第111話


 弱い私は嫌いだった。


 弱い私は必要なかった。


 だから、いつも心の奥底に押し込めて。


 いつでも強い私であろうとしてきた。




 小さな子ども達が見ていた。


 知らない大人達が見ていた。


 道を行く皆が私を見ていた。





 黒髪。黒眼。魔法の使えない異端児。


 それは、小さな町で酷く目立った。




 だからこそ私は、強い私でいる必要があった。




 明るく、楽しげで、怯えることのない。

 

 みんなのお姉ちゃんでいなきゃならない。


 それは、私の生き方で。


 それは、私の呪いだった。





 歪な形のオウカは、それでも何とか取り繕って。


 色んなことを覚えて。


 色んなことが出来るようになって。


 チグハグな心を誰にも見せないように、生きてきた。





 泣いている、幼い私を置き去りにして。





 そしてある時、突然知ることになった。


 私の正体本物は、人ではなくて。


 戦うために造られた存在偽物だと。



 私はみんなと同じ人ではなくて。


 私は誰かに作られた存在で。


 だから、私の命は誰よりも軽いものだと、そう思った。





 強い見せかけオウカと。弱い本当のオウカは。


 その時に。混じりあってしまった。




 強くなければならない。


 弱くあってはならない。


 それが私の生き方で。


 それは私の呪いで。


 それこそが、私の在り方で。


 人として生きる為の、大切な何かだった。




 それが、根底から、くつがえされた。


 どれだけ頑張ろうと。


 どれだけ強がろうと。


 どれだけ涙を堪えようと。


 私は、人ではなかった。





 それでも。


 私を人間だと。


 最強の英雄レンジュさんは。そう言ってくれた。




 救いの言葉が。そこにあった。








 目が覚めると。先程目覚めた時と同じ部屋のベッドに居た。

 自分でも目が腫れているのが分かり、腕で抑える。


 ……うっわぁ。やらかしちゃったなー。


 みんなと……特にレンジュさんと顔合わせにくい。

 どう言い訳しよう。いや、そもそも、言い訳できるようなモンでもない気がするけど。

 思いっきり泣き喚いちゃったしなー。


 うーん。どうしたもの……か……?



 不意に、気がついた。

 何か。ベッドに横たわる私の隣で、モゾモゾと動いている。


 何かと言うか、レンジュさんが。


「おっはろー!! 起きたかなっ!!」

「……。何してんですか?」

「夜ばいかなっ!!」


 ……ヤバい。一瞬受け入れかけた自分がいる。

 

「今はやめてください。流されそうなんで」

「それアタシ的にやめる理由なくないかなっ!? かなっ!?」

「あー……大丈夫ですよ。すぐに立ち直りますから」


 ぐるんとレンジュさんに背を向ける。

 この人はいつもそうだ。

 私が落ち込んでいたりすると、こうやって元気づけてくれる。

 でも今は、正直なところ、ちょっと対応に困ると言うか。


 たぶん、私、顔真っ赤になってる。


 いやだってさ、不意打ちにも程がない!?

 なんか死ぬほど恥ずかしいんだけど!!


「……あっれぇ? オウカちゃーん? 耳赤いけど、どうかしたのかにゃー?」

「うっさいですちょっと黙ってもらえませんかね!」

「アタシが黙るわけ無いじゃんってか可愛すぎて胸キュンなんだけどっ!!

 とりあえず抱きしめちゃってもいいかなっ!?」

「やだっ!! ちょ、離してくださいって言うか匂い嗅ぐなっ!!」

「やーだー!! オウカちゃんかーわーいーいーっ!!」

「ぎゃああああ!! 誰かっ!! 助けてー!!」



 じたばた。じたばた。



 がすっ!!



「あいったああああっ!?」

「お。いい所入りましたね」

「いまっ!! スネっ!! カカトがっ!! にゃあぁぁぁっ!?」

「ナイスだ私」


 レンジュさんが悶絶もんぜつしてる間にそっと距離をとる。


 いつの間にか、普通に対応してしまっている私がいた。

 なんっか、こうさー。毎度毎度……いや、ありがたいんだけどさ。

 

