第67話 家庭教師の相談に乗った。

 サミュエルから聞いた、ダニエラという女とは。


 ダニエラ・サマセットは、貴族相手に商売を行う大店おおだなの娘。年はサミュエルやツァニスたちと近いそうだ。思ったより上だった。


 貴族ではないにしろ、様々な貴族と接点がある大店おおだなとえば。下手したらウチの実家よりも力があるな。

 政治とはコネクションだ。決定権のある人間に如何に交渉出来るかが鍵を握る。

 その為には、爵位よりも金と情報力。

 だから、ツァニス侯爵とも遊ぶ事が許されたんだな。

 もしかしたら、その先まで見越して、ね。


 子供の頃は仲良くやっていた、ツァニス様とサミュエルと、そしてダニエラ。まるで学友のように親しくしていたんだそうだ。へー。


 ここら辺の思い出話は、されても記憶できなかった。興味なくって☆


 関係が崩れたのは、ツァニスに婚約者が出来てからだそう。

 アティの母──アウラがこの三人の中に入ってきた事により、変わったそうだ。

 ……だろうね。変わらないワケないよね。

 二人の男に囲まれてキャッキャウフフしてたら、一人に婚約者が出来た──そりゃ内心焦るだろうって。


 大店おおだなの方もきっとダニエラ本人も、ツァニスの妻はダニエラだと思ってただろうな。

 なのに横からトンビが油揚げかっさらったら。そりゃ関係も崩れるだろって。

 でも、侯爵家も力のある商家と繋がりが出来るんだから悪い話ではなかった筈だ。

 潰した人間がいる。十中八九、大奥様だろうな。

 自分と懇意の貴族以外認めないだろうしね、あの人。


 しかし、ダニエラはツァニスを諦めきれなかった。どうすればツァニスが昔のようにしてくれるのかと、ダニエラはサミュエルに都度都度相談しにきたそうだ。

 ……それって変な話。

 成長にしたがって関係が変わるのは当たり前な話だ。いつまでも子供のまま、というワケにもいくまい。しかも、ツァニスは侯爵嫡男としての立場もある。


 サミュエルもそう説明したそうたが、ダニエラはかたくなだっんだってさ。

 そんな気がしたよ。街で二人の会話を聞いただけで分かったよそれぐらい。

 そんな彼女を健気だと思い(マジかよ)、サミュエルも相談には乗っていたが……


 ある日、ダニエラが変わったそうだ。

 婚約者ができた、結婚する事になった、と。

 どうやら、子供ができたらしいんだなぁ。オイオイ健気な女はどこいった。


 そして、彼女はサミュエルの前から姿を消した、と。

(それまでになんやかんやあったらしいけど、脳コスト使うのが嫌だったので忘れた)


「なのに。彼女は戻って来て『私が間違っていた。貴方が運命の人なんだ』とか言われても……」

 サミュエルは、空になったワイングラスをじっと見つめていた。

 私はそのグラスにワインを注ぐ。自分のにも注ぎ足して一口飲んだ。


 彼はそこまで語って、ある程度気が済んだのだろうか。

 はぁーっと大きく息を吐き出して、少しスッキリした顔でワインをあおる。

 一気飲みして、今度は自分でワインを注いでいた。


 んー……私からコメントできる事ねぇなぁ。ってか、したくない。

 そういう他人の恋愛のいざこざって好きじゃないんだよね……

 だって当人同士の事だしさ。当人同士にしか分からない機微? 事情? 距離感? 感情? とかさ。色々あるだろうしさ。こっちからアドバイスできる事じゃないし。

 したところで意味ないし。場合によっては友人同士の関係性にヒビが入る事もあるじゃん? ……そんなに沢山、友達いないけどさ。


 こういうのは、ある程度吐き出すだけでもスッキリするもんだ。

 しかも言語化する事で、ある程度自分の脳内も整頓できる。

 だから、私からは敢えて言う事もない。

 しかし、このまま面倒くさい状態のまま放置するのは嫌だった。巻き込まれるのもウザい。絶対変な方向にもってかれる。

「サミュエルは……どう、したいのですか?」

 結局はそこに行きつくんだって。人間、自分の意識無意識関係なく、納得した事しか行動できない。


 私がそう問いかけると、彼の視線が揺れた。ランタンの光を反射して。動揺しているようにも見えた。

「……分からない……」

 答えはすぐには出ないか。そりゃそうか。自分の気持ちって、結構分からないもんだよね。

「セレーネ様は……どう思いますか?」

 ええ!? やめてよ聞くの。考えたくもないのに。

「どう、とは? どの事についてですか?」

 それに、どの立場で答えりゃいいの? サミュエルの立場だったら? あの女の立場だったら? アティの母? ツァニスの妻? 微妙な立ち位置の友人として? それとも、私個人の感想?

