第120話


 空気が、張り詰められる。

 一秒が十秒に伸ばされたような感覚。

 集中する。

 ただ一つの動作の為に。



 構える。

 狙いを定め。

 呼吸を整える。



 静かに。

 緊張せず。

 心の撃鉄を起こす。



 いま、私の瞳は、全てを見透す。




「――SoulShift_Model:Heimdall bullet. Ready?」

「Trigger」



 引き金を引く。


 魔弾を、撃つ。




 一キロ先に置かれた直径五センチの的。

 その中心を、違わず穿つらぬいた。




闇を見透す第三の瞳ヘイムダル・バレット


 英雄、ハヤサカエイカの持つ加護。

 遥か遠方まで見渡し、その空間を把握する能力。

 千里眼、って本人は言ってたっけ。


「ふむふむ。ヒット、ってとこかな」

「――目標中心部を貫通」

「うん、見えてた。これ、何気に便利だね」


 エイカさんの偽物から得た能力。

 今日はそのテストの為、いつもの街道に来ていた。


 空は晴天。雲の影すらない。

 穏やかな空気。遠くからワイバーンの鳴き声が聞こえる。

 とてものどかな昼下がり。


 そんな中、拳銃をぶっ放す私。

 なんだかとても不似合いではある。



 今の私に何が出来るのか、知っておきたいと思った。

 最速の英雄と戦い、限界を超えた先に、閃いた事があった。


 試し撃ちは完了。次が本番。


「リング。やろっか」

「――通信機を装備してください」

「腰に提げてるよ」

「――オウカ」

「いいからほら。試してみよう?」



「――……OK. Sakura-Drive:Limiter release. Ready.」


Existイグジスト



 少しだけ慣れてきた、感覚。

 私の身体を突き破るように湧き出るほむらの如き魔力光。

 自身を焼き尽くすような、命の輝き。



「――Virtual B 仮 想 銃 身 arrel: Open展開.

 ――Magic formu魔術式起動la: Barre銃身Fixed固定.

 ――Sakra_Drサクラドライブive Limit conv全魔力verge収束nce.

