第29話 千姫の目覚め



高山稲荷神社裏、狐仙族の隠れ里で眠りに付いたまま目覚める事のなかった千姫が目を覚ました。


夢見の術を使いそれを跳ね返された影響で3日の間眠り続けていた千姫、彼女が眠るこの3日間で惟神達の状況も大きく変わっていた。


彼等の隠れ里の至る所に、黒石との争いで傷を負い虫の息の惟神の戦士たちが千姫の癒しの力を求めて横たわっているのだ。



「……この状況は私が招いたものなのですね」


「姫様に非はありませぬ、この爺が致せぬばかりに……」


夢見の術を使うには莫大な霊力が必要だ。そのために結界に回していた力を利用せざる終えなかった。


その結果、狐仙族や他の惟神達に多大なる損害を与えてしまったのだ。


だが彼等にとって優畄は希望になり得た存在、そのため彼をこちら側に引き入れようとあの博打に打って出た千姫を攻めれる者はいない。



「しかし、まだ終わったという訳ではありません!」


千姫は目覚めたばかりの霊力も回復し切らない体で広範囲に及ぶ癒しの術式を発動させた。


千姫から放たれた光の波動が隠れ里の隅々に伝わり、怪我を負い倒れ伏していた者達を蘇らせる。


「おお!傷が……」


「これでまだ戦える!」


だが霊力を使いその場に崩れ落ちる千姫。



「ひ、姫様!」


「だ、大丈夫です。私はどうなろうとも、あ、あの子を早く黒石の呪縛から解き放ってあげねば……て、手遅れになる前に」


千姫はなんとか立ち上がると忌わしい黒石の屋敷がある方をみる。


(優畄待っていて、必ず貴方を助けて見せる)




8月5日




難敵ディープスレェトゥンをなんとか倒せた僕たち、今はグールの始末に奔走している。


それも向こうから向かって来てくれるため、ブルドーザーと僕の熊の手アタックで迎撃すれば問題ない。


そしてこの村に来て2日目の深夜2時、ついにグールたちの殲滅に成功したのだ。



安心した時が一番危険と周りを確かめ、残敵がいない事を確認してから、ヒナのジャンピング抱き着きをいただく。


僕の体が奴の返り血などで汚れていてもお構いなしだ。



「優畄!やった〜終わったね!!」


「ああ、今日の勝利は間違いなくヒナのおかげだよ」


「そんな事ない、優畄が頑張ってたの私知ってるもん!」


「ヒナ……そうだな、僕たち2人の勝利だ」


「うん!」


可愛いヒナの頭を撫でてやりたいが、返り血でベトベトだから今は我慢。



(事が済んだらヒナと一緒に温泉にでも行こう)


実は昨日使える物がないかと役場を漁っている時に温泉のパンフレットを見つけたのだ。


その温泉はこの村から15kmほど離れているため、被害は無いと思うが、今はこの村の事だ。



その後は、ブルドーザーに乗ってグールが残っていないか確認で村内を回ったり、まだ生きてはいないかとディープスレェトゥンの死体をワイヤーで簀巻きにするなどして夜を過ごした。


結局、この村の住人がどこに行ったのかは分からなかったが、グールたちを倒しておけば戻って来たとしても問題はないだろう。



朝の4時にはほんのりと辺りが明るくなって来た、ボーゲルの迎えまであと1日あるが知った事か。


あの時ボーゲルの奴が言っていた視察が何を指していたのか、今の僕らなら嫌でも分かる。


そしてその結果、僕らが死んでいたとしてもあの連中なら何とも思わないだろう……


ディープスレェトゥンやグールを倒して、一応黒石の者として与えられた仕事はこなした。もう文句は無いはずだ。


僕らは僕らの道をいく、2度とあの家に帰るつもりは無い。



(その為にグール共も皆殺しにしたんだからな。最初で最後の置き土産だ。)


僕らは4時間ほど仮眠を取ると、その後の事を話し合う事にした。



「優畄、この後はどうするの?」


「温泉に行くぞヒナ、黒石のブラックカードを使って豪遊だ!」


「豪遊だ!」


詳しい事情は分からないが、ヒナもハイテンションの僕にのっかる。


血の付いたままの服ではアレなので、村に唯一ある服屋に行って服をお借りする事にした。


しかし行って見て驚いた、何故って店の中にある服はどれもこれもお婆ちゃん専用の、古めかしい古風な物しか無かったからだ。


仕方なく中でもまともな作業服を選びそれを拝借した。ヒナ用にも麦わら帽子と古風な真っ白いワンピースを頂き店を出た。


スカートが足首辺りまである古風なワンピースでもヒナが着れば素晴らしく似合う。



「ごめんなヒナ、あとで若者向けの服買ってやるからな」


「ううん、私は優畄がくれた物ならなんでもいいよ」


まったくこの子は、なんて良い子なんだろう。


ああ、お金は置いてきたので心配しないでほし

い。


なんだかんだしてる間に時刻は午前9時、頭や顔はペットボトルの水を使いタオルで拭き取り準備は万端だ。


あとはどこかのお爺ちゃんのスーパーカブを拝借して温泉を目指すのみ。



まずは僕1人で試運転してみる…… 初めてのバイクだったので慣れるまで少し時間をようした。


ええ?ヒナに運転して貰えばいいて?


やはりこうゆうのは女の子が後ろの方が様になるしね。



去り際、昨日まで乗り回していた相棒のブルドーザーに別れの挨拶をするヒナ。


「君がいたから優畄を救う事が出来たよ。今までありがとうね」


心なしか、ブルドーザーの方もヒナと分かれるのが辛そうに見えた。


そんなブルに僕も心の中でありがとうと言っておいた。




そして僕たちの乗ったスーパーカブは山道を走り出した。


周りに有るのは森と山のみ、あとはたまに蝉の鳴き声が聞こえるのみか。



「涼しいね〜」


バイクの後ろ風を受けて黒髪を靡かせるヒナ。その光景をバックミラー越しにしか見られないのが

何とも残念だ。



ヒナはこの3日でかなり成長し、体力的にも普通の人たちと変わらない。いや身体機能なら遥かに凌駕しているだろう。


彼女とのこれからを考えると少し気が重くなる。ヒナは僕から離れる事が出来ない、僕から離なれると10日程で死んでしまうからだ……


彼女とはこれから常に一緒に生きていく事になる。その事にはなんの支障もない、何故なら僕らは魂で繋がっているのだから。



だけど桜子の事は僕の中でもケリをつけなければならない事だ。彼女とはもう同じ高校には通えないだろう……


僕は正直まだ彼女の事が好きだ、桜子には会いに行きたい、会っていろいろな話をしたい。


そして……


その先は考えたくは無いが、必然的にそうなると思う。桜子には誠実でいたいのだ。



そうこうしている間に目的地の温泉が見えて来た。

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