第54話 救出部隊
優畄達が幽鬼を引き付けている間に、磔にされている弓夜と早苗の2人を救出するため、別行動中の美優子は、そのチャンスを伺いながら廃屋に身を隠していた。
「……」
2人が磔にされているのは代官屋敷から10m程離れた場所だ。優畄達を誘き寄せるために見晴らしの良い場所に2人は板に吊るされており、ぐったりとした様子からその意識はなさそうだ。
弓夜達の周りにも幽鬼達は居るが、優畄とヒナが攻め入った事によって今は注意がそれている。
幸い今なら弓夜達の周りには4体の幽鬼しかいない。これなら付近に居る幽鬼を始末出来るかもしれない。
(お、お兄ちゃん、早苗さん、すぐ助けるから待っていてね!)
そうは言っても今回のメンバーで最弱な彼女は基本、刀による攻撃しか出来ない。
能力は【水躁術】が使えるが、回復、補助特化なため戦闘には不向きなのだ。
足がすくんで前に出ない……
突入前にせめて優作でもいればなと思いはしたが、頭を振って彼の事を頭から追い出す。
「だ、大丈夫! 私1人でも出来る」
優畄達の方は幽鬼が邪魔で見えないが、戦っているのは分かる。
(2人も頑張ってるんだ、私も頑張らないと!)
美優子が小さく拳を握り自身に喝を入れる。
だが、その時だった、
「えっ?」
前に出ようとチャンスを伺っていた美優子だったが、進化した海斗アレハンドロの妖気を直に感じ取ってしまい、その影響で体がガタガタと震え出してしまう。
「……な、なに……あれ? 」
黒石の者として彼等が真っ先に習うのが、相手の強さの見極めだ。
若輩とはいえ、これまで幾多の任務を兄達とこなしてきた彼女が今までに感じた事がない妖気。
(…… ヒナちゃん達はこんなのと戦っているの?)
体の震えが止まらない。このままではせっかく彼等が作ってくれたチャンスが潰えてしまう……。
だが恐怖を拭い去るのは容易い事ではない。彼女の足は無意識に前進ではなく後退をしてしまう。
美優子が諦めかけたその時、背後から声がした。
「なんだよ美優子、諦めちまうのか?」
一瞬ドキリとしたが聞き覚えのあるその声に、振り向き確かめる美優子。そこには予想通りの人物がいた。
「ゆ、優ちゃん」
「俺にあんな大口を叩いておいて退くのか? 命をかけて時間を稼いでくれているアイツらを裏切るのか?」
優作が美優子を奮起させようと発破をかける。
「俺も一度は逃げようとした。だけどやっぱりお前を失いたくない。だから俺は逃げない」
一度は逃げ出そうとした優作だったが、美優子のためにプライドも恥も捨てて来てくれたのだ。
「優ちゃん……」
「アイツらが稼いでくれたこのチャンスを無駄にできない。行こうぜ美優子」
「うん。行こう!」
小さい頃から美優子は優作に元気付けられて来た。彼に言われると自然と勇気が出るのだ。
優作も海斗アレハンドロの妖気は感じ取っている。それがいかに危険で驚異的であるかも分かっている。
(…… こんな化け物が居るなんてな、この作戦は誰かの犠牲無くしては成り立たない。俺は……)
優作は持参してきた鞄の中を見ると覚悟を決めた。
そんな彼等に最大のチャンスが巡ってくる。優畄の''怒りの咆哮"で、幽鬼達が一斉にそちらを向き直ったのだ。
「いまだ!」
2人は弓夜達の元に駆け出す。距離にしておよそ30m、2度めの咆哮で完全に幽鬼達の意識はそちらに向いている。このスキに距離を詰めて行く。
幽鬼達に見つかる事なく、弓夜達の元まで辿り付いた優作と美優子。不意打ちで両脇に居た幽鬼4体を仕留める事に成功する。
いやに警護の幽鬼の数が少ないと不思議に思ったが、それだけ優畄達が幽鬼を引き付けてくれているという事だと納得した。
「弓夜兄ぃ!」
しかし2人に突き付けられたのは残酷な現実だった。
貼り付けにされた2人は、すでに体の半分以上を呪毒に侵されており、腐敗させていたのだ。
早苗に至っては手遅れで、既に事切れていた……。
「……そ、そんな早苗さん……」
弓夜も斬られた目元から腐敗が始まっており、顔半分は既に腐り落ち、見る影も無くなっている。
そんな彼が最後の力を振り絞り優作達にある事を伝える。
「……こ、殺して……くれ………」
愛しい者も救えず、目も見えなくなった彼。自分はもう助からない、このままでは優作達の足手纏いになってしまう。
弓夜の苦痛の叫び、最後の力を振り絞って家族にした願いが自らの殺害だったのだ。
「お、お兄ちゃん……」
助からないのなら早く痛みから解放してやりたい。
だが彼が助からないのは誰が見ても明らかだ。それでも家族を殺せる訳がない。
美優子が殺すと言う考えを頭から追い払う様に左右に振る。
そんな事出来るわけがない……
そんな美優子の肩に手を乗せ、優作が言う。
「俺がやる……」
そう言うと優作は''虎牙丸''を抜くと、一瞬の躊躇を見せたあと、一突きに弓夜の心臓を貫いたのだ。
その時、弓夜が最後に笑った様な気がした。
優作の目から涙があふれ出る……
自らが兄と慕った弓夜にトドメを刺したのだ、それも無理からぬ事だろう。
「優ちゃん……」
美優子は優作を責めない、何故なら彼の選択が最善だからだ。
自分の代わりに汚れ役を買って出た優作、涙を拭うと優作は美優子に向き直る。
いまだに優畄達が幽鬼を引き付けてくれている。彼等に泣いている暇はないのだ。
「……さあ代官屋敷へ急ごう。俺達が供養塔に火を灯すんだ」
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