第91話


 さて。記憶の限りだと、寮でキッチン組の子達にも釘を指した後、そのまま自室に戻ってコトンと寝てしまったように思う。

 んーむ。疲れが溜まってんのかなー。バタバタが落ち着いたらゆっくりしてみるか。

 とか。現実逃避してみる。



 私の部屋、いつもの大きなベッド。

 そこに横たわる私と、いつの間にか潜り込んでたミールちゃん。

 二人揃ってシーツにくるまってます。

 うん。そこまではいいんだ。

 ただベッドの下に、見逃せないものが積まれている。


 上下セットの洋服、下着込み。しかも二人分。


 ……えーと。

 昨日寝るときは服着てたよな、私。なんで真っ裸なん。

 てか、なんでこの子も真っ裸なん。


 昨日何があった……




「――報告:昨晩自ら脱衣していました」

「そゆことは早めに教えて…」


 頭を抱えてしばらく唸っているとリングが教えてくれた。


 まず、いつかのようにミールちゃんが出現。

 その後、昨晩は暑かったらしく、二人とも自ら服を脱ぎ捨てたらしい。

 で、明け方に寒くなったようで、シーツにくるまって寝ていたと。


 何事かと思ったわよ、まじで。



「ミールちゃん、ご飯食べたら部屋に戻るのよ。あと服着なさい」

「……はーい」

「てか人のこと言えないけど、下着まで脱ぐのはやめようね」

「……気をつける」

「おっけー。うし、でけたー!」


 髪を三つ編みにしてあげ、先をリボンで括る。

 んーむ。髪の毛サラサラで結びにくかったけど、中々悪くないんじゃない?

