第194話 今後の事について悩んだ。

 おまっ……こんな所でなんてこと言うんだアレク!!!

 ほらぁ! アンドレウ夫人が扇子で口元隠して、ニヤぁと笑いながら振り返ったァ!!


「お気遣い結構です!!!」

 その場に他に人がいる手前、なんとか穏便な言い方で拒否するが、アレクはサムズアップ。

「心配すんな! ベッサリオン生まれの俺たちなら逃げ切れるって!」

 違う! そうじゃない!! アホか!!!


 チキショウ! 色んな事から解放されたから浮かれてんのか?! 引っ掻き回す気満々かよ!!

 そうだった! アレクはもともとはそういうヤツだった!!!


「だめ!!」

 そんな声が意外なところから飛んだ。

 なんとそれは、アティ。

 アレクを睨みつけて

「おかあさまはアティのおかあさまなのっ! あげない!!」

 そう啖呵タンカを切った。マジすかアティ!? カッコいい!! やだ惚れちゃうよっ!? あ! もう大好きだった!!

「おっ……お(↑)れ(↓)もっ!! あげない!!」

 つられて声をあげるエリック。しかし

「エリックだめ!! おかあさまはアティのっ!!」

 アティにそう叱りつけられ、シュンと肩を落とした。

 アティ、エリックに塩対応過ぎやしませんかね。


「あー。尻に敷かれる未来が見えるー」

 後ろから、イリアスのそんなボソッとした声が聞こえた。

 完全同意。

「あら、イリアス様は構わないのですか?」

 後ろから、マギーのそんな声が聞こえた。

「構わないよ。僕が宰相の座についたあかつきには、全税金投入して草の根分けてでも探すからね」

 それってどんな職権乱用。アカンよ。アカンて。

「オイ、ゼノはいいのかよ」

 今度はテセウスのそんな声。

「僕ッ!? ええと……ぼっ僕も探します!」

「無理だろ」

「えぇー……」

 テセウス、ゼノをからかうの好き過ぎる。

 微笑ましく思っていると、ふとレアンドロス様とバチリと目が合ってしまった。

 彼は、フッと笑う。


「セレーネはモテモテね。エリックまでそんな事言って。嫉妬しちゃうわ」

 アンドレウ夫人が扇子をパタパタさせながらそう呟いた。

「だいじょうぶ! お(↑)れ(↓)ははうえもすき!!」

「あら。エリックったら。それは浮気男の開き直った時の台詞セリフよ」

「うわきおとこ?」

「お爺様のような人の事よ」

 夫人!!! こんなところでとんだ爆弾発言しないでいただけますかッ!!?


「じゃあ! 気を付けて帰れよ!」

 さんざん場を引っ掻き回したアレクは、そう言って手を大きく振ると、そのまま身を翻して行ってしまった。

 エリックやアティが大きく手を振り返す。

「アティね、アレクにおてがみかくの。おやくそくしたの」

「お(↑)れ(↓)も」

 はぁ!? いつの間にそんな約束してんのっ!? 私が雑務に忙殺されている間にか!?

「でね、おかあさまもって」

 アティがそう言いながら、キラキラした目で私を見上げてきていた。

 手紙か……

「そうだね。沢山書こうね」

 ここでバッサリ縁を切る必要はなかったね。

 せっかく、アレクが無事である事が分かったんだから。

 彼の今後の人生も、応援していきたいし。


「じゃあ、行きましょうか。身体が冷え切ってしまったわ」

 そうアンドレウ夫人にうながされ、私たちは馬車へと乗り込んだ。

 走る馬車の窓の向こう、色々あったリゾート地の流れる風景を見ながら、私は今後の事を、じっと考えていた。


 ***


 列車を途中で乗り換える為に、乗り換え駅で一泊した。

 アンドレウ夫人とエリック、そしてゼノとヴラドさんとレアンドロス様と、その乗り換え駅で別れる事となる。

 それぞれの領地へと戻るのだ。

 私たちも、屋敷には戻らず直接カラマンリスの領地へと行く。


 その日の夜。

 私は使用人たちの大部屋と交換してもらって、子供たち全員と一緒に寝る事にした。

 こういう時ぐらいしか、みんなと一緒に寝れないしね!!

 交換されたマギーとエリックの子守、ルーカスとサミュエル、エリックの護衛さんや他の使用人たちが『マジか』という顔してたわ。マジだからよろしくね。


 シャワーを浴びてピッカピカホックホクの顔でパジャマ姿になった子供たちと、並べられたベッドの上に座る。

 でもエリックは、やっぱりシャワーが嫌いですぐに逃げてきたのか、髪からまだ雫が滴っていた。

 なので私は、座ったエリックの後ろに陣取り、タオルで頭を拭いてあげる。

 あーたまらない。この時間が好き。幸せの穏やかな時間。最高。ついでに頭皮の匂い嗅いだった。うーんいい匂い!!

 頭を拭く時は、一緒に頭皮マッサージもしてあげるからか、いつもは野生の動物かってぐらい暴れ回る妹たちも、私が頭を拭いてあげる時だけは、大人しくしてたっけなぁ。

 エリックの子供特有の柔らかい金髪。アティのプラチナブロンドも最高だけど、エリックの金髪も綺麗ね~。あ、エリック、髪の根元は少し茶色みががってるんだね。へー。

 ニコラはアティの髪を編んであげていた。

 ニコラ曰く『寝る時にこうして編んでおくと、髪が痛みにくくなるんだよ』だって! 知らなかった!!

