晴間、曇天に沈む

 蒸し暑さの中で雪を思う。

 息も凍るような冷たさの中、ただ降り積もる山中の雪。

 たしかあの頃は夏を欲していた。

 人間というのは無い物ねだりが得意なのだろうか。

 気付けば季節は半周していて、外は眩く輝いている。

 けれど季節はまだ優しい。

 今はまだ、待っていればそのうち訪れるのだから。

 待っていたって貰えないものはこの世に沢山ある。

 才能、賞賛、印象、名誉。

 欲しいものは数あれど、手に入るのは欠片も無い。

 才能なんて要らないと、嘯いてみても哀しい。

 賞賛なんて役に立たないと、騒いでみても虚しい。

 印象なんて気にしなければいいと、無視を決め込むのは滑稽だ。

 名誉なんてあって何になると、底辺で騒ぐのはさぞ愚かなことだろう。

 欲に忠実な人間は獣に同じだ。

 そんなふうに言う人がいる。

 そうだそうだ、きっとそうに違いない。

 持たざる人は大抵がそう言って首を縦に振る。

 違う、それはきっと違うだろうに。

 いつから人は自らを高尚な物だと勘違いを始めたのだろう。

 倫理なんて物で縛っているだけで、人間も獣に相違ない。

 欲しがってもいないのに物が手に入る人間なんていない。

 欲があるから金が要る。

 欲があるから生きている。

 だからこの種族は無駄な程跋扈しているのに。

 まあ、そんなのはどうでもいい。

 私は愛が欲しかった。

 渇望したし懇願したし形振り構わず手を伸ばした。

 けれど、誰もいない。

 本当に、誰もいないのだ。

 私はずっと一人だった。

 親は小さい頃に亡くした。

 凡そ愛と呼べるものは何一つ得られぬまま齢が十を数えた。

 名前を呼んでくれる友もいなかった。

 友愛すらも無く歳を二十重ねた。

 それで、もう、諦めた。

 どうして生きているのかはよく分からない。

 けれどもうずっと、人里離れた山奥に独りで暮らし続けている。

 時折山を降りて買い物をする以外には人に会わない。

 それでいいと思っている。

 欲しがって手に入らないなら諦めるしかない。

 初夏の陽射しに目を細めながら、憂鬱からくる溜息を吐いた。

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