第37話 島の真実




暗く淀む暗黒の眠りから目覚めて100年、彼等は黒石の者の存在を強く感じていた。


腰の辺りまである白髪を束ねた初老の男、日本人とは違う堀の深い顔には生前に刻まれた刀傷が痛々しく残る。


彼の名は海斗アレハンドロ、元この島の島頭だった男だ。


腰には全長2m、刀身1.5mの大太刀が佩ており、その一振りで人馬共々に斬り捨てる程の剛腕の持ち主で、かつては黒雨島最強と言わしめた豪傑だ。



『三芳リカルドに雪乃よ、分かるか?』



彼の前にはギリシャ彫刻を思わせる整った顔立ちの青年と、この世の物とは思えない美しさと妖艶さを兼ね備えた女性が寄り添い合う様に立つ。


寄り添う2人にも生前に負った酷い傷がそのまま残っており、なんとも痛々しい……


男は手に、生前に拷問を受ける際にその身を吊るすのに使っていた、シックルという円形の鎌をつがいで携えている。


女性の方は、武器だしき物は何も持ってはいないが、膝まである長い黒髪が怪し気に蠢いている。



『ああ、分かる! 分かるぞ!! この感覚は黒石の血族のもの!』



『キヒッ! 奴等が来ているんだわ、この島に居る! 我々が積年の恨み此度こそは晴らす時ぞ!』



『生きたまま臓腑を引き摺り出せ! 奴等にも我等と同じ苦しみを味あわせろ!』



彼等は笑う、怨嗟の叫びを上げながら。



彼等は笑う、邪悪な赤眼を瞬かせ。



そして彼等は願う、黒石の血族への果てる事のない永久の苦しみを。




ーーー




魔性の者達が歓喜に湧くその頃、崖の上に偵察に行っていた2人が戻ってきた。


だが戻った彼等の面持ちから、ただならぬ事態を感じ取る。



「お、お兄ちゃん、島の様子はどうだったの?」


美優子も兄弓夜の顔を見て嫌なものを感じとり、何が合ったのかを聞く。


2人が戻るのを見てこちらに早苗も合流する。


「なにか予想外の事があったのね」


「…… あれではここから動く事も出来ないよ」


弓夜は深いため息と共に僕達を見る。



「話が違うぜ…… ただ代官屋敷の供養塔に火を灯すだけの仕事と聞いていたのに、何だあの幽鬼の数は? あれでは俺たちに死ねって言ってるようなものだぜ!」


共に崖の上に様子を伺いに行っていた優作も島の状態に愚痴をこぼす。


この島の大きさは直径20km四方の円形の島で、代官屋敷はこの島の最南端にある幽鬼等の本拠地の港町から、500m程高台に登った場所にある宿場町にある建物だ。


屋敷を中心に半径2mの反物理、反幽鬼の結界が張られているため、幽鬼の侵入は無い。



「…… この仕事は黒石本家の依頼だが、今回は退くしかないな」


弓夜達の話に出てくる僕の知らない情報の数々、それに彼等の焦りようはやはり尋常ではない。



「退くて、帰るって事ですか?」


「ああ。私の【千里眼】で見た限り、1km先まで幽鬼がぎっしりだ…… 2千体以上の幽鬼を相手に代官屋敷までの20kmを行くのは不可能だよ」


本来復活した幽鬼は島中に散り散りにいる程度で、対して脅威では無いはずなのだが、何故か今回に限り事情が違うだしい。


まるで検問でも張っているかの如き幽鬼の配置なのだ。



(ヒナを休ませたいし、帰れるのならそれに越した事はないのだが……)


僕は今回の仕事の内容は、代官屋敷へ向かうという事以外ほとんど知らない。彼等の話で大体の内容は分かるが、僕は黒石の思惑を知りたいのだ。



「……幽鬼だとか供養塔とか、僕は詳しく知らないので、出来ることなら教えて下さい」



「ケッ、本当に使えねぇ野郎だな……」


(だって知らないんだから仕方ないだろ……)


僕の発言に優作が悪態をつく、そんな優畄に辛く当たる優作をヒナが睨みつける。


優作はバツが悪そうに僕等の前から離れていった。



僕の質問に渋々ながら弓夜が応える。


「我々の今回の仕事は、ここから20km程離れた場所にある代官屋敷の供養塔に、幽鬼の討伐をしながら向かい浄化の火を放つ事なんだ」



幽鬼とは、元この島で暮らしていた虐殺された島民たちの成れの果ての姿で、黒石への強い怨念から50年周期で蘇り、島で生前と同じ様に生活を始めるのだ。


幽鬼達には生前の様に自我があり、己の考えや上位者の命によって動く。


その見た目は、青白く変色した体と赤光りする目以外は生前の人間の姿となんら変わらない。


強さ的にはグールに毛が生えた程度だが、統率の取れた軍団としての強さならディープスレェトゥンを凌駕する。


その性質は残忍で、もし黒石の者が彼等に捕まったならば、その者はこの世の地獄を生き続けながら味わう事になるだろう。


この50年周期で訪れる凶変を治めるには、黒石の力が未だに生きているという、代官屋敷にある供養塔に浄化の火を灯す事以外に方法はない。



だが、この50年周期の凶変には僕達に伝えられて無いある一面がある。


実はこの100年の間、1度として代官屋敷にある供養塔に浄化の火を灯せていないのだ。



過去に数度送り出された黒石の血族は、幽鬼等に返り討ちに合い、たった1人を除いて生きて戻れた者はいない。


幾度に渡る黒石の撃退は幽鬼等の段階を引き上げ、100年前の幽鬼とは段違いの強さになっているのだ。


まさに最悪の状況。



元々のこの島の島民は2000人、その全てが甦り島中にいるのだ。


それ即ち、この島では僕たちに逃げ場は無いという事。それを後ほど僕達は知る事になる。



「今のこの島の状態では、代官屋敷まで行って火を灯す事は不可能だ。本家には悪いがやはりここは退くしかない」


「ええ、貴方の意見に賛成よ」


弓夜さんが船着場掘っ建小屋内にある無線のある場所に行く。本家に作戦行動の中止と、島からの撤退の旨を伝えるためだ。

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