第66話


 英雄カツラギアレイは、魔王討伐の旅で幾度も命を落としかけたという。

 彼の持つ女神の加護は英雄とは思えないほど弱く、身体強化の魔法もほとんど使えなかったらしい。

 その脆弱さは、ゴブリンの攻撃で死にかけた逸話が残っている程だ。


 それでも彼は仲間と旅を続け、魔王討伐が終わるまで生き延びた。

 周りの助けがあっての事だと彼自身は語る。

 後はただ、運が良かっただけなのだと。


 間違いで呼ば召喚された英雄。最弱の英雄。

 彼は、そう言われ続けていた。



 私も人造の英雄らしいけど、アレイさんと同じく、体の強度は普通の人と変わらない。

 生身で岩を割ったり出来ないし、馬より速く走れたりもしない。

 転んだら普通に痛い。こないだ、テーブルの足に小指を打ち付けてしばらく悶絶したし。


 でも、体を上手く動かす方法に長けている。

 効率良く力を流し、最適な行動を行える。

 その一点だけは、多分誰にも負けないんだと思う。

 だからこそ大型の魔物と戦ったり、数十匹の魔物を殲滅したり出来るのだろう。


 逆を言えば。そこ以外は普通の人と変わらない。

 背が小さく力も無い私は、真っ向からの力比べだとそこらの人にも負けてしまう。

 下手したら、革職人の娘のエリーちゃんと同レベルかもしれない。


 そして当たり前な事なんだけど。

 後ろから射たれたら、当たり所が悪ければ死ぬ。



 あの時。突如現れたスケルトンに狙われた時。

 リングがいなければ、放たれた矢は胸を突き抜けていただろう。

 だからこそ、私はリングに対して感謝しかない。

 あの警告がなければ、私は呆気なく死んでいた。



 サクラドライブ。

 戦意を高め、戦闘に最適な行動を模倣する力。

 それは、一種の暗示のようなものだと、私は思っている。


 私はただの町娘だ。

 魔物との戦闘はおろか、殴り合いの喧嘩だってあまりしたこと無い。

 そんな私が戦う為に必要な勇気を補ってくれるのが、サクラドライブなんだと思う。


 ただの町娘が英雄に変わる事が出来る力。

 それってとんでもない力だと思う。けれど、この力は無敵の力ではない。

 サクラドライブを発動していない私は、やはりただの町娘だ。


 ほら、今だって、拳を握ってないと指先が震えている。

 表情は何とかなっても、心の中身は誤魔化せないからね。



 もう少し。落ち着いてから、エリーちゃんに会いに行くか。

 仮面を上手く被らないといけない。

 周りから心配されないよう、強く見せなければならない。

 オウカという町娘は、そういう人間だから。




 十分後。改めて、エリーちゃんの家へ。


「ちわっす。エリーちゃん、います?」

「オウカさん!! 怪我は大丈夫ですか!?」

「もうばっちり。心配かけてごめんねー」


 涙ぐむエリーちゃんの頭を撫で、ついでに少々モフらせてもらった。

 うむ。今日も今日とて、良い肌触りだ。


「んで、お詫び代りにご飯作るからエリーちゃんもおいでよ」

「……え? 快復祝いじゃないんですか?」

「主催、私。お財布、グラッドさん。

 知り合いみんな巻き込むつもりだけど……親父さんは?」

「俺は仕事だ、また今度な」

「あいあいさ。んじゃ、行こ?」


 がしっと腕を掴み。


「え、ちょっ、今からですか!? お父さん、行ってきまああああ!?」

「借りていきまーす!」



「……元気だな、おい」





 誘拐……じゃなくて略奪……でもなくて、お誘い完了。

 多少強引な気もするけど、気にしないでおこう。


 何せ今日は大忙しだ。

 推定百人前のお昼ご飯とか、我ながら正気じゃない。

 でもまあ、そんくらいお祭り騒ぎにした方がちょうどいい。

 大体は作り置き分で賄えるし、残りを一心不乱に作っちゃおう。



 キャベツを千切り、パプリカと玉ねぎは薄く切って水にさらす。

 くし切りにしたトマトを乗っけてドレッシングかけて完成。

 とりあえずのサラダ。簡単な割になかなか美味しい。

 これに卵サンドとイチゴジャムサンド、チリビーンズが第一段。


 次はお肉。ストック大放出祭りだ。

 牛、豚、鶏からミノタウロス、オーク、グリフォンにバジリスク、陸鯨なんかもある。


 まずは炒め。豚とオークを炒め鍋に投入、しっかり火を通したら合わせておいた刻み野菜を入れて一緒に炒める。

 塩と胡椒、醤油で味付けして完成。


 牛はミノタウロスと一緒に揚げてしまう。

 こいつはソースに工夫がしてある。酸味を効かせてさっぱり風味。どんどん食べられる恐ろしい奴だ。


 鶏は筋切りして酒蒸し。蒸し籠を積んで一気に蒸し上げる。

 その隣で一口大に切り揃えたグリフォンを煮込む。

 こっちはトマトをベースにスパイシーな味にしておく。


 バジリスク。こいつは旨味が強いけど肉が固い。

 なので、すりおろした玉ねぎに浸けておいた。

 そうする事で肉が柔らかくなって臭みも取れる。

 後には強い旨味だけが残るので、厚めに切ってステーキにしてしまおう。

 熱した鉄板、ではなく魔力板で焼き上げてやると食欲をそそる香りが広がった。


 最後に陸鯨。一番癖が強いこの肉は、すりおろしリンゴと蜂蜜、何種類かのハーブに浸けておく。

 他の料理が出来上がってから鉄串を打ち、直火でじっくり焼く。

 厚い皮が全部焦げるまで焼いて、焦げた部分だけ削り取ると完成。



 ふっふっふ。自慢じゃないけどこれだけの種類を一度に並べるなんて、そこらのちょっとお高めな料理店でも中々難しいだろう。

 絶対採算とれないし。

 時間がある時に各地で買い揃えたラインナップだ。是非とも美味しく食べてもらおう。



 出来上がり次第ギルドの広間に運び、陸鯨を並べた後はデザート。

 今日は出し惜しみ無しと決めたので、とっておきを出そう。


 魔力製の専用釜で作った、オレンジのシャーベット。

 本当はアイスクリームを作りたかったけど、今回は肉料理が多いのでさっぱりしたデザートにしてみた。

 高級料理店でしか味わえない一品をギルドで味わえるとは誰も思うまい。

 これがラスト。



 そして、最後の料理を出し終えた時、大変な事に気がついてしまった。


 ……私の分、取り置きするの忘れた。

 しかも、よく考えたら三も日食べてないじゃん…



 とりあえず、余り物でスープを作る事にした。

 くそう……悔しいけど、今回は仕方ない。

 みんな楽しんでるみたいだし、良しとしておこう。


 ……たくさん料理して調子も戻ったし。

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