銀の弾丸、若しくはそれに準ずるもの

 ある言葉を思い出した。

 遠い過去の、今は遠い男の話を。




「悪魔祓いに使うような銀の弾丸」

 彼は夜風の吹く街の中に佇む。

 黒々とした髪が靡く。

「本当に効くと思うか?」

 徐ろに此方に会話を振る。

「まさか。ただの伝承でしょう」

 再び目線を逸らし、空を仰ぐ。

 その横顔は、酷く美しい。

「お前ならそう言うと思っていたさ」

 風が凪ぐ。

 私達以外には、影一つ見えない丑三つの闇黒。

「急所が明確なのは、伝説には往々にしてよくあることです。アキレスの踵に然り」

 彼は再び視線を上げる。

「其方の方が万人の興味を惹き、万人に救いがあり、そして万人にとっての現実と整合させやすいからだろうな。神話上の大英雄も、天地統べる神も、死の概念が無ければ途端に現実性リアリティを喪い、何れ宙に浮く」

 再び風が吹く。弱く、冷たい夜の風。

「信仰を前提に口伝される寓話では、それは恐らく致命傷足り得るかと。力無き者が不死しなずの怪物を相手取るよりは、弱点の一つや二つ、あった方がきっと自然信じたくなるでしょうし」

 彼が立ち上がる。

「……話が逸れた。銀の弾丸は魔を祓うに足るか。

 思うに、銀であるかというのは然程問題では無い」

 彼は静かに、然し毅然とそう言う。

「では何が必要か、分かるか」

 私は首を捻り、頭を回す。

 その思考は、私をある答えへと導く。

「祈り、ですか」

 朧月が妖光を降ろし、少しではあるが深闇を和らげる。

「御推察の通り。

 強く願わなければ、当たるものも当たらない。

 不死しなずのままの認識では、その信心すらも削いでしまう」

 視線が私の目を捉える。

 闇よりも深く、それでいて光を内包した眼。

「お前も心に刻んでおくと良い。

 祈れ。神ではなくお前に、拓かれた煌めく未来を」




「結局、」

 大粒の雨が降り続いていた。

「先生の言う通りだった」

 格納庫ハンガーの鉄扉を開いた。

 傘を閉じて、その場に棄てた。

 私にはもう必要のないものだ。

「結局、」

 鉄蓋ハッチを持ち上げた。

「覚悟が無ければ、心の臓など穿てはしない」

 原動機の起動音が響いた。

 もう、戻れない。

「けれど結局、」

 装軌クロウラが回り始めた。

「……結局、気概だけでは、どうにもならなかった」

 無線機を繋いだ。

 旧式の通信手段は、奴等には聞き取れない。


「第三分隊、聞こえるか。

 これより作戦開始だ」

 アクセルを強く踏む。

「……精々、死ぬまで足掻いてくれ、我が盟友よ。」

 急襲作戦。秘匿名:コード:銀の弾丸シルヴァー・バレット

 都市に巣食う病魔を祓う。

 その強い願いを込めた、一方通行、一撃必殺の計画。


 かつて師を喪った者は、しかし彼の者の言葉を忘れなかった。

 故に彼女は、その躯を弾丸とした。

 それが師の本意であるか。生憎、其れは我々の与り知るところではない。

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