第104話


 レッドドラゴンという魔物がいる。

 飛竜と呼ばれるワイバーンなんかとは違い、知能が高く魔法も使える、最強格の空の王者。

 体表は名前通り赤く、その鱗は中級の魔法程度ではかすり傷すら負わせることが出来ない。

 中でも特筆すべきは大きな牙が並んだ口から吐き出されるブレス。

 鉄をも溶かすそれは、受ければ無事では済まないだろう。


 それだけ強力な魔物なので、武器や道具の素材としても非常に優れており、

 レッドドラゴン製の物は魔法銀と並ぶ程の価値がある。


 そして、魔力が蓄えられた肉は、滅茶苦茶美味いらしい。

 それはもう、とてつもなく美味いらしい。




「お、おおお……!? 料理長さん、これまさか、全部レッドドラゴンの肉ですか!?」

「はい。本日は他にタイラントウルフがあります」

「氷の国の魔獣ですか!? うわ、すっご……!!」


 目の前には、大量に積まれたお肉の山。

 これ全部が超高級食材である。


「レッドドラゴンは主にワイバーンに似た調理法を使われます。タイラントウルフは風味が独特なので、スパイスを使った料理が多いですね」

「……ふーむ。ちょっと味見して良いですか?」

「ええどうぞ。調理致しますか?」

「いえ、素材の味を知りたいので……とりあえず焼きます。リング」

「――形状、包丁:生成します」



 拳銃型デバイスで薄紅色の長めの包丁を作り出す。

 肉のブロックに刃を通し……なんだこれ、めっちゃ柔らかいんだけど。

 こっちの狼は……ドラゴンよりは固いかな?

 どちらも一口サイズに切り分け、串を刺して直火焼きにする。


 ……うっま!? やわらかっ!? なんだコレ!?

 風味自体はワイバーンに似てるけど、旨みが段違いだ。

 それなのに、噛まずに飲み込めるくらい柔らかい。

 これがドラゴンか……ううむ。これ、調理する必要あるか?


 続いて狼肉。こちらはやはり少し固め。

 獣臭さはあるものの、旨みが強い。

 癖はあるけど…このくらいなら幾らでも対処できる。

 イノシシと同じ感じでやっちゃえば問題ない。


 問題はドラゴンの方だよなー。

 下手に味付けすると逆に美味しさを損なうし……ふむ。


「お気に召されましたか?」

「あ、すみません。ありがとうございます。とても美味しいです」

「それは良かったです。調味料などはこちらの棚に御座います。調理器具は後ろです」

「ご丁寧にありがとうございます」

「では、私はこれで。最近噂のオウカ食堂の店長様の腕前、期待させて頂きます」


 いやー。これ、絶対料理長さんの方が絶対美味しく作れると思うんだけど。

 ……まーいーや。許可ももらったし、せっかくだから好きにやらせてもらおう。



 まずはタイラントウルフ。

 筋を切った後に麺棒で叩き、柔らかくする。

 その上ですりおろした玉ねぎと赤ワイン、ハーブを数種類散りばめた調味液と一緒に巨大な鍋に入れる。

 こうする事で更に柔らかく、そして臭みの抜けた肉になるはず。

 そして皮をむいたジャガイモとニンジンを大量に入れて、一緒に煮込む。

 こっちはこのまま、しばらく置いておけば良い。


 レッドドラゴンの肉は……ふむ。オーブンで蒸し焼きにするかな。

 これだけの旨味を逃がす手は無いし……いや待てよ。

 ……いっその事、揚げるか?