「地味にっ!! 地味に痛いっ!!」


 スネを抑えてのたうち回る、最強の英雄。

 その姿に思わず小さく笑いが零れた。


「おっとぉ!? 貴重なオウカちゃんの笑顔、頂きましたっ!!」

「え、貴重ですかね? 結構笑ってる気がしますけど。他の人には」

「聞きたくなかった衝撃の事実なんだけどっ!?」



「……ぷっ。あはははは!!」

「……にひひっ!!」



 二人して、シーツの海にまみれてけらけら笑い転げた。

 何だろうね、この人。もう訳わかんないや。


「ねーレンジュさん」

「なにかなっ!?」


「私、やっぱ人間じゃないんだなーと思いまして。

 私の命は軽いんだなーって思ってました。

 でもそれは違ってて、なんか色々、どーでも良くなったって言うか。

 うーん……なんだろうなー。

 とにかく。ありがとうございました」


「どういたしましてだねっ!! お礼にお嫁に来てもいいんだよっ!?」

「あー。それも悪くないですねー」

「……えぇっ!? マジでっ!?」

「冗談です」

もてあそばれたっ!?」


 息が掛かるくらいに顔をくっつけて、笑い合う。

 


 カノンさんが心配して様子を見に来るまで、二人で笑い合っていた。





「ご心配をおかけしました。もー大丈夫です」


 先程の部屋に戻り、ぺこりと頭を下げた。

 みんなの気遣わしげな目線が何処と無く気まずい。


「おう、それなら良かった。レンジュがいらん事しなかったか?」

「まあ、色々とされましたね。匂い嗅がれたり」

「おいこらレンジュ」

「合法っ!! あれは合法だからっ!!」


 後ろ襟を掴まれてぶらーんとなりながらもがく最速の英雄。

 でも良く考えたら、加護使えば簡単に抜け出せるよね、あれ。

 この人はどこまでが計算で、どこまでが天然なんだろうか。


「レンジュさんは……嫌がる私を押さえつけてあんな事やこんな事を……」

「ちょっ…何言ってるのかなっ!? いや事実に近いけどもっ!?」

「冗談です。半分くらい」


 何となく反撃してみたくなったので、虐めてみた。

 ちょっと恨めしそうな顔でこちらを睨んでくるレンジュさんに、小さく笑みを浮かべる。


「で。えーと。何でしたっけ。リング?」

「――種別の説明途中でした」

「あーそっか。とにかく、Type-0にも色んな種類がいます。

 私みたいな近接戦闘型の他にも、遠距離砲撃戦型や速度重視型などです。

 製造目的は実戦データの収集。まーそれも反映される前に研究員がやられちゃってるみたいですけど。

 あと、大事なことが一点」


「おいおい。これ以上に大事なことってなんだ?」


「いえ、例の偽英雄なんですけど。

 どうもアレ、私を狙ってきてるみたいなんですよね。

 実験途中で私に組み込まれたものが原因かと」


「…………おい、嫌な予感がするんだが」


 さすが英雄。良い勘してるわー。



「胸の中にある魔王の欠片カケラ。それが私の魔力量の大きさの由来です」



 そりゃ狙われるはずだわ。私、ある意味魔王だもん。


「という訳なので、仮に遭遇した場合、私は逃げることが出来ません。無駄に被害が拡散されるだけなんで。

 とゆー事なので、いざと言う時はお願いします」

「おっけーっ!! 気軽に呼んでくれていいからねっ!!」


 元気よく挙手するレンジュさん。これはおいといて。


「……お願いしますね、ツカサさん、アレイさん」

「アタシはっ!?」

「俺もかっ!?」

「…分かった。その時は、力になる」


 勇者は拳を握りしめ、強い語調で宣言してくれた。


「いやちょっと待ってっ!? 何一人だけ主人公みたいな返答してるのさっ!!」

「まてまてまて! 俺をコイツらと同じカテゴリーに入れるな! 簡単に死ぬからな、俺!?」


 なんか喚いてるレンジュさん最速の英雄アレイさん魔王殺しはおいといて。

 さすがツカサさ勇者ん、頼りになるなー。


「つーちゃんはブレへんなー」

「そんなツカサ君も素敵です」

「あー……エイカはめんどいから少し黙ってよかー」

「いざとなれば私も呼んでくださいね。出来ればお兄様とセットでお願いします」

「私、も。頑張りま、す」

「あ、お二人は鑑賞用にお呼びするかもしれません」

「鑑賞用……は、ちょっと……照れます」

「私を見、て。楽しい、の?」

「アタシも鑑賞用に呼んでくれていいからねっ!!」

「貞操の危険があるのでお断りします」

「そこは信用ないんだねっ!?」



 うっわー。皆が好き好きに喋り始めるとほんと混沌カオスだなー。


 でも、なんか、暖かいな。


 救国の英雄達は、こうして見ると、癖は強いけど普通の人達だった。

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