「……ダニエラの事です。彼女は、何を考えているのでしょう」

 知らんがな。

 今聞いた話と、祭で会った時の第一印象からすると、劇場型で利己的、サークルクラッシャー的に周りを振り回すタイプの女性だから、近寄らない方が吉。

 どうせ、依存できる男を渡り歩いて来ていて、今度はサミュエルに白羽の矢を立てたんだと思うよ?

 逃げたのは正解だったね。


 ──なんて言ったら角が立つよな。

 何も知らない癖に、とも言われそう。だから言わなーい。

「彼女の考えは彼女にしか分かりません。彼女と再会して、サミュエルがどう思って、どうしたいと思うのかが大切なのではないでしょうか?」

 勝手に彼女の考えを予想して動こうとすると、絶対どっかですれ違いが起きて面倒クサイ事になる。『貴女がこうだろうと言ったのに』とか後から言われても困るし。

 自分から動く気がないのなら覚悟して待ちの態勢、そうじゃなければ自分がしたいように動くしかない。

 ってか、マジでその面倒くさそうな関係の中に巻き込まないで欲しい。

 多分彼女は、ツァニスの妻という私を、面白く思っていないだろうから。


 サミュエルは何も言わない。難しい顔をして考えている。

 考えるのは良い事だ。

「……彼女がああなったのは、俺にも少し責任がある……」

 は?

「俺があの時、ちゃんとしていれば……責任を取って俺が面倒を見ていれば……」

 はあ??

 ちょっと待て、何の話?

「そうすれば、子供も、ちゃんと生まれてきていたかもしれない」

 ああ、アレでしょ。婚約と結婚話。子供ができたからって。

 え、それでなんでサミュエルが責任って話になるの?

「責任とは、どういう事ですか? サミュエルの子供だったのですか?」

 ちょっと混乱しつつ、そう尋ねると、彼は横に首を振った。

「いや、それはあり得ないが」

 あり得ないんだ。言い切れるんだ。そういう事じゃないんだ。

「妹のように考えていた。……彼女が間違った道をいかないよう、俺が面倒を見ればよかったのかもしれない」

 ええ? なんでそうなるの? 良く分からないよ! 私が話を右から左へ流してたのがマズかったのかな? そんな流れだった? いつの間に??

 サミュエルの思考ルートが分からない。なんでそうなるの?

「彼女が今現れたという事は、そういう事なのかもしれない。運命……とか」

 そう、サミュエルが自嘲の笑みを零した。


 ちょっと待って。

 私がオカシイのかな?

 なんか『運命』とか変な言葉も出てきてるけど。運命? 運命って何?

 乙女ゲームとかでは、そういう二人だけの世界が展開している場面では、よく出てくる言葉だけどさ。そんな神秘的でキラキラしてるものでした?? 今の話。


「ちょっと話を整理させてもらっても良いですか? 起こった事を事実だけ並べていきますね?」

 私は、自分の混乱を解消する為にも、彼にそうお願いする。

 サミュエルはコクンと頷いた。

「まず。幼い頃、ツァニス様とサミュエル、そしてダニエラが仲良くしていました。友達でした」

 同じく頷く。

「ダニエラはツァニスが好きでした。でもツァニスには婚約者ができて、その方と結婚しました」

 だよね。合ってるよね?

「ツァニスが結婚しても、ダニエラはずっとそばにいたがり、サミュエルがその相談を受けていました。相談だけですよね? そういう──関係には、なってないんですよね?」

 一応、確認しないと。

 すると、サミュエルはまた頷いた。

「そしたらある日、ダニエラは別の人との子供を妊娠して、その人と結婚するからと、サミュエルの前から去ったんですよね?」

 ま、よくある事とは言わないまでも、ない話でもないよね。ここまでは。

「で? 今日突然ダニエラと再会しました。そういたら、サミュエルを突然『運命の人だった』と言い始めました。どうやら子供はダメになったようで、結婚もしなかったと」

「ああ」

 なるほどなるほど。まあ、子供がいなきゃ結婚しなかった、その程度の話なんでしょうよ。

「ダニエラの子供がダメになってしまったのは、自分の責任だったんじゃないか、と? 相談に色々のっていたのは自分だから、彼女の周りの色んな事には自分に責任の一端があるんじゃないか、と。

 だから、今からでも、その責任を果たした方が良いんじゃないかと? それが運命なんじゃないかと?」

 そう言いたいんだよね?

 私が彼の顔を真っすぐに見て、そう問いかけてみた。

 彼は、少し悩んで、そして頷いた。


 なので思わず


「え? バカなの?」

 つい、本音がポロリと出てしまった。

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