第66話 隔たり


「上等だテメェ! ぶっ潰してやるぜ!」


一方、三馬鹿に絡まれた俺はその中のリーダー格の金髪君と試合をする事になってしまった。


顔を赤くしながら激昂する金髪君。そんな中ヒナが俺の耳元でゴニョゴニョと囁く。


「優畄、手加減は忘れないでね」


俺はサムズアップをヒナに返すと、金髪君が待つ中央にある8m四方のエリアに向かう。



「ヘヘッ馬鹿な奴だぜ、保は空手三段の実力者とも知らずに」


「ああいう奴は一度痛い目を見た方がいい、その方が勘違い野郎が減るからな」


能力のせいか耳が良くなっており、金髪君の友達の会話がまる聞こえだ。


(へ〜 金髪君て保て名前なんだ、まあ覚える必要はないだろ)


そんな金髪君こと保が俺を睨みつけてくる。


「この舞台に上がった事は誉めてやる。だがテメェ、腕の1、2本は覚悟しろよ」


なんとも凄みのある視線を向けながらそう言い放つ金髪君。そして腰を低く落とすと空手の構えを構えをとる。


俺も金髪君に習い師範代に教わったとおりに構えをとる。


この試合に審判はいない。そのためどちらかが参ったを言っても相手にその気がなければ試合は続行される。


いわば試合という名のリンチ。


それを止める者もここには居ない。受けた乗ったその時点で自己責任となり、腕の1、2本なら当たり前。それが強さが全ての精神会館流なのだ。


ちなみに拒否する勇気がない者に試合を強要する事や、明らかに実力が離れている者との試合は、イジメととられタブーとなっており、それぞれの道場にいる監視委員に止められ厳しい罰則をうける。


今回はどちらにも了承有りという判断だろう、誰も止める者は居ない。それどころか見物人が周りを取り囲み、適当に声援をおくる。


みな黒雨島帰りの話を眉唾で聞いていたため、その実力に興味があるのだ。


そして始まった試合。



「チェストぉ!!」


まず先に動いたのは金髪君。俺の顔面目掛けて正拳突きを放つ。


集中に入り俺の動体視力が跳ね上がった影響か、恐ろしくスローリーな動きで金髪君の正拳突きが近いて来た。


(……遅っ)


俺はそのスローモーションに合わせて習った通りの右正拳突きを、カウンターで金髪君の鳩尾に放つ。


「グボッ!!」


人外のスピードで、人外のタイミングで放たれたパンチは、まさに必殺の拳。


黒石良樹を殴った時よりも若干弱目のパンチだったが、金髪君は2〜3mぶっ飛んだ後に腹を抱えて蹲ってしまったのだ。


最短の軌道で的確に相手の急所を貫いたのだ、このパンチに耐えられるのは、同じ人外に位置する者だけだろう。



「あれ、もう終わり?」



一瞬の出来事に静まり返る道場内、そして時間差でザワザワとざわめき立つ。


「い、一撃…… 」


「ば、バカな! 保にカウンターを合わせやがった……」


「あの子可愛い……」


皆まさか有段者の金髪君が一撃でのされるとは思っていなかったのか、若干一名を除いてザワザワと道場内がざわめき立つ。


「今の正拳突きみたか? あんな早くて綺麗な突きは初めてだ」


「ていうか、彼は初心者だよな……」


「すげぇ、黒雨島帰りてのは本当だったんだな!」


「ヒナちゃん可愛い……」



少し気まずく佇む俺の元にヒナがやって来る。


「優畄ちゃんと手加減した?」


「ああ、3割位にセーブして殴ったぞ」


ヒナは倒れた金髪君をまじまじと見た後、ある結論を出す。


「今の優畄の場合、普通の人には2割でも充分ね」


的確に優畄の現在の能力を見切り、そう結論をだすヒナ先生。


「は、はい、気を付けます…… 」



結局、金髪君こと保は立ち上がる事なく、俺の勝ちが決まった。


それからは針の筵だった、道場中が俺を化け物でも見るかの様に避けるのだ。


(まあ、ヒナさんさえ居てくれではそれでいいけどね……)


強がりを言ってみても居づらい者は居づらい、俺たちは、師範代の言いつけの1000回の正拳突きを終えると、足早に道場を後にした。




翌日は柔道の道場で稽古をする。順番に深い意味はない、ただ時計回りに道場巡りをするとヒナと相談して決めたからだ。


かつて精神会館の柔道は前館長の黒石省吾の影響が1番強い道場だった。そのため実力に見合わない指導者が多く、オリンピック候補生以外や将来有望な者しか立ち入れない絶対領域だった。


だが康之助の改革によって、当時の能無し指導者は館を去るか、平の従業員で苦渋を舐めている。


今では大人から子供まで様々な人々が悠々と柔道を教わっている。


そしてこの道場の現師範代は神月忍(36)だ。実力は並だが、教え方が上手いと康之助に選ばれたのだ。


実力絶対主義の精神的にあって師範代が人格者重視と言う事は、康之助の改革が徹底している事の証拠である。


「黒石優畄です。よろしくお願いします」


「黒石ヒナです。よろしくです」


「やあ君の噂は聞いているよ、館長からは基本だけでいいと言われてるけど、分からないことが有ったら遠慮なく聞いてね」


なんとも人当たりの良い気さくな人だ。


柔道も空手と同じで30分のストレッチの後、構え、受け身、投げ、寝技と一通りの基礎を教わる2人。


その後は師範代が相手になり、組み合ってからの流れ、技を掛けるタイミングなどを教わる。


「う〜ん! 聞いていたとおり、君達2人はやはり筋がいいね」


教えた事をあっという間に自分の物にしてしまう優畄達に驚きを隠せない師範代。


後は実戦に勝る稽古はないと、ヒナと2人で試合形式の練習を繰り返す。


初めこそ拙い動きだった優畄、だが実力者のヒナに引っ張られる様にメキメキと腕を上げていく。


「おい、あの2人が噂の……」


「あの2人、本当に素人か?」


「確実に初段の俺より強いだろ……」


いつの間にか俺たちの試合形式の稽古を見る見物人が集まってくる。


そんな事に気付かない程に、俺とヒナは真剣に相対していた。


双方共に全力ではないが、少しずつリミッターを外していく。


(流石ね優畄。もう私の動きについてきている、でもまだまだ!)


(一体何度ヒナに負けたか分からないけど、このまま終われない、せめて一矢はむくいるぞ!)


師範代も2人の試合から目を離せ無くなっていた。なぜならこの2人の試合は、最高峰オリンピックをも凌駕するレベルなのだ。


そんなレベルの高い真剣勝負から目が離せる訳がない。

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