十月特別番外編「ハッピーハロウィン」


 異世界にはハロウィンという素敵なイベントがあるらしい。

 子ども達がお化けの仮装をして街を練り歩き、口々に「トリック・オア・トリート!」と告げるそうだ。

 そうすると大人たちからお菓子が貰えるらしい。

 なお、お菓子が貰えない場合は軽い悪戯をして帰るのが通例なんだとか。


 つまり。

 いくらお菓子を作っても許されるわけで。


 ふ。ふふふ。ハロウィンまであと一週間か。


「リング、全力で行くわよ」

「――承知:各種調理道具、および『天衣無縫ペルソナ』のソウルシフトの準備はできています」

「セッカも巻き込んで盛大にやるか!」


 なにせ王都にはたくさんの子ども達がいるのだ。

 いくら作っても作りすぎるということは無いだろう。

 菓子店の方に支障が出るからとストップするように言われてたけど、イベントだから今回は許してもらおう。

 さぁ、楽しいお菓子作りの時間だ。



 ハロウィンと言えばカボチャ、お化け、モンスター。

 それらをモチーフにしたお菓子やキャンディ、チョコレートなどの甘いものを配ることが多いらしい。

 なので、それはもう大量に用意した。

 王城の広間が埋まってしまうんじゃないかってくらい作った。

 カボチャを使ったクッキーやケーキ、パイにジュースにアイスクリーム。

 そして各種モチーフを使ったマシュマロやキャンディ、カラフルなチョコレート。

 そのすべてがネーヴェ菓子店に負けないクオリティだ。


 更には冒険者ギルドやオウカ食堂で大々的にハロウィンイベントの内容を広めてもらった。

 元々、王都はイベントが少ない。

 せいぜいが新年の祭りと武術大会くらいで、あとは私が英雄から聞いた異世界のイベントを広めているくらいだ。

 なのでまぁ、ハロウィンは想像以上に参加者が多かった。

 どれくらいかというと、魔導列車で別の街からも子ども達が集まる程に。

 ついでに言うとカエデさんにお願いして、王国各所から参加希望者を転移してもらったりした。


 えーと。うん。つまりさ。


「「「トリック・オア・トリート!」」」

「「「お菓子をくれなきゃイタズラするぞ!」」」

「だあぁ! 分かったから一列に並べって言ってんでしょうが!」


 来るわ来るわ。朝から昼過ぎまで子ども達の大群が押し寄せてきた。

 まるでモンスターの『軍団レギオン』だ。

 ちなみに私の家だと来るのが大変だろうから、王様に言って王城の広間を開放してもらっている。


 そこはもう、戦場さながらだった。


「お姉さま! カボチャのケーキが無くなりました!」

「作れ! こっちも手が離せないんだよ!」

「――オウカ。追加のクッキーが焼きあがりました。第五十四回目の製菓に移行します」

「任せた! ほら、新しいお菓子出来たから並べ……並べって言ってんでしょうがぁ!」

「オウカちゃんっ!! 新しい団体さんが到着したから案内してきたよっ!!」

「了解でーす! 次は材料確保をお願いします!」

「はいはいさっ!! 行ってきまーすっ!!」


 かなりの量を作り置きしていたのに二時間でその全てが無くなった。

 でも普段お菓子なんて食べ慣れていない子たちが多いから、みんなお腹いっぱいになるまで食べさせてあげたい。

 せっかく来てもらったんだ。全員満足させるまで帰らせない。

 