 うわ、絶対美味しいけど……何か滅茶苦茶勿体ない気もする。

 でもなー……うーん……まーいっか。揚げちゃえ。


 大きめに切り、下味に塩とコショウを少々。

 小麦粉、卵、パン粉を順番に付け、並べていく。

 リングに深鍋を作ってもらい、折角なので滅多に使えない暗がり草の油を注いで温める。

 次第に、爽やかな香りがキッチンに充満していく。

 高価な油なだけあって、揚げ物特有の重さやクドさがないので、ドラゴンの風味を殺さず調理できるはず。


 まずは低音で。しっかり火を通していく。

 音が変わったところで引き上げていき、高音に熱した油に再度投入。

 オークカツと同じ要領、二度揚げだ。

 余分な油を落として次々とアイテムボックスに収納していく。


 片手間に、ビストールで仕入れた果物を煮込んで、甘酸っぱいソースを作っておくのも忘れずに。


 これを、百人分。折角なので希望者全員分、引き受けた結果である。

 若干後悔はしている。けど、楽しいので良しとしよう。



 ひたすらに揚げていき、時折大鍋を掻き混ぜ、出来上がり次第アイテムボックスに収納していく。

 あー。やっぱたくさん作ると、すっげーテンション上がるわー。


 パチパチと鳴る揚げ音が心地よい。

 香ばしくも爽やかな香りに、濃厚な赤ワインの香りが混じりあっている。

 そして、大鍋いっぱいの煮込み料理と、大量の揚げ物。

 なんだかこう、ワクワクしてくるよね。



 途中で思いついたので、片手間にアイスクリームも作っておく。

 冷やすのも混ぜるのも、リングに頼めば全自動なので案外簡単だったりするし。

 王城勤めは男の人ばかりだけど、この料理の後なら口直しに甘いものが欲しくなると思う。

 仕事がある人はお酒は飲めないし、調度良いはず。



 せっせと揚げ終わり、煮込み用の大鍋は広間に運んでもらった。

 その横にかなり大きな野営用のテーブルを設置してもらい、作り置きしておいたサラダや炒め物などの料理、メインのドラゴンカツを並べてもらう。


 立食式パーティー、と言うらしい。

 みんな席に着かず、好きなものを取って回るタイプの様式なので、これならみんなで食べられる。


 と言うのは建前で。

 これなら王様と面と向かってご飯食べなくても済む。

 礼儀作法なんて全くわからない私が困っているのを見て、お城勤めのメイドさんが提案してくれたのだ。

 本当に感謝してます。今度また差し入れ持って来ますね。




 広間の中には、すごい数の人が集まっていた。

 まるでお祭りだなーと思い、大差ないかとも思う。

 何せ出席者には救国の英雄たちと、建国の王がいるのだ。

 私のような一般人からすると、確かにお祭りみたいなもんだ。


 いやまー、最近ちょっと感覚がマヒしてるけど。

 十英雄、コンプリートしてっからね、私。

 さらに王様とお話してるし……次は女神様でも現れるんだろうか。

 まーそれは流石にないか。ないと思う。ないと、いいな。

 ……アレイさん絡みでワンチャンありそうで怖いんだよね。



 本来なら王様からの挨拶? みたいなのがあるらしいけど、今日は堅苦しい事抜きで良いらしい。

 らしいと言うか、本人が直接言っていた。

 ほんとになんて言うか、とても親しみやすいお方だ。


 なので、みんな好き好きに料理を取り、仲間内で盛り上がっている。

 時たま聞こえる料理への褒め言葉に満足しつつ。

 さて自分の料理を取ろうか、と言うところで、大変なことに気がついた。



 テーブルの上の料理に、手が、届かない。



 ………。



 いや、まあ、うん。

 日頃鍛えている兵士さんが使う用のテーブルだし、そりゃ高めに作られてるよね。

 あれだ。決して私の背が低いからとかではなく、周りが高すぎるだけだ。

 ほら、背伸びしたら私だって……私、だって……



 ………。



 うん。踏み台持ってくっか。



 先程とは違うメイドさんにお願いして持ち運びできる踏み台を用意してもらった。

 優しい笑顔が心に突き刺さったけど…とりあえず、良しとしよう。


 ……私の成長期っていつ来るんだろうか。


 そんな悲しいことを考えながら料理を取ろうとした時、たまたま隣の人とフォークの狙いがかち合った。


「あ、すみません。どう……ぞ……?」

「こりゃすまんのう……もぐもぐ。どれも美味そうで目移りしてしまうわ」


 まさかの、国王陛下がそこに居た。

 しかも何か、もぐもぐしてた。


「……ええと。その」

「おお、オウカ。美味い飯をありがとうな。ジジイ、感激じゃ」


 いやいやいやいや。なんで普通に歩き回ってるのこの方。

 普通は何かこう、専用席みたいな所に居るんじゃないの?

 あ、てか、やば。何か返事しないと。光栄です、とか?


「あー、ええよええよ。今日は無礼講じゃ。普段通り話したくれた方が、ワシも楽しいでの」

「ええと、はい。ありがとうございます」

「これ、あれじゃろ。この揚げ物。ジジイでも食べやすいように、暗がり草の油を使ってくれとる。

 それに、あっちの煮込みやらサラダやら、全部に工夫してくれとるなぁ」

「え……あ、はい。そうです」



 確かに、国王様が食べるって聞いて、年齢を考えて柔らかく食べやすい物を選んで作ってみた。

 クドくなく、固くなく、でも食べ応えがあるように。

 一応若い兵士さん達の為に、味が濃いものやガッツリ系なんかも合わせて用意してあるけど。

 そこに気がつくんだ……さすが、良く見てるなー。


「あれじゃな。ここにある料理は優しさと思いやりに満ちておる。こりゃあ何よりのご馳走じゃなあ」

「んっと、ありがとうございます」


 にっこりと朗らかに笑う国王様。

 この人、凄い人たらしだな。

 前も思ったけど、とても暖かい言葉をくれる。

 王都ユークリアが栄えている理由が、何となく分かる。


「さあて、ワシは他の皆とも話さなきゃならんでの。オウカ、また遊びに来ておくれ」

「はい、喜んで」

「あとアレじゃ。料理もじゃが、こないだのマカロン美味かった。また持ってきておくれ」

「次来る時は持って来ますね」

「ありがたい。では、またのー」


 しゅびっと手を上げて。

 ゆっくりと歩いていく国王様の背中は、とても大きく見えた。


 ……なんか、凄かったな。

 立ち姿はまさに王様、って感じなのに、話してみるととても親しみやすい。

 またお菓子持ってこよう。うん。


 あ、とりあえず、ご飯食べなきゃ。

 折角の貴重食材だし、食べておかなきゃ勿体ないからね。

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