第183話 確認しに行った。
いかん! 低俗男爵どものコテージ知らなかった!
走ってからその事に気づいたけれど、まぁいいやと思ってそのまま走る。
そして、人がゾロゾロと歩いていく姿を見つけ、その中に見知った姿を認めたのでそちらへと近寄った。
「すみません! 何があったのですか?!」
見知った顔──昨夜来た管理者の男性は、一瞬驚いたような顔をしたが、私だと気づくと眉根を寄せる。
小さく溜息をつくと、首を横に緩く振った。
「なんでもございません」
は?!
「こんな時に嘘をつかないで下さい!」
私は管理者の言葉を速攻で否定した。
とぼけるの下手か! 本当に何もなければ『何が?』だろうが!
「先日の男爵のコテージの犬と、使用人の一人が居なくなったと聞きましたよ!
熊に襲われた可能性はないのですか?!」
私が、さっき若い男から聞いた話を口に出すと、管理者と周りにいた他の管理組合の人間と
図星だな?!
「騒がないで頂けますか? 他のお客様のいらぬ不安を抱かせないで頂きたい」
管理者が露骨に嫌な顔をしながら、私に声を落とせと手でジェスチャーする。
確かに、まだ確定していない事を大声で話すのは混乱を招きかねない。
私はグッと言葉を飲み込んだ。
管理組合の人間たちはお互いに顔を見合わせ小声でコソコソ話す。私をチラチラ見ながら、みな渋い顔をしていた。
「……貴女はアレクシスと同じくベッサリオンのご出身だそうで。それでそう思ったのでしょう」
重い口を開いた管理者は、周りに聞こえないようにか、声をかなり落として話し始めた。
「確かに、その可能性が濃厚なようです」
可能性……まだその確実な証拠はないって事かな。まぁ、姿を見ない限りは確証は持てないか。後で、私も跡を確認したいな。
「なので、急ぎ調査隊を組んで派遣する予定です。こちらで対応するので、コテージにお戻り頂けますか?」
管理者の慇懃無礼な物言いに、私は頷かざるを得なかった。
私が出張る事じゃない。そもそもこのリゾート地にも対応策はあるだろう。
私たちは危険が去るまでコテージで大人しくしているしか出来ない。
ここはベッサリオンじゃない。
私に出来る事は何もない。武器も道具もないし罠も張れない。
私は心配になりながらも、ゆっくりと首を縦に振った。
でも、管理者の
「それと。危険かもしれない可能性は内密にお願いします」
「は?」
という言葉には思わず声を上げてしまった。
何言ってんだお前?
「暫く外は危ないと、誰にも言うなと?」
私がそう問い返すと、管理者はヤレヤレといった具合で肩をすくませた。
「御同行者の方々には勿論言って頂いて構いませんが、吹聴はお控え願えますか?」
私に噛んで含めるかのように、丁寧な物言いで再度同じ意味の事を言う管理者。
勿論言葉の意味は分かったけれど、何故そんな事を言うのかの理由が分からなかった。
「何故ですか?」
本当に意味が分からなかった。
管理者は、本当に頭が痛いと言わんばかりに額に触れる。そして
「ここは村全体がリゾート──観光地として成り立っています。危険があるなんて噂が立てば、客が来なくなり生活が立ち行かなくなります。
──貴女は、我々を餓死させたいのですか?」
世間知らずの貴族めが、そんな言葉が聞こえてきそうな声だった。
コイツ、この熊の危険な事だけを言ってるんじゃないな? 誤射の件を警らに届け出る事も含めて
──なんでそう楽観的で短絡的な事に帰結すんだよっ……!
「
私は拳を握り締めて、腹から湧き上がる怒りを声として絞り出す。
「事件や事故を
誤射が起きた事実も、熊が人を襲ったかもしれない事実もなくならねぇぞ。
あんた達がしなければならないのは、危険をなかった事にするんじゃない。これ以上同じ危険に他の人が晒されないようにする事じゃねぇのか?」
「だからその為に調査隊を──」
「その間に何も知らない他の人間が襲われたらどうすんだよ?!」
私の語気が強まると、管理者の顔にも怒りが浮かんだ。
「まだ分からないんだ!! 危険はないかもしれないのにいらぬ混乱を招きたいのか! 何故貴女はそうも事を大きくしたがる!!」
そう私に怒鳴りつけてきた。
「……もう既に起きている事が重大だと何故思わない?」
いつもそうだ。私に『事を大きくする』と嘆くヤツらは、何故『事』について安く軽く見積もる?
