第12話 お菓子を届けに③
焼き菓子をぺろりと平らげたレオンスは欠伸を噛み殺すような仕草を見せた。腹が満たされて眠くなってしまったのかもしれない。後片付けをしながら「眠いですか?」と尋ねると首を横に振られてしまう。否定しているがまた欠伸を噛み殺し、目元には薄っすらと涙が浮かび上がらせる彼に苦笑する。
眠いなら眠いと言ったら良いのに。
幸いにもまだ昼時で仮眠をする時間くらいならある。
「少し眠られてはいかがですか?」
「まだやる事が残っている。眠っている暇はない」
眠気が残っている状態で書類と向き合っても仕方ないだろうに。やる気があるのは良いけど無理をするのは得策じゃない。
どうやって休ませようかしら。
考えるが良い案が思い付かない。このままだと碌な休みも得られずまた公務に戻ってしまう。
立ち上がろうとするレオンスを引き止めたくて自棄糞で彼の腕に抱き着いた。案の定と言って良いのか分からないが動きを止めてくれる。ただ状況が掴めないのだろう狼狽えた表情を返された。
「アリア?」
「お願いですから休憩してください」
回りくどいことを言ってもレオンスは納得してくれないだろう。それならば直球勝負を仕掛けた方が良い。
睨み付けながら「休憩が終わるまで離れませんからね」と抱き着く力を強める。
はしたないかもしれないがこちらの気持ちを察してもらうにはこうする他ないのだ。
それにウラリーも「アリア様が駄々を捏ねれば陛下も言う事を聞いてくれますよ」と言っていたし、きっとこれで折れてくれるだろう。
ぼんやりと考えていると深い溜め息を吐かれる。
「アリア、俺を誘っているのか?」
誘っているって…。それに一人称が変わっている。
嫌な予感がして顔を上げると飢えた獣の目をするレオンスがこちらを見下ろしていた。
押してはいけないスイッチを押してしまったような気がするのは気のせいじゃないだろう。
腕から手を引こうとするが今度は私が止められる。
「俺に変な事をするなと言っておいて自分から誘ってくれるとはいやらしいな」
耳元で囁く声は妙に色気が含まれており、低くなっている。腕を撫で上げてくる指先が快感を呼び起こすものとなり背筋がぞわりと粟立つ。一瞬でそういう行為を助長させる雰囲気に持ち込むレオンスに冷や汗が流れる。
抵抗しないと間違いなくここで抱かれてしまう。もしくは隣にある彼の元寝室に連れ込まれて夜まで離してもらえなくなる可能性だって出てくる。
このままだと休ませたいのに疲れる行為をする上に公務も進まなくなる。それでは本末転倒だ。
「駄目です。しませんから」
「そっちが誘ってきたのに?」
色気たっぷりの声で言わないで欲しい。
そもそも誘っていないのにどうしてすぐにそういう方向に持っていくのだ。
腕をなぞる指が悪戯に太ももを撫で始めた。何度も身体を重ねてきて、どうしたらこちらが気持ち良くなるのか把握している人の動きだ。あっさりと快感を引き出される淫らな身体に呆れる。
「駄目ですってば。今は休憩中です」
頑なに敬語を外さないのは流されない為の最後の砦だ。レオンスもそれが分かっているのだろうつまらなさそうな表情で「敬語を外せ」と言ってくる。しかしここで折れるような私じゃない。
いやらしい動きを繰り返す手を持ち上げて睨み付ける。
「今するというならしばらく夜の営みは禁止にしますよ」
「…っ、それは卑怯じゃないか」
さっきと同じように脅せば動揺を誘うことに成功する。執務室内に漂っていた生々しい雰囲気もゆっくりと消えていく。
「嫌なら我慢してください」
「アリアから誘ってきたのに」
「誘っていません。昼間から誘うわけがないでしょう」
一回も私から誘った試しがない。そもそも誘う間もなく襲われるし、毎晩レオンスが満足するまで抱かれ続けている。欲求不満になるわけがないのだ。誘いたい気持ちが湧き出てくるはずもない。
むしろ控えて欲しい気持ちの方が強いわよ。
拗ねたような顔をされるがこればかりは甘やかすわけにはいかない。
「良いから休憩してください」
「しかし…」
「無理して欲しくないのです」
持ち上げた手を握りながら訴えかけるとレオンスは「休むからそんな顔をしないでくれ」と言ってくる。
どうやら悲しそうな表情になっていたらしい。
頰を撫でてくる手を目を閉じて受けて入れていると膝の上に重みを感じる。瞼を押し上げると膝には真っ黒な髪が散らばっていた。
「膝枕くらい良いだろう?」
「勿論です」
甘えたように抱き着いてくるレオンスの髪を撫でる。
狭いソファに無理やり横たわっているだ。体勢的に辛いはず。それなのに心地良さそうに寛いだ様子でいる。
「この体勢辛くないですか?」
「全くだ。もっと頭を撫でてくれ」
「分かりました」
ぐりぐりと擦り付けてくる頭を撫でて上げる。気持ち良さそうに頰を緩ませる姿はまるで子供のようだ。
さっきまでと全然違うわね。
愛らしい姿にこちらまで笑顔になる。しばらく撫で続けていると寝息が聞こえてきた。
「おやすみなさい、レオ」
起こさないようそっと額に口付けを落とした。
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