「オウカさん! さすがに手が足りないので冒険者ギルドに増員を申請してきました!」

「カノンさん愛してる! ついでにこっちも手伝ってください!」

「愛っ……わ、わかりました!」


 知り合い全員を巻き込んでの大イベントだ。

 主に私とリングとセッカが製菓役、他の人には子ども達の対応をお願いしている。

 作っても作っても追いつかない。汗を流しながら広間の一角に作った簡易キッチン内でひたすら作り続ける。

 やべぇ、超楽しい。


「ふはははは! シュークリーム百人前できたわよ! さぁ次だ!」


 その天国のような時間は日が沈むまで延々と続いた。



 国中の子ども達がお腹いっぱいになって帰って行ったあと、片付けを終えてようやく一息ついた。

 ソウルシフトを使いっ放しだったので魔力も空っぽだ。

 途中でカエデさんに補給してもらってなかったら力尽きていただろう。


 ちなみにリングは活動限界を迎えて指輪に戻っている。

 今日はリミッター解除してまで頑張ってくれたからな。

 ありがとね、相棒。


「お姉さま、こちらも片付けが完了しました」

「あんがとね。今日は助かったわ」

「お姉さまの力になれるなら軽い事です。しかし、その……冷静になるとこの服装はちょっと恥ずかしいですね」

「そう? 可愛いと思うんだけど」


 背中が大きく空いた黒いゴシックロリータドレスに、腰元にコウモリの羽が付いた可愛い服だ。

 セッカに似合うだろうということでカノンさん達が用意してくれた一品である。

 元々かなり美少女だから何着ても似合うけど、今日はまた格別に可愛い。


「お姉さまは恥ずかしくないんですか?」

「海の時に比べたら露出も少ないし。ていうかそれどころじゃなかったしなー」


 ちなみに私はミイラ女である。

 体中に包帯をぐるぐる巻きにしただけの仮装だけど、動きやすかったから助かった。

 ……いや、うん。恥ずかしいのは恥ずかしいけどね。

 下着とか付けてないし。

 なお、誰のリクエストかはお察しの通り、某最速の英雄だ。


「さて、んじゃそろそろパーティーの準備に移ろうか」

「もうひと頑張りですね」


 この後は王城内で大人向けのパーティーだ。

 こちらに関しても料理は私たちが作ったので、今から配膳しないといけない。

 王様も参加するからちょっと緊張するけど、いつも通りやれば大丈夫でしょ。


「んじゃ移動するかー」


 簡易キッチンを収納して移動しようとした瞬間。


「その前にっ!! 今日のお礼がほしいかなっ!!」

「出たなセクハラ魔人」


 やっぱりレンジュさんが現れた。

 今日はいつもの騎士服ではなく、ふわふわもこもこの毛皮スーツに猫耳をつけている。

 異世界で最速の生き物の仮装らしいけど、どう見ても猫にしか見えない。


「今日はマジで頑張ったからご褒美カモーンっ!!」

「はいはい。何が良いんですか?」

「それはもちろんっ!! トリックオアトリートっ!!」

「え、お菓子でいいんですか?」


 クラーケンの塩辛とか用意してたんだけど。


「ふふんっ!! もうお菓子を用意してないのは知ってるからねっ!! 今日は合法的にイタズラできる日だよっ!!」


 えっと、うん。メチャクチャ嬉しそうなところ悪いんだけどさ。

 お菓子、まだあるんだよね。


「あの、お姉さま。確かまだ……」

「あー、いや。セッカは先に準備しに行って。ここは私が食い止めるから」

「そうですか。では後ほど」


 可愛い妹をレンジュさんの魔の手から逃がしたのは良いけど、さてさて。


「……ちなみに、イタズラって何するつもりですか?」

「それはもういろいろとねっ!! まずは個室に連れ込んで包帯を取るところからかなっ!!」

「ふぅん……決心はついたんですか?」

「うっ!! いや、それはその……」


 あーあ、またかー。ヘタレめ。

 うーにゅ。仕方ない、お菓子を渡して終わりにしておくか。


「はいレンジュさん、これを――」


 残り物のお菓子を手渡そうとして、私が手を伸ばしたと同時に。


「……覚悟は、決めてあるよ」


 その手を引き寄せられた。


「えっ?」

「覚悟、出来たから。だからその……今夜、部屋に来てくれないかな?」


 真剣な面立ち。いつものハイテンションさは全く無い、真面目な表情。

 震える言葉には、強い意志が込められているように感じる。

 首筋まで真っ赤に染めたレンジュさんは、格好良くて可愛くて。


 胸が、締め付けられるように痛い。


 でもそれは、決していやな痛みではなく、むしろ。


「……分かり、ました。パーティーが終わったら、行きますね」

「うん。ありがとう……じゃ、じゃあまた後でねっ!!」


 去って行った私の英雄に不安と期待を募らせながら、とりあえずパーティーの準備をすることにした。


 ……やっべ、なんか腰が抜けるかと思ったわ。

 あ、てか。お風呂入っていった方が良いよね?

 それにその、この格好はさすがに恥ずかしいし。

 パーティー終わったら一度帰るかな、うん。



 その後の事だけど。

 最速の英雄はパーティーでお酒を飲みすぎてダウンしてしまったので、私にいたずらトリートされることとなった。

 もやもやした気持ちになったので仕方ないと思う。


 いたずらの内容はとてもシンプル。

 可愛い寝顔に「オウカ参上」という落書きをして。

 そして、今日一日巻いていた包帯を部屋に残してやった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

さくら・ぶれっと 〜剣と魔法のファンタジー世界でどちらも使えない町娘の私はガンカタ(拳銃)で戦う。自分の生い立ちを知りたいだけで、英雄だなんて呼ばれたくないってば〜 @kurohituzi_nove

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