 ゼノとイリアスはベッドの上に将棋盤を広げて将棋打ってた。大丈夫? 寝しなにそんな頭使って、眼が冴えちゃわない? ゼノ、顔マジになってる。大丈夫? 知恵熱出ない?


 こんな穏やかな時間。幸せ以外の何物でもない。

 でも、少し、胸の奥がずっとモヤモヤしっぱなしだった。

『フラットな状態で見る』

 アレクの言葉が蘇る。フラットとは、つまり、肩書等を外して、自分と相手の関係を見直してみろって事だと思う。

 私は、ボンヤリと子供たちの顔を見て回った。


 アティ。

 ツァニスと結婚しなければ、アティの母になれなかった。

 私は、義理の娘になったから、アティを可愛いと思ってるの? 幸せにしてあげたいって思ってる?

 ──違う。いや、正直言うと、最初はそうだった。数奇な縁で自分の娘になった美幼女だから、幸せにしてあげたかった。

 でも、今は違う。

 アティはアティだから、幸せにしてあげたい。アティは、言葉少なだけど、でも実は気が強くって結構好き嫌いがハッキリしてる。スピード狂でお肉大好きの肉食系。馬も好きで乗馬も好き。綺麗な剣やナイフも好きで、夏至祭りで買ってあげたオモチャの綺麗なナイフを、部屋にずっと飾ってる。

 花も大好きで草木も好き。虫も全然平気で、庭師と一緒に花を植えたりしたりしてる。

 例え母という立場がなくなっても、変わらず接していきたい。

 沢山、色んなことを教えてあげたいし、色んな理不尽から守ってもあげたい。

 彼女が今後一人で行動する事が増えて、その先で傷つく事があった時、癒してあげたい。


 エリック。

 アティの母にならなければ、会う事もなかった。

 正義感は人一倍、好奇心も人一倍、カッコイイモノが大好き。なかなかメゲないし、メゲても復活も早いし、何より諦めない強い気持ちを持ってる。メンタリティ最強。

 まだまだ力加減が出来ないけど、身体能力自体は高くてボディバランスもいい。彼はきっと強くなる。

 そしてなにより、メチャクチャ素直。

 公爵嫡男という立場により、彼は沢山の思惑に振り回される事になる。素直さが仇となり、彼を利用する大人は自分の思った通りにエリックを操作しようとするだろう。

 彼には、人を見る目を養って欲しい。

 沢山の人と出会って、沢山の人と話して、沢山の世界を見て回って欲しい。


 イリアス。

 エリックに会わなければイリアスとも接点がなかった。

 最初はその歪みっぷりを心配してたけど、歪みつつも彼自身がそれを自覚して、少しずつ他人との距離を測れるようになってきた。

 兎に角、すこぶる頭が良くて記憶力も抜群。

 でも実は、手先が不器用で細かい作業が苦手。褒められ慣れてなくって天邪鬼。

 意外と猪突猛進型で、こう、と思ったらただひたすらそこに向かって邁進する熱い子。

 だから、沢山褒めてあげたい。エリックのイリアスに対する絶対的な信頼に、気付かせてあげたい。彼はまだ、実はそこに気づいてないから。


 ゼノ。

 やっぱりアティとエリックとの接点で縁ができた。

 あまり自己主張しない代わりに、周りを良く見てて慎重派。身体の使い方が下手くそで、比較的運動は苦手だけど、努力の鬼で集中力が凄く、身体が覚えるまで反復練習出来る根性がある。

 手先も器用で彫り物が上手。他人を優先させる優しさがあり、小さい子の相手も上手。

 自分に自信がないから、パニクる事も多くって心配性。

 彼に必要なのは兎に角『自信』。既にもう今のゼノは、とても素晴らしい人間なんだから。


 ニコラとテセウス、そしてニコラオス。

 ちょっと小悪魔的なニコラに、ちょっと乱暴者なテセウス。そして繊細で傷つきやすくてとってもビビり、でもとても多才で才能の宝庫であるニコラオス。

 ニコラは意外と物怖じしないタイプで、相手によって態度を変えることはしない。

 テセウスはああ見えて慎重派。しかも、意外と世話焼き。

 まだまだ抱えたトラウマが多いし、基本、あまり大人を信用してない。

 彼らの世界は狭くて寒く、厳しかった。

 そんな彼らに、世界は広くて暖かくて眩しい場所でもあるんだって、教えたい。


 ──最初は、アティの周りを整えたかっただけだった。ただ、彼女の為にと思ってた。

 でも、今は。

 各個人がそれぞれ大切。

 アティを通してその先にいる子供達、じゃなくて。

 各それぞれが、みんな可愛い。

 義理の娘、娘の婚約者、婚約者の世話係、獅子伯の養子、多重人格の傷ついた子、そんな肩書きがなくっても、私はこの子たちが大好き。

 各それぞれが違う色でキラキラ輝いてる。

 大切にしていきたい。


 ──でも、それは私が今、『アティの母』という立場にいるから、許されている事。


 そう……『許されてる事』なんだ。


 今までは、私の希望は一つで、それに向かって邁進してきた。

 なのに今は、二つの気持ちで揺らいでる。


 子供たちのそばにいたい。

 でも、自由にもなりたい。

 私は私の意思で行動したい。


 どうすれば、いいんだろうか……

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