第11話 お菓子を届けに②

レオンスの執務室に着くなりイザベルとウラリーはどこかに行ってしまった。おそらく気遣ってくれたのだろうけど一人残されるのも少しだけ困る。

あの二人が休憩出来るなら別に良いけど。

焼き菓子を片手に執務室の扉を叩くと「入れ」と低い声が響いた。


「失礼致します」


扉を開けて入ると中に居たのは窶れ気味のレオンスとぐったりした様子のレナール。それから疲れ切った様子の三人の内政官達だった。

レオンス以外の四人は私を見るなり助かったという表情を見せる。ソファに座った彼らは立ち上がり礼をすると「我々はこれで失礼致します」と逃げるように部屋を出て行ってしまった。

それを見たレオンスは煩わしそうに舌打ちを鳴らす。


「もしかしてお邪魔でしたか?」


重要な案件を話し合っていたなら邪魔になってしまったかもしれないと部屋を出ることを考えていると「大丈夫だ」と引き止める声が響いた。

入室を許可した時とは打って変わって優しい声色で駆け寄ってくるレオンス。逃がさないと後ろから抱き締められてしまう。


「そろそろ休憩しようと思っていたところだった」

「嘘ばっかりですね。レナールが全然休憩してくれないと嘆いていましたよ」


抱き締められたまま見上げるとレオンスは罰の悪そうな笑みを浮かべていた。

バレていないと思っていたのだろう。

胸元に回されていた腕を軽く抓って「頑張ることは否定しませんがもっと身体を大事にしてください」と注意をする。今までは皇帝一人で頑張るしかなかった面も多かったと思う。ただ今は私も居るのだ。もっと頼って欲しい。そう思うのに私に負担をかけないように動くのだから仕方のない人だ。


「次レナールから同じ報告があった際は罰を与えますからね」

「ば、罰?」

「しばらく夜の営みは禁止にします」


疲れているくせに毎晩求めてくるのだ。

いくら有り余った魔力の燻りを解消する為、子を身籠る為といっても毎晩する必要はない。

行為を減らせば長く睡眠時間を確保出来るのだ。仕事効率も良くなるだろう。

レオンスを気遣っての提案だったのに絶望を感じたような表情が返ってくる。抱き締める力を強め首元に顔を埋めながら「駄目だ」と弱々しい声を漏らす。

威厳がない姿だけど愛らしく感じる。

他の人には見せられないけどね。


「嫌なら適度に休憩を入れてください。それから私に出来ることがあるならお手伝いさせてください」


柔らかな黒髪を撫でると小さく頷いてくれた。

休憩は入れるようにしてくれると思う。ただレオンス自身が私を頼ることはないだろうからレナールに手回しをしておく必要がありそうだ。

彼の腕の中から抜け出すと振り返り、もう一度頭を撫でてあげる。

意外と頭を撫でられるのが好きな人なのだ。

嬉しそうに身を任せてくれる。


「今から私と休憩しましょうか」


焼き菓子の入った籠を持ち上げて見せると「それは?」と尋ねられるので手作りということを伏せてチョコレートパウンドケーキだと答える。

ウラリーから先に手作りだと教えていけないと言われたのだ。お世辞じゃない素の感想を聞けると言われたので素直に従ってみた。


「甘さは控えめになっていますからレオでも食べられると思いますよ」

「頂こう」

「お茶を準備するので座って待っていてください」


公務に戻らないように菓子の入った籠を持たせてソファに腰掛けさせる。

紅茶を机に用意して向かい側に座ろうとするが「こっちだ」と自身の隣を叩きながら呼ぶレオンスに怪訝な表情を作った。


「変なことしないでくださいよ」

「するわけないだろ」


つい二週間ほど前に執務室でいやらしいことをされましたけどね。

その気持ちを込めて睨み付けると「今日は何もしない」と返される。しかし目を逸らしているので信用出来ない。

無駄な攻防戦をするのも疲れるので隣に腰掛けると頰を引っ張り忠告する。


「変なことをしたら氷漬けにしますからね」

「先々週も聞いた脅しだな」

「嫌なら大人しく休憩してください」


籠から菓子を取り出して切っていく。ふんわりと漂うチョコレートの香りに頰が緩む。我ながら美味しく出来たみたいだ。取り皿に分けてレオンスに渡すと一瞬顰めっ面を見せられる。甘さは控えめと言ったのに食べたくないみたいだ。一応皿は受け取ってくれるがそこから動かない。

仕方ないわね。

レオンスからフォークを取り上げると一口大に切って口まで持っていく。彼の表情が驚いたものに変わる。


「アリア?」

「食べさせるので口を開いてください」


一瞬で顔を赤く染めるレオンス。

普段もっと恥ずかしいことをしているのにどうしてこれくらいで照れてるのだ。こちらまで恥ずかしくなるのでやめて欲しい。

おずおずと口を開く彼にケーキを食べさせる。

苦い顔で咀嚼していたが段々と眉間の皺が無くなっていく。


「……美味しいな」


小さく呟かれた言葉に良かったと本音を溢す。

勢いよくこちらに振り向いたレオンスに「アリアが作ったのか?」と問われて頷いた。


「それなら先に言ってくれ。嫌な顔をしてしまった」

「ウラリーがお世辞なしの本音が聞けると言ってくれたので」

「……全部食べる。寄越せ」

「さっきまで嫌そうにしていたのに」


揶揄うように言うと目を逸らされる。

美味しいと言ってくれたし、全部食べてくれると言うならあげても良いだろう。くすくすと笑って「食べさせますか?」と尋ねと大きく頷かれる。


「時々で良い。こうして菓子を作ってくれるか?」

「レオが望むならいつでも作りますよ」

「それは駄目だ。毎日望みそうだからな」


嬉々としてケーキを食べるレオンスに「それは困りますね」と笑いかけた。


甘い物嫌いの皇帝は皇妃の作る菓子だけは嬉しそうに食べる。

その噂は一週間も掛からず広まることになるのだった。

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