第9話 財務官の呼び出し②

庭園の四阿に向かうと先に来ていたアベルが立ち上がり頭を下げる。

彼と会うのは披露宴以来だ。

財務大臣とはよく顔を合わせるが一介の財務官と顔を合わせる機会は滅多にない。

私もレオンスのように皇城に勤める人達と交流を深めた方が良いのだろうか。

ただ皇城に勤める人の七割は男性。嫉妬深い彼が許可を出してくれるとは思わない。


「お待たせ致しました、ラファル伯爵」

「いえ。こちらこそ急に呼び立てしまい申し訳ございません」


本来なら臣下からの呼び出しに応える必要のない。ただ申し込みの手順を踏まれているとなるといくら皇妃としても会わないという選択をするのは難しいのだ。

深くお辞儀をして物腰柔らかに話すアベル。一見すると親しみを持てる存在だけど身から溢れ出る邪心を隠し切れていない。今後関わることはないだろう。


「座りましょうか」


私が先に座り、視線で合図を送るとアベルはもう一度礼をしてから私の前に座る。

イザベルは執務室での穏やかな表情を隠し、獲物を狙う鷹ように鋭い目付きで彼を見下ろす。居心地の悪さを感じてそわそわする姿は大物の器ではないだろう。

早く終わらせて昼食にしようと思いながら「それでお話とは?」と話を切り出す。


「実は皇妃様に贈り物がございまして」


またかと溜め息を吐きそうになる。

呼び出しを受けた時点で薄々気が付いていたけど随分と私を見くびっているらしい。

ちょっとした茶番劇に付き合ってあげようと「そうなのですね」と笑顔を見せてあげる。気を良くしたアベルは側に置いてあった包みを机に置く。中から姿を表すのは紺色の細長い宝石箱。私の前にそっと差し出して蓋を開ける。

姿を現したのは小粒のエメラルドに囲まれるように嵌った大粒のダイヤモンドの首飾り。職人が丹精込めて仕上げたのだろう精巧な作りとなっている。値を付けるとなると平民の稼ぎ五年分くらいだ。

皇妃に贈る物であったとしても個人で贈るには高価過ぎる。


「こちらはラファル伯爵からの贈り物ということでよろしいでしょうか」

「ええ、ご結婚のお祝いとしてお納めください。皇妃様によくお似合いになられますよ」


揉み手をしながら張り付いた笑顔を見せるアベル。

これを貰う意味を理解していない能無しの皇妃と思われているのだろうか。非常に不愉快な話だ。

感情全てを隠す微笑みを彼に向ける。こちらが乗ってくれると思ったのだろう一瞬悪い表情を見せたのが運の尽きだ。


「結構です」


笑顔から無表情に切り替えて答える。

面食らった表情を見せたアベルは居心地悪そうに首飾りの箱を閉じ、包みに戻す。

話は終わりだというのになかなか退去しない彼を冷たく睨み付けると慌てた様子で立ち上がった。


「ほ、本日はこれで失礼致します。貴重なお時間を頂きましてありがとうございました」


足早に去って行くアベルはこちらが見ていないと思っているのか「やり辛いな」と顰めっ面になっていた。

疲れたと脱力すると後ろから労いの言葉をかけられる。


「お疲れ様でした。すぐに昼食の用意をさせましょう」

「ここで食べるとウラリーに伝えてくれる?」

「畏まりました」


イザベルは礼をすると離れたところ待機していたウラリーに指示を出す。

それにしても白昼堂々と賄賂を渡そうとするとは思わなかった。おそらく財務大臣に後押しをお願いしたかったのだろうけどやり方が杜撰過ぎる。

本気で私が受け取ると思っていたのだろうか。教養がない皇妃じゃないことくらいアベルも知っているはずなのに。


「ねぇ、ベル。ラファル伯爵は馬鹿なのかしら」

「はっきり言って優秀な方ではありません」


本当にはっきりと言う子だ。

私の聞き方もよろしくなかったけど。


「ウラリーから聞いた話によると彼は先代の皇妃様にも気に入られようと同じ手を使おうとしたみたいですよ」

「よく追い出されなかったわね」

「仕事は出来ませんが利用は出来ます」


どうやら金蔓になりやすいアベルを餌に悪事を考える者を釣り出しては裁いていたそうだ。彼自身は賄賂を贈ろうとすることしか出来ないので放置されていたらしい。

その考えは理解出来なくもないが賄賂を渡そうとする時点で切り捨てた方が良いと思ってしまう。


「今日のところは気に入ってもらう為の挨拶といったところでしょう」

「今後会うつもりはないわ」

「そのように手配しておきましょう」


ウラリーが食事を運ぼうとしたその瞬間、目の前に現れたのはレオンスだった。

今日は帝都から離れたところに出向いて夜まで戻ってこない予定なのに。

どうして?と疑問に思っている間にイザベルもウラリーも離れたところに言ってしまった。


「アリア、碌でなしがお前に会いに来たと報告があった。大丈夫か?」

「まさかそれだけのことで戻って来たのですか?」

「当たり前だ!」


レオンスの溺愛っぷりはよく知っているがまさか出先から転移魔法で戻ってくるとは思わなかった。

丁度お昼時だし、離れても問題はないのだろうけど向こうで対処しているレナールに申し訳なくなる。


「あれくらいなら一人でも対処出来ますよ」

「それでも心配なのだ。変な奴が来たら適当な理由を付けて会わなくて良い」


隣に腰掛け抱き寄せてくるレオンス。特に怖い思いをしたわけじゃないが彼の腕の中はやっぱり安心する。

背中に腕を回して見上げるとキスを落とされた。


「早く戻ってください」

「嫌だ。折角だから一緒に昼食にしよう」

「レナールが困ってますよ」

「問題ない」


問題ありまくりだ。

ただ今のレオンスを追い返すことは出来ないだろう。諦めたように「分かりました」と頷いた。

賄賂じゃないがレナールには労いの品として高級ワインを贈った。

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