 ――Codeコード: Inferno Pe煉 獄 の 穿 光netrate... Ready Over.」



 体内で循環する魔力を一点に集中する。

 今日は、倒れない程度で。

 目標。遠くの空。米粒大に見える、ワイバーン。

 その小さな額を目掛けて。



「狙い撃つ」



 鋭く紅い閃光が空を駆けた。





「んー……あーもー。先を考えてなかったわ……リング、この辺り?」

「――詳細不明:魔力による認識阻害地域です」

「……つまり?」

「――要約:マップの使用ができません」

「だあぁ……しゃーない。探すしかないかー」


 遥か数キロ先のワイバーンを見事撃墜したのは良いものの。

 どこに落ちたかまでは分からず、こうして空から探している。


「たーぶーんー。このあたりー……お。あれか?」

「――肯定:周辺の木々に破損が見られます」

「おー。やーっと見付けた。さっさと収納して帰るかー」


 見事に額を撃ち抜いたワイバーンをアイテムボックスに収納。

 んじゃ。帰るかな。

 魔力もだいぶ消費したし、今日の狩りはこれでお終い。


 エリーちゃんとこに素材届けに帰ろう。

 なーんか、ちょっと物足りない気はするけど。



 リミッター解放時。

 右の拳銃インフェルノの威力だけでは無く、魔力を使う全ての動作が強化されていた。

 という事はつまり、偽物を倒して得た能力も強化されるのでは無いかと思い立ったのが、今回の試し撃ちの理由だ。

 予想通り、『闇を見透す第三の瞳ヘイムダル・バレット』の能力は強化されていた。


 思えば、最初にリミッター外した時の砲撃。

 たぶんあの時も、背中に展開された障壁アヴァロンが強化されていたのだろう。

 じゃなきゃ、恐らく私は思いっきり吹っ飛ばされてただろうし。


 ……この状態で料理したら凄いことになるんじゃないだろうか。主に火力とか。

 いや、さすがに燃費悪すぎるか。

 ちょっと試して見たい気はするけど。



 たぶん。私の戦闘面での強みは、一点特化ではなく、多様性なんだと思う。

 様々な事態に対応出来る。それがコンセプトなのだろう。

 それだと勝てない相手も出てきそうな気がするけど……

 まーその場合は逃げればいっか。

 とりあえず、生き延びることが出来ればそれでいいし。



 なんかなー。英雄とか言われてるけど、私はそんながらじゃない。

 いつも言っているが、ただの町娘にしかすぎないのだ。

 戦闘能力は全て借り物。そんな英雄がいるはずも無いでしょうに。


 ただまー、やれる事やるけど。

 やらないで後悔するより、やって後悔する。

 シスター・ナリアの教えの一つだ。




 だからほら。

 目の前で困ってる人とか。

 魔物に襲われてる人とか。

 見て見ぬふりは、出来ない訳で。


「リング」

「――非推奨行動:残魔力が極微小です。撤退を推奨」

「おい、相棒。こんな時、私がどうするか。分かるな?」

「――……OK.My Master. Sakura-Drive Ready.」


「Ignition」



 本日二回目。桜色の魔力光は、いつもよりどことなく儚げだ。


 残り魔力がほとんど残ってない状態。

 目の前に、足をやられて動けない男性。

 敵は、大牙虎。

 素早くて鋭い牙を持つだけの、でかい猫。


 退ける訳が無い。


 腰に引っ提げた通信機を掴み取る。


「オウカより。救援要請。場所は……何処だここ。街道沿いの森の中です。

 足を負傷した男性が一名。私は魔力が切れそうなんで、時間を稼ぎます」

『了解しました。魔力阻害地ですね。転送魔法がキャンセルされてます。

 位置は私の能力ヘイムダル・バレットで特定します。それまで生き延びてください』

「お願いします」


 通信機を放り投げ、拳銃を手に持つ。

 それに合わせて、大牙虎がゆっくりと動き出した。



 ……なんだ、アンタ、待っててくれたの?

