第92話


 地面に着くほど体勢を低くし、駆ける。

 振るわれた銀の剛腕。ブースターの推進力を遠心力に変え、銃底を叩きつけて軌道をずらす。

 右側の樹に当たり、幹に大きな傷跡が残った。

 その隙を突いて銃撃。狙いは右目。

 小さく顔を振り、額で受けられた。


 ちっ。やっぱ魔法銀の部分は魔弾が通らない。


 逆腕の振り下ろし。同じように軌道を逸らす。

 叩きつけられた地面が大きく抉れた。

 ブースターを起動し距離を取る。

 ……あれ、当たったら挽き肉確定だわ。



 魔力を拳銃に集中、魔弾圧縮し始めると銀熊が四つ足で駆けてくる。

 くそ。こいつ、デカい癖に速い。

 ギリギリまで引き付けてバーニア点火、真上に飛び、すれ違い様に弾丸を撃ち込む。

 鋭い音と共に弾かれる薄紅色。

 これで急所は一通り試し終えた。


 魔法銀を纏っている場所に圧縮弾を撃ち込んでも効果が無い。

 特攻ヴァンガードは普通に弾かれるだろうし、手数を増やすのアヴァロンは意味がない。

 銃口四つの最大圧縮弾ならダメージが通るかもしれないが、そんな隙を見せてくれない。


 冒険者がここを離れて、多分そろそろ三十分くらい。

 応援が来るのはまだ先だろう。

 それまでの間、こいつの足留めか。中々にハードだな。


「しかしまあ……相性が悪すぎるな」


 速くて硬い。力も強い。

 それに、頭も悪くないんだよね、こいつ。

 私が退こうとした時、王都に向かう素振りを見せた。

 何で私がここに居るのかを理解してる。

 メチャクチャ厄介だわ。


「どうすっかな……っと!!」


 突っ込んできた巨体。咄嗟にブースターを起動、横に飛んで躱す。

 後ろにあった樹がメリメリと倒れた。


 くそ、考える時間もくれないのか。


 とりあえず今の状態をキープしたいとこだけど……どうかな。

 王都まで走って三十分。戻りを考えると最速で一時間。

 その間ずっと避け続けるとなると無理がある気がする。


 突撃してきた銀熊をひょいと飛び越え、魔力を拳銃に集中。

 撃ち込もうと下を見たとき、後頭部が跳ね上がってきた。



 ……あ、やば。



 慌てて両足で踏みつけるも、そのまま真横に吹っ飛ばされる。

 魔弾からブースターに切り替え、即座に逆噴射。

 しかし勢いを殺しきれず、樹に左肩から打ち付けられる。

 拳銃が手から離れて飛んで行った。




 サクラドライブの効果が、切れる。



 うわー……今ので多分、腕折れたなー。

 なんか左腕、めちゃんこ痛いし、力入らないし。

 ついでに、アバラもやられたな、これ。


 息するだけでくっそ痛い。涙が出る。

 今から飛んで逃げ切れるかなー……

 いや、この状態で飛ぶの無理か。

 拳銃もデバイスもどっか行っちゃったし。


 ついでに、次の攻撃は避けられそうにないな。

 私は生身の身体能力が高い訳じゃないし。

 ただの町娘が、魔物から逃げ切れる訳がないしなー。

 はは。詰んだわこれ。



 涙がボロボロとこぼれ落ちる。

 痛みと恐怖に体が震える。

 泣き喚いてうずくまりたい。



 ……でも、諦めてなんかやらない。



 木の枝を拾い、銀熊に突き付ける。

 一秒でも長く生きてやる。



「かかって来い、クマ野郎!」



 凶悪な銀色がゆっくり歩いてくる。

 恐怖で膝が震える。て言うか、拾った枝がめっちゃ震えてる。


 奥歯を噛み締め、銀熊を睨み付ける。

 怖い。悔しい。涙が出る。視界はぐちゃぐちゃ。頭の中もぐちゃぐちゃ。

 勝てるわけが無い。逃げることも出来ない。

 目の前に居るのは、死そのものだ。


 それでも。最後まで戦ってやる。


 銀熊が後ろ足で立ち上がる。

 右前足を振り上げ、すぐに振り下ろされる。

 木の枝を掲げ、何の抵抗も無く砕け散り。

 そのまま私の頭目掛けて銀色の塊が降ってきた。


 最後まで、目はつぶらず、泣きながら銀熊を睨み付けていた。






「よく頑張ったねっ!!」



 そして、英雄の声が聞こえた。




 衝突。斬り飛ばされる銀色。

 遅れて届いた突風。


 次いで、長い黒髪が私の視界を覆った。

 こうして見ると、背丈はあまり変わらないのがよく分かる。


 刀を垂らし、振り返る。

 最強の英雄レンジュさんは、笑っていた。


「よかった、間に合ったっ!! 大丈夫かなっ!?」

「……レンジュさん、来るのが遅いです」

「遅れてごめんねっ!! 後でお詫びするよっ!!」


 前に向き直り、刀を構える。





「さて。全速全開でやっちゃうけど……」


 不意に風が止み、


「……魔物に祈る時間はいらないよね」





 銀熊が縦に真っ二つになった。


 遅れて、風を斬る音が短く響く。




 ……えええええ!?

 今、何したのこの人!?

 構えただけでクマ真っ二つって……

 私がどれだけ苦労したと思ってんだ、ちくしょう。

 ああもう! 腕痛い!



「……何ですか今の」

「駆け寄って斬って戻ってきただけだよっ!!」

「……うっわぁ」


 絵本で読んだことあるけど、音を置き去りにする速さって誇張でも何でも無かったのか。

 見えない速さで駆け寄って、見えない速さで斬って、見えない速さで元の位置に戻ってきた、と。

 もう訳わかんねーわ。あーもー、痛いぃぃ。


「……とにかく、助かりました。治療ポーションとか持ってます?」

「話聞いて直ぐ走ってきたから持ってないかなっ!!」

「……仕方ない。レンジュさん、お願いがあります」

「お、何かなっ!? すぐにキョウスケも来ると思うから怪我は少し我慢してねっ!?」

「いや。私、ぶっ倒れるんで、後、任せました」



 もう、無理。

 ぐらりと前に倒れ込む途中、抱き止められた感触。



「ちょ、オウカちゃん、大丈夫かなっ!?」



 その温かな感触を最後に、私は意識を手放した。

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