第196話


 その日。私はオウカ食堂で料理をしていた。

 注文を聞いて次々と料理を作り、盛り付けてカウンターの子に渡す。

 ひたすら作り続ける作業は、とても幸せだ。

 無心になって、ひたすら鍋を振り続けていた。


 そして、お昼のピーク時を乗り切った後。

 遅めの休憩を取り、帽子を取って冷たい水を飲んだ時。




 既に聞き慣れてしまった声が、王都中に響いた。



『御機嫌よう、ユークリアの皆様』



 不自然に響く声。遠くから聞こえるのに、ささやくように耳に入ってくる。

 セッカ。私の姉妹機。



『今から十分後、私は英雄達の力を持って、王都に攻め入ります。

 非戦闘員の皆様は速やかに避難することを推奨致します。


 ……さあ、お姉様。楽しいダンスのお時間ですよ。一緒に踊ってくださいね』



 クスクスと愛らしい笑い声。



『では、開戦の花火を上げておきましょう。皆様、お急ぎくださいね』



 その声と同時、轟音が響く。今の音、東の街門の方か!?


 空を見上げると、巨大な火球が幾つも打ち上げられ、空高く散っていた。

 あんなもの、王都に打ち込まれたら洒落しゃれにならない。


 まじかアイツ。王都に攻めてくるとか、正気か?

 て言うか今の何だ? セッカって魔法使えんの?


 ああもう、頭こんがらがってきた!



『オウカちゃん! いまどこだ!?』


 腰に提げた通信機から聞こえる、アレイさんの逼迫ひっぱくした声。


「オウカ食堂に居ます! どうしたらいいですか!?」

『全員、一旦城に集まってくれ! マコトとハルカはカエデに迎えに行かせる!』

「分かりました。すぐに行きます!」


 店舗の裏から大通りに出る。

 逃げ惑う人々。怒号。子どもの泣き声。

 それらが混ざり合い、大きな流れとなって、街は混乱の渦に巻き込まれていた。

 まるで、戦争のようだ。

 騎士団員が避難を誘導してはいるが、そう簡単には収まりそうもない。


 仕方ない。上から行くか。


 ブースターを起動。屋根より高く飛び、そのまま王城に向かった。




「オウカちゃん、来たか!」

「アレイさん! あの馬鹿何考えてんですかね!?」

「知らん! だが、エイカに見てもらったら偽英雄が揃い踏みで居るらしい!」


 はぁ!? いや、だって、私確かに倒したよね!?


「え、どういう事です!?」

「分からんが……とにかく、ツカサとレンジュ! 先に行って偽物を抑えてろ! お前らの偽物が王都に入ったら国が潰れる!」

「…分かった」

「んじゃっ!! 先に行ってるねっ!! セツナドライブ!!」


 言うが早いか、次の瞬間には二人の最強はその姿を消した。

 同時に、ぱしゅん、と聞きなれた転移魔法の音。

 見ると、緊張した面立ちのカエデさんが、不安気なハルカさんを連れて立っていた。


 ……あれ? マコトさんは?


「アレイさん、マコトさん、いなかったんだけ、ど……」

「この肝心な時に何してんだ、あの馬鹿!」

「アレイ君。それがね……ここ数日、私も会ってないのよ」

「……くそったれ。分かった。カノン、王都の防衛! エイカは城壁から狙撃! カエデは残り全員連れていった後、上空から迎撃しろ!」


 すぐに頭を切り替えて指示を出すアレイさん。

 それに応えて、皆が動き出す。


 列車の時も思ったけど、この人は判断が早い。さすが英雄達のリーダーだ。



「……で、オウカちゃん。すまないが、頼みがある」

「私も、頼みがあります」


 声を重ねて言う。多分、思うことは同じだろう。


「セッカを任せていいか? アイツだけは動きが読めない。危険度は高くはないと思うんだが、他に回せる奴がいない」

「任されました。他のヤバいの、お任せします」

「ああ、そっちは引き受ける。無事に帰ってこいよ?」


 右の拳を突き出された。


「え? なんですか?」

「ほら、拳を握って、当ててくれ」

「んっと……ていっ!」


 こつん、と。握った拳同士をぶつけ合った。


「俺たちのサインだ。健闘を祈る、お疲れさん、ってな」

「なるほど。じゃあ戻ってきたらまたお願いします」

「ああ。祝勝会でうまい飯を頼むぞ?」

「飛びっきりのを出しますからね。楽しみにしててください!」


 意識して大きく手を振って、空に飛び立った。



 ぶっちゃけ、怖い。

 御伽噺の英雄達の戦いに混ざるとか、なんて馬鹿な話だろう。

 魔王を倒した英雄達と、セッカに強化されて同じ力を持つ偽物の英雄達。

 そんなものに巻き込まれたら確実に死ぬ。

 劣化した黒いやつですら命懸けだったのに、それを上回る相手だ。勝てる要素が無い。


 でも。そんな私に出来ることがあるとすれば、ただ一つ。


セッカあの馬鹿を殴りつけて止める!」

「――推奨行動:やってやりましょう」

「おっと? アンタがそんな言い方するの、珍しいわね」

「――回答:私にもそんな時があります」

「……はは。いいじゃん。やってやろう、相棒!」


 上等だ。リングにここまで言われちゃ仕方ない。

 待ってろ、セッカ。いまからアンタを殴りに行ってやる。

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