 いい子だ。そのまま逃げてくれないかな。



 しかし、こちらを伺うような、魔獣の眼。

 品定めをしているような、或いは警戒をしているような。

 喉を鳴らしながら、円を描くようにジワジワと迫って来る。



 ……まあ、そうだよね。いいよ、来るならおいで。

 一緒に、踊ろうか。




 身をたわめ、瞬間、飛びかかってくる巨大な体躯。

 その下に滑り込み、地に手を着いて跳ね、蹴り上げる。

 威力が足りず、背後に蹴り飛ばしただけに終わった。

 その代償に、左腿に軽い裂傷。

 さて。どうしたもんか。


 牽制に発砲。命中するも、貫通はせず。小さな傷を追わせただけ。

 いつもより有効射程が短い。近接で撃たなきゃダメか。

 少しきついな、これ。


 まあ、やるんだけどさ。



 駆ける。自分の二倍近く大きな魔獣に。

 跳ぶ。爪による斬撃、それを足場にし、加速。

 撃つ。狙いは後頭部。四発命中。少しだけ、敵がぐらついた。

 蹴る。四足獣の弱点は腰。そこを上から蹴りつける。




 そして、尾の一撃を避けられず、私の体は木に叩きつけられた。




 肺の中の空気が無理やり絞り出され、一瞬息が止まる。




「かっ……はぁ……今のは、効いたわ」


 痛い。たぶん、アバラが折れたな、これ。

 それでも、止まれば死ぬ。

 疾れ。足を動かせ。


 誰かに英雄と呼ばれた。

 私にその資格は無いけれど。

 せめて、目の前の人くらい、守りたい。


「リング。ヴァンガード」

「――警告:残魔力微小」

「……で?」

「――提案:最速で終わらせましょう」

「は。分かってきたね、相棒」

「――SoulShift_Model:Vanguard. Ready?」

「Trigger!!」



 拳銃を逆手に。

 魔王殺しの英雄。その力を借りて。


 もはや飛ぶ事すら出来ない。

 けれど。


 地を蹴る。前へ、前へ。

 加速し、距離を詰める。

 今ある魔力、全てを攻撃に廻す。

 こいつを仕留めれば、後はどうでもいい。

 今はただ。


「持っていけ!」


 爪を掻い潜り、巨大な顔、その眉間目掛けて。

 ブースター起動。爆発推進を得て、渾身の一撃を叩き込んだ。



 倒れ伏す巨獣を見据え、立ち上がらないのを確認し、そこで魔力が尽きた。

 息が上がっている。上手く呼吸が出来ない。鼓動が早い。

 サクラドライブの効果が、切れる。




 お腹に激痛が走り、悲鳴を噛み殺した。

 だあぁ、いってぇ……

 くっそ、頭フラフラするし、苦しいし、なんだよもー。


「あの……大丈夫ですか?」

「……ん? あー、へーきですよ」

「すみません、僕のために…」

「お互い生きてますし。それで良しとしましょう」

「ありがとうございます。お礼と言ってはなんですが……」





「『夜桜幻想トリガーハッピー』、貴様の命を貰ってやるよ」


 振り降ろされたナイフを、ギリギリ拳銃で防いだ。


「チッ! 勘の良いガキだな!」

「……一応聞くけど、何のつもりよ?」

「お前を殺せば俺の名前にはくがつく! その為に、死ねぇ!」


 お腹を蹴っ飛ばされる。

 めっちゃ痛い。てか、ヤバい。

 折れたアバラ、内蔵に刺さったかも。


「ひゃはは!! 俺の人生も終わったかと思ったが、今日はツイてやがるぜ!! さぁ、くたばりなァ!!」


 振りかざされるナイフ。銀色に光るそれが、迫る。





「…トオノリュウ・ツバキ」


 そして。小さな呟きが、聞こえた。



 ナイフは、それを握っている腕ごと。

 私の目の前に、落ちてきた。




「ぎゃあああ!! 俺の、俺の腕がああぁ!?」


 喚く男。その声をかき消すような、強い意志の篭った呟き。




「…貴様は、悪だな? それなら、加減はしなくて済むね」




 明確な殺意が込められた言葉。

 悲鳴が口から漏れそうになった。


『勇者』トオノツカサ。

 最強の一人。その人が、立っていた。



「…ごめん。遅れた」


 私の傍に屈見込んできて、謝るツカサさん。

 いつもの表情ながら、どこか申し訳なさそうに見える。


「あ、いや……ナイス、タイミング?」

「…謝罪は後で。まずは、こいつを殺す」

「ヒィッ!! た、助けてくれ……!!」


 地べたを這いながら命乞いをする男。

 助ける道理なんてない。こちらも殺されかけたんだ。


 道理はない。だけど。


「やめてください。その人を、殺さないで」

「…なんで? こいつは、オウカさんを殺そうとした。報いは受けるべきだ」

「それでも。私が救った命を、奪わないで欲しい」


 それはただの言い訳だ。

 目の前で人が死ぬところなんて、見たくない。

 たぶん、それだけ。それだけのはず。


「…分かった。じゃあ、見逃してあげる。但し、二度目はない。消えろ」

「ヒ、ヒヒ!! くそ、あばよ!!」


 捨て台詞を残して、男は走り去って行った。

 うーん。最後まで悪人っぽい奴だったな。

 てかそれより、お腹、めたんこ痛い。

 もう一ミリも動けない。


「…すぐにカエデとキョウスケさんが来る。大丈夫だよ」

「助かります、まじで」


 なにせ、この怪我だし。普通の治療だと間に合わないかもしれない。


「…遅くなってごめんなさい。探すのに手間取った」

「や、結果的に、助かったんで……むしろ、ありがとう、ございます」

「…うん。生きててくれて、良かった。立てる?」


 こちらに手を伸ばして来る。けど。


「ぜってー、無理です。動いたら、死にます。まじで」

「…じゃあ、動かないでね。俺が周りを見てるから」

「頼み、ます……あ、てか、やば……意識が…」



 暗転。

 そこで私の記憶は途絶えた。



◆視点変更:ハヤサカエイカ◆



「いてぇ、ちくしょう、いてぇよ!! あのクソガキ!! 次会ったら殺してやる!!」



 遠くから聞こえる男の声。

 馬鹿な人だ。折角、ツカサ君が見逃してくれたのに。

 次は無いって、言われたよね?



 背中に掛けている超長距離狙撃銃ドラゴンイーターを構え、スコープを覗く。

 ああ、何て醜いんだろう。



 歌音カノンさんも、京介キョウスケさんも、マコトさんも、ハルカさんも。

 大人達はみんな、甘すぎる。

 亜礼アレイさんも、場合によっては見逃してしまう。


 カエデさんは、優しすぎるからダメだ。

 ツカサ君に汚れ仕事をやらせるなんて論外。


 こういうのは蓮樹レンジュさんが役割をになってくれていたけれど。

 今この場に居ないし。私が始末してしまおう。



「照準。合わせ」



 狙いを定め。

 呼吸を整える。



 静かに。

 緊張せず。

 ただ、引き金を引くだけ。

 それで、終わり。




 その銃口を、剣で横から逸らされた。


隼人ハヤト君。何で邪魔するの?」

詠歌エイカ、あかん。俺らのやるこっちゃない」

「何で? アレは殺さないと、ダメでしょ?」


 アレはオウカさんを襲った。司君を怒鳴りつけた。

 ならば、排除しない道理はないと思う。


「それでもや。俺らが人を殺すと、つーちゃんが悲しむ」

「……うん。そっか。じゃあ、やめる」


 司君が悲しむなら、やめよう。


「ほら、はよ行こうや。つーちゃん待っとるで」

「うん。行こっか」



 超長距離狙撃銃ドラゴンイーターを背負って、その場を後にした。



 ああ、でも。本当に馬鹿な人。

 優しいツカサ君の慈悲を無視するなんて。

 次、見かけたら。誰にも気付かれないように、潰してしまおう。

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