐバテる様になった由紀。その原因が分かっているだけに何とも居た堪れない気持ちになる。


そんな由紀を1人で帰せないので優畄達も一緒に帰る事にした。


精神会館に帰ると加奈さんも交えてテレビゲームで遊ぶ。なるべく由紀に寂しい思いをさせない様にとの気遣いだ。


「このゲームは輝毅様とよく遊びました。輝毅様は特にテニスがお得意で、私なんか一度も勝てませんでした」


「……」


何とも幸せそうに輝毅の事を語る由紀。


夕食時でもーー


「輝毅様はお肉は好きなのですが温野菜が苦手で、ちゃんと食事を取れていればいいのですが……」


自分があと3日で死ぬと云うのに彼女の口から出るのは輝毅の事ばかり……


そんな彼女に優畄達もどう声をかけてよいのか分からない。


授皇人形は主人の為だけに作られそしてその意思を汲むのが彼等の仕事だ。たとえ捨てられたとしても主人の意思が全てなのだ。


そんな中、彼女の容態が急激に悪化したと仙之助さんが教えてくれた。


「……由紀は昨晩に急激に体調を崩してな、今黒石の関係の病院にいる。保ってあと1日てところだ……」


今は病院で延命治療を受けているだしい。だがやはり主人と離れ離れでは長くは持たないだろうとの事だ。


「そ、そんな由紀ちゃん……」


「グッ!」


その話を聞いた優畄が突然駆け出す。


「優畄、どこへ行くき!」


ヒナの呼び止めにも応じず彼が向かったのは輝毅の住むアパート。まだ間に合う今行けば彼女は助かる。その思いだけが彼の足を早まらせていた。


距離にしておよそ10kmを10分足らずで走り抜ける。そして輝毅達が住むアパートに到着した。


中には人の気配は無い。扉を叩いて見ても返事は無く、隣の部屋から「うるさい!」とクレームがくるだけだ。


「グッ……」


優畄が踵を返して去ろうとした時、何処かに出掛けていたデブ兄弟が帰ってきたのだ。


「ーーあっはは違う違う、あれはお前が下手だからだよ」


「まったく兄貴はいつもそうだ……」


そんな呑気な彼等が部屋の前に居る優畄に気付く。


「ぶ、ブヒっ、な、なんだよ! な、何でお前がここに居るんだよ?!」


兄の将毅がブヒブヒと口を開くが無視をし、弟の輝毅の方に詰め寄る。


「由紀ちゃんが倒れた、明日まで保たない、今ならまだ間に合う俺と一緒に戻ろう!」


「ゆ、由紀が!」


由紀が倒れたと聞いて明らかに動揺している輝毅だったが、そんな彼の前に兄の将毅が立ち塞がる。


「何だよお前! 俺たちの邪魔をするんじゃない!」


将毅の命令で彼の魂の抜けた授皇人形が両手を広げて優畄の前に立つと、手から風刀を放ってくるのだ。


そう、卑怯にも意思のない授皇人形の彼女を盾に使おうと云うのだ。


優畄はその風刀を拳で宙に弾き飛ばして対処する。だが彼が授皇人形の彼女の対処に戸惑っている間に、将毅が輝毅を外に連れ出す。


後を追おうにも授皇人形が邪魔をしていて、強引に行けば彼女を傷付ける事になってしまう。


そうしてる間にも奴等の乗った車が発車する。そう将毅は自身の授皇人形を捨て駒として利用したのだ。


「……こんな事の為に……」


仕方なく優畄は彼女に当身を放ち気絶させると、奴等の部屋の鍵を壊して中に運び込んで寝かせてやった。


「由紀ちゃん…… 」


ーー


その頃車で逃げたデブ兄弟は安堵していた。

「ハア、何とか逃げ切ったな」


「う、うん……」


「チッ、あのアパートはもうダメだな。ママに新しいアパートを探してもらおう」


「…… あ、兄貴、俺やっぱり……」


「大丈夫だ、お前は俺の言う通り動いていれば間違いないんだ」


「……」


忘れようとしても思い出すのはいつも由紀の顔。輝毅は気付いていた、自分にとって彼女が掛け替えのない存在だと云う事に。


それでも長年の兄との柵は彼の判断能力を奪い冷静な判断をさせない程に彼を縛り付けていた。


(……由紀、アイツは由紀が明日まで保たないて言っていた…… い、今ならまだ間に合うかもしれない、まだ……)


「よしちょっとコンビニに寄って行こうぜ」


輝毅は車が停まると同時に飛び出して走り出す。


「由紀、由紀、ハア、ハア…… 由紀! 由紀! 由紀!!」


彼には友達が居なかった、いじめられていた訳ではないが彼の傲慢で卑屈な態度が人を遠ざけていたのだ。


だがそんな彼が15歳に成った時、初めて彼女に会った時に一目惚れしていた自分。女性の扱いなんて知る由も無かった彼は戸惑いながらも彼女に優しく接した。


たまに卑屈な自身の心が彼女に辛く当たらせてしまう。でもそんな時でも彼女は笑顔で応えてくれた。


「……ゆ、由紀ぃ……ご、ごめんよ……由紀! 由紀!」


いつしか彼は泣きながら走っていた。やっと彼女の代わりは居ないと云う事に気付いたのだ。


何度も転びながら50kmの道則を走って来た彼が精神会館にたどり着いたのは翌日の朝だった。

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