「もう既に大きな事態なんだよ。
犬と人間が消えて血痕が落ちていて、恐らく足跡や毛などの痕跡もあったんだろ?
熊かどうかは置いておくとしたって、何かしらの危険があったって事じゃないか!
その原因が分かるまで客の安全を守るのが管理組合の役目じゃないのか?!」
私が思わずそう怒鳴り返すと、管理者がグッと喉を詰まらせた。
「客に言わずにどう守る?! 全員に陰ながら護衛でもつけんのか?! 無理だろ!
なら危険があるかもしれないから万が一の事を考えて、安全確認が取れるまでは外に出るなと客に伝えて、自分で身も守る行動を取ってもらうのがいいんじゃないのか?!」
後先の自分たちの飯の種より、今目の前の危機だろうが!
しかし、管理者は引かない。
私をギリリと睨みつける。
「分かっている! しかし出来ないのだ!!」
私に掴みかからんばかりに前に出たが、拳を握って彼は耐える。
「領主伯爵にどんな事故も起こすなと言われている!
ここで噂が立ったら、本当に何も危険が無かったとしても領主伯爵に言い訳が出来ないのだ!!」
そしてそう吐き捨てた。
なるほど。彼が
領主からの命令。
確かにそれだと逆らうわけにはいかないのだろう。しかも、この様子だとペナルティが何かあるな?
クソ領主め。事故を起こさないなんて不可能な事を押し付けやがって。
事故はどうしたって起こる。事故を起こさない努力は勿論だけど、それと同時に最小限の被害で済ませる事が必要なのに。
ペナルティなんぞ課したら、ペナルティを恐れた人たちが事故を揉み消そうとして、余計に大きな問題に発展しかねないのに!
──クソッ。
「……領主からは私から連絡を入れておきます。だから客に告知しなさい」
私が静かにそう告げると
「は?!」
管理者が目を見開いたのち、鼻で笑い飛ばした。
「たかがベッサリオン伯爵令嬢の言葉を聞くとは思えませんがね」
ま、そう言うだろうと思ってた。
もう、ここまで来たら隠す意味はないね。
私は顎を上げ背筋を伸ばし、毅然とした態度で管理組合の人間たちに向き直る。
小さく一つ息をついてから口を開いた。
後悔すんなよ、お前ら。
「私は確かにベッサリオン伯爵令嬢でした。しかし今は違います。
私はカラマンリス侯爵、ツァニス・テオ・カラマンリスの妻。セレーネ・キリアキ・カラマンリス。
そして、同行しているのはアンドレウ公爵夫人、後からいらっしゃった殿方はメルクーリ辺境伯──獅子伯です。
これだけの人間が言えば、ここの領主も納得せざるを得ないでしょう」
私がそう告げると、管理組合の人間たちはポカンと口を開けたまま言葉を失った。
「疑うなら夫に連絡を取ってください。今はカラマンリスの領地に戻っていらっしゃるので、そちらへ電話をかければ繋いで下さるでしょう」
私がダメ押しを言うと、管理者がすかさずその場にズシャリを膝をついて立膝になり、礼のスタイルをとった。
「いっ……今までのご無礼をッ……どうかお許し──」
「今はそれどころではありません」
彼の礼を私はかわす。今はそんなものを受け入れてる場合じゃないし、受け入れるつもりもない。
今更私の爵位に
むしろ、爵位を出した途端平伏する事自体、『私に』敬意を払ってないって証拠じゃねえか。
そんな謝罪を受け入れる
「そんな暇があるのなら、客に告知する手段を早く講じてください。私は領主に連絡を取りに参りますから」
コテージには確か内線電話らしきものが引いてあった。多分管理組合の本部に繋がってるんだろう。そこを経由して領主に直接文句言ったらァ。
私は彼らにサッサと背中を向けた。
よし、あとは無礼男爵のコテージで、本当に熊のせいかどうなのかの痕跡を調べて──
そう考えた瞬間だった。
「理事!!」
遠くから、そう叫びながら男性が一人走り込んできた。
管理者は立ち上がって彼の方へと向き直る。
「どうした?」
彼は膝の雪を払って冷静を装った。
しかし、駆け寄ってきた男性の
「バルツァ男爵が! 熊を討伐しに行くと言い出し、山に入ってしまわれました!!」
という言葉に、その場にいた全員の顔色が変わった。
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