 よし。ちゃっちゃと朝ご飯にしますか。


 ……あ、その前に、服着なきゃな。



 ミールちゃんを部屋まで送り届けて、その後冒険者ギルドへ。

 うわー。奥のテーブルで酔いつぶれたままのおっちゃん達が寝てるわ。

 ほんとに朝までやってたのか。

 結局のところ勝敗はどうなったんだろ。


「リーザさん、おはようございます。あれ、どうなったんですか?」

「おはよう。結局日付が変わるまで飲んでたみたいよ。

 でね、何かもうみんなで受けたらいいってなったみたい」

「……えっと、飲み比べの意味は?」

「そういう事もあるのよ、男の人って」

「はあ。いやまあ、いいんですけどね」


 やっぱりお酒を飲む口実にされただけな気がするけど。

 まあ、依頼受領してくれるんなら何でもいいんけどさ。

 ついでに、報酬はしっかり受け取ってもらおう。


「……あれだと、しばらく起きそうにないですね」

「うーん……昼まで寝てるんじゃないかな」


 苦笑いを浮かべて、優しい目でおっちゃん達を眺めている。

 ほんと母性に溢れてるなー。お胸も含めて。


「んじゃ後でまた来ます。あ、求人の方は何か来てます?」

「そっちはまだね。少し時間かかると思うわよ」

「そですか。じゃあ気長に待ちます」

「……ところでオウカちゃん、今日ヒマ?」


 あ、この笑顔知ってる。

 依頼を押し付けて来る時の笑顔だ。


「……ヒマっちゃヒマです」

「最近、森の方で鉄熊が目撃されてるらしくってね。討伐依頼が出てるのよ」

「うわ。人気なさそうですね、それ」


 鉄熊。体が金属でおおわれた熊。

 硬いし力が強いから危険度は結構高い。

 普通は二パーティ合同とかで討伐する奴だ。

 でも合同になると、一人頭の報酬減っちゃうから人気はない。


 それに鉄熊はお腹がすいてる時以外は割と大人しくて、遭遇しても持ってる食べ物とか金属製の装備をあげればそれで何とかなったりするらしい。


 討伐難易度が高いけど放っておいても危険度が低くて、頑張って倒しても報酬は少ない。

 そりゃ人気も出ないよね。

 それに。


「んーむ。鉄熊かぁ……あいつ、あんまり美味しくないんですよね」

「え。食べたことあるの?」

「昔、猟師のお爺さんから分けてもらった事がありますね」


 金属部分多いからいくら血抜きしても肉が鉄臭いんだよね。

 食べられない事は無いけど……なかなか厳しい。


「そっか……でもこの依頼、そろそろ達成しておかないと騎士団に怒られちゃうのよね」

「……行けと?」

「行ってくれたら嬉しいな」


 カウンターから出て来て、こちらの手を取ってにっこり。

 むう。いつも思い通りになると思うなよ。


 ……。

 …………。

 ………………。


 分かった。分かりましたから。徐々に顔を近づけないで。

 色々当たっちゃうから。て言うかもう大きなモノが当たってますから。


「……あー。分かりました。行ってきます」

「あら、ありがとう。気を付けてね」


 ぱっと手を離して、ひらひらと手を振られた。


「……リーザさん、ずるい」

「ふふ。受付嬢ですから」

「普通の受付嬢はそんな事しないと思う」

「相手は選んでるわよ?」


 駄目だ、勝てる気がしない。

 ……まあいいや。森、行くか。




 てくてくと街道を歩き、森に到着。

 久々にこっち来たなー。

 いつもは街道沿いに飛んでるから、なんか懐かしい感じがする。

 あ。てか、森の中って言ってたけど、どの辺りなんだろ。


「リング、周辺検索、鉄熊」

「――検索中……魔力反応有り:警戒してください」

「お、近いの?」

「――マップに表示します:近くはないですが、鉄熊の上位個体かと思われます」


 うげ。まじかー。上位個体って事は、あれかな。


「もしかして、銀熊?」

「――肯定:魔法銀ミスリルの反応があります」

「うわあ。まじか、困ったな」


 鉄熊は金属を食べて、その金属を体に纏う。

 普通は鉄とかなんだけど、たまに変な金属を好む個体がいる。

 そいつらが上位個体になるらしいけど、今回の場合はそれか魔法銀だったらしい。


 魔法銀は銀のくせに硬い。その上魔力を纏う性質があるから下手な物理攻撃や弱い魔法は簡単に弾かれてしまう。

 広範囲の魔法でも使えれば話は別だけど、あいにく私は魔法が使えない。

 一旦引き返した方が無難、なんだろうけど。


 マップに敵性の赤以外に、緑の光点が表示されている。

 これ、近くに人が居るってことだよね。

 なんっで、いっつも、こうなるかな!?


「……ああもうっ!! リング!!」

「Sakura-Drive Ready.」 


「Ignition!!」



 桜色を纏い、ブースター全開。

 枝葉の間を抜け、森の上を全速力で飛ぶ。


 鉄熊ならそこまで危なくないけど、銀熊はヤバい。

 上位個体は狂暴性が増す。

 しかもあいつは確か、動くものなら何にでも襲いかかるはず。

 それが同じ魔物でも、転がった岩でも、もちろん、人間でも。



 眼下でギラリと光るデカい何か。あれか。

 高度を落とし、接近。バーニアを解除、球形デバイスを拳銃に接続。

 斜め下に向け射撃するも、その全てが銀熊の体表に弾かれる。

 でも、敵がこちらに視線を向けた。よし。


 減速、着地。マップを確認すると思ってたより緑の光点が近い。

 視線を巡らせると、居た。革鎧の男、たぶん冒険者。


 銀熊に気付いてる。いま、攻撃しようとしてた。

 ギリギリセーフ、かな。


「私が引き着ける。応援を呼んできて」

「し、しかし!!」

「いいから早く。そんなに持たない」


 今もほら、牙を剥いてこちらに唸ってる。

 さて。こっちの攻撃は通らない。あっちの攻撃は当たれば即死。

 厄介だな、この状況。


「行って!! 早く!!」

「……分かった!! 死ぬなよ!!」

「出来るだけね!!」


 もちろん死ぬつもりなんてない。この人が応援を連れてくるまで足留めするだけ。

 それに、場合によっては空飛んで逃げる。


 ただ、それまで私が耐えられるかどうか。ちょっと分が悪い賭けだ。


 まあでも、見捨てるよりはマシ。



「さあ踊ろうか、熊野郎。撃ち抜いて捌いてやるわ」


 拳銃を突き付け、笑った。

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