第25話 新たな脅威
なんとかゲートの屋根の上に逃げ果せる事ができた僕は息を整え、そして下を見てため息を吐く。
ゲートの下には数百匹のグールがおり、僕に対して飛び跳ねたり唸り声で威嚇したりと、忙しくどこかへ去って行く様子はない。
グールのジャンプ力では頑張って3m程なので心配する必要はないのだが、これじゃあヒナを助けに行けない……
(ヒナの奴、泣いてなければいいんだけど……)
思うはヒナのことばかり…… 短時間だが常に一緒に行動していた彼女の存在は、僕の中で掛け替えの無いものに成っていた。
「出会ってからまだ2日か…… 信じられないよ」
桜子の事を考えない事もない。でもヒナに出会ってからの濃密な時間が彼女の存在を大きくするのだ。
それでも今は悲観している場合ではない、彼女の元に戻る方法を考えねばならない。
ゲートの上を移動して助けに行く事も考えたが、高さ10mの鋼鉄製のバリケードにはに15cm程の幅しかない。
短い距離なら可能だろうが工場があった場所までは800mとかなり離れている。
それに工場が高台にあったせいかバリケードもそれに合わせてスロープしているのだ。
ただでさえ疲労困憊で集中力も落ちているいま、せっかく危機から逃れたのに無茶をして落下死では目も当てられない……
(幸い、ヒナが生きているのは分かる。このまま朝まで待ってグールがいなくなってから助けに行こう)
それが最善だろうと僕がそんな事を考えている時だった。
ゲートの下、僕を威嚇していたグール共が騒がしくなる。何かを呼ぶ様にグガグガと一斉に鳴き出したのだ。
その鳴き声に応える様に黄色い霧に似た煙が辺りを包み込んでいく。そして現れたのは10mの巨体全身を、フジツボに覆われた一つ目のおぞましい化け物だったのだ。
「……あ、あれはディープスレェトゥン!(深奥からの脅威)……な、なんでこんな化け物がこんなところに……」
ディープスレェトゥンは、陽の光があたらぬ深く淀んだ沼地の奥に住むとされる災害級の化け物だ。
この化け物はサイクロプスの変異体で滅多にその姿を見られる事のない希少種でもある。
獲物の上げる悲鳴や叫びを好むその性質は、凶悪の一言で表される怪物だ。
黄色い霧に似た煙には微量の幻覚物質を含んでおり、常人ならば10分程で夢の世界へトリップ出来る。
全身を覆うフジツボはかなりの硬度を誇り、天然の鎧の役割も果たす。
幸いなのはディープスレェトゥンには細かく考える知能がないということか。それに幻覚物質も毒などに耐性が有る黒石の僕には通じない。
動きもその巨体ゆえ鈍足で鈍い。
それでも悲鳴を好む凶悪な性質と、その巨体から繰り出されるパワーは驚異的の一言だ。
「グガアアァァァァァァァ〜!!」
巨大な化け物が放つ咆哮が夜の村に響き渡る。
こんな化け物を相手にどう対応しろというのか…… あまりにも規格外すぎる。
「こいつは…… こんな奴が、こんな化け物がこの世界にいるわけが無い……」
僕は黒石の先祖の記憶からこの生物を知っていた、この生物がこの世界の生き物ではない事も。
ディープスレェトゥンはこの世界に存在しない生物だ。この生物が生息している世界は別の次元に存在し、こちらの世界との繋がりは無い。
それなのに何故?と、疑問が尽きる事は無いが今はそれどころではない。
これでこの場所も安全では無くなった。化け物が迫る中、僕は逃げるか留まるかの決断を迫られていた。
バリケードを超えて村の外に逃れても結局は時間の問題、奴等はバリケードを破って外に溢れ出てくるだろう。
そうなればバリケードの外の世界にも被害が及ぶ可能性もある。外の人々を巻き添えにする訳にはいかない。
それ以前にヒナを助けに行かなければならないのだ。
(逃げるのは論外、しかしこの化け物相手では、今の僕の力なぞ吹けば飛ぶ紙切れ程度でしかないだろう……)
「 まったく、次から次へとキリがない……」
それでも、それでも僕は諦めたくない。この地獄を乗り切ってヒナと生き抜くのだ。
ディープスレェトゥンが僕を視界に捕らえた。奴の大きさはバリケードと同じ10m、その巨大が僕を目掛けて突進してきた。
そして僕を殴りつけようと拳を振り上げる。
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