第42話 優作の失敗
8月7日
そして僕等は早朝の夜明けと共に出立する事に。
早苗は痛み止め代わりの睡眠薬を飲んで眠っている。
「美優子、早苗を頼んだぞ」
「うん任せてよ」
「緊急時の連絡手段として発煙筒を置いていく。何かあったら時はこいつで知らせてくれ」
「分かったわ、お兄ちゃん達も気をつけてね。ヒナちゃん達も頑張ってね!」
「美優子ちゃん直ぐに戻って来るからね!」
今日は雨も降っておらず霧も出ていない。こういう晴天の日の方が幽鬼は動きが鈍るのだ。
この好条件のうちに距離を稼ぐ事にした僕達。次の中継基地までの、およそ15kmを目的地として移動する。
組織的に動く幽鬼達の目を避けながら、進む距離としては厳しい移動距離だが、そんな事を言っていられない事情もある。
「……早苗のあの傷は毒ではなく呪いだ。 あのまま放っておけば3日と持たず身体全体に呪いが回ってしまう……」
あの銛には長年に渡り流され続けた、幽鬼達の怨念がこもった血が塗られている。
その血の呪いを傷口に受けたならば患部が緩やかに腐りはじめる、それは即ち、生きたままに腐り死ぬという事。
もし銛の攻撃を受けたのが黒石の者なら、強い毒や呪いに耐性があるため症状もここまで進んでいなかっただろう。
「間に合わないかもしれない、だけど僅かな可能性にかけたいんだ……」
代官屋敷にある供養塔に火さえ灯せれば呪いの効果が消えるかもしれないのだ。
その為の強行軍だが、誰も反対する者はいない。
だが幽鬼等は、こちらの事情など考えてはくれない。
組織的に動く幽鬼等はグループ毎に連絡手段の煙玉を持っており、一度でも見つかると即集団に囲まれてしまうのだ。
そのため移動範囲にいる幽鬼には、僕の蜘蛛の糸を使った奇襲で、先ず先に煙玉を持つ幽鬼を狙い倒して行く。
集団戦闘になれた幽鬼等も、僕の変化で使える様になる能力と、ヒナの刀による斬撃。
そして弓夜の千里眼を使った正確無比な弓矢に、優作の能力【受樹変化】による攻撃で退けて来た。
優作の能力【受樹変化】は触れた植物を鋭い針などの武器に変化させる能力だ。
だがこの能力には制限があり、変化出来る植物は一度に一種類、その効果範囲も5mと狭い。
やはり変化の能力とはいえ、本家と分家ではその能力に差がある。
彼が優畄に対抗心を燃やす理由が、能力の格差それなのだ。まあ、優畄の規格外過ぎる能力と比べては酷というものだが。
この黒雨島は年中雨か霧が出ているためか夏場でも比較的涼しい方だ。
だが先は長いので、僕達は少し休憩しようと木陰に立ち止まる。
「でもここに、優畄君が居てくれて本当に良かったよ。私達だけではここまで来れなかった……」
彼の言う通り僕の能力無しではここまでは来れなかった。そんな現実を直視した弓夜の素直な気持ちなのだろう。
「そんな事はないですよ。皆の協力があっての今の結果だと僕は思ってます」
「……やはり君は本家の連中とは違うね」
弓夜達分家の者はよほど本家と確執がある様だ……
「はい。彼等とは相容れない僕の反骨心です」
「優畄は誰にも負けないんだから」
「フフッ、ヒナさんは優畄君をよほど信頼しているんだね。面白い男だな君は」
僕と弓夜の会話を聞きながら何故かすぐれない顔の優作。
彼の僕へ対してのライバル心は、弓夜が僕を認めたことで一気に加速しだす
。
(彼奴ばかり、あんな可愛い彼女まで…… 見てろよ俺だっていつかは!)
だがそんな彼の慢心がつまらないミスへと繋がる。
順調に進んでいた僕達の前に五体の幽鬼が現れた。その幽鬼達は仲間が奇襲にあって倒されている事を知っているのか、警戒度が今までとは違っていた。
左右に目をやり決して隊列も乱れない。
いつも通りに僕が蜘蛛の糸で相手の動きを封じようと動いた時、突然に優作が単独行動にでたのだ。
(この距離なら俺の【受樹変化】の方が早い)
「!」
弓夜が制止しようとするが間に合わず、優作が幽鬼に能力で攻撃を仕掛ける。
彼の攻撃は煙玉を持っていた幽鬼を見事に捕らえ串刺しにした。だが、その幽鬼を倒し切れなかった。
植物に貫かれ瀕死状態のそいつは、最後の力で煙玉を地面に投げ付け仲間を呼んだのだ。
死ぬ間際の幽鬼が投げつけた煙玉からもくもくと煙が上がっていく。
そしてそれを見た幽鬼等が押し寄せて、あっという間に50体からの幽鬼に取り囲まれてしまった僕達。
僕はすかさず体をゴンズに変化させる。
「ここは僕に任せて! 弓夜さん達は先に行ってください!」
「優畄君…… 分かったここは任せるよ!」
「優畄! ダメ、私も残るよ!」
ヒナが刀を抜き共に残ると意思表示する。
「ダメだヒナ! 頼むから皆と引いてくれ」
「イヤ! 絶対に私は残るよ」
どうやらヒナの意志は硬そうだ。こうなるとヒナさんはテコでも動かない。
「仕方ない。よし、じゃあ一緒に戦おう」
「うん!」
いざとなったらヒナだけでも逃す。それだけは何があっても確実だ。
「お、俺も……」
自らのミスで招いたこの危機に自身も残るつもりだったのか、躊躇する優作の胸ぐらを掴み弓夜が諭す。
「お前が残って何の役に立つ、判断を誤るな!」
「グッ……」
優作がここに残っても足手纏いになるだけだ。ならば僕達が足止めをしている間に、少しでも先に進むのがベストの選択だろう。
2人が走って行くのを追おうとした幽鬼に、僕がゴンズの姿のままに糸を吐き出しその動きを止める。
馬の頭から蜘蛛の糸が出る様は、なかなかにシュールだ……
「2人の後は追わせないよ!」
ヒナも居合斬りで幽鬼の足止めをする。
チーーン!といつ抜いたのか分からない程早いヒナの斬撃で、幽鬼が3体同時に崩れ落ちた。
(ひ、ヒナさん、凄い……)
僕も負けじと、近くにあった木を根っこごと引き抜き、幽鬼等の進行方向に投げつけて牽制する。
僕の使う【獣器変化】の能力は、どうやら敵を倒せば倒すほど僕の身体に馴染むようだ。
そして相手が強ければ強い程その効果が顕著に現れる。
ここまで何十体かの幽鬼を倒して来ている僕は、瞬時に妖獣へ変化出来る様になっていた。
だが体長が10mを超える変化はまだ無理の様で、5〜6mが今のところ限界だ。
それでも幽鬼等の足止めくらいなら造作もない。
僕は再び引き抜いた木を根本代わりに、幽鬼等を弾き飛ばして行く。
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