第7話 訓練中の夫
訓練場の入り口に到着する。かなりの広さを誇っているのは軍に所属する人数が多い為だ。
一部の貴族からは維持費用が無駄だという声も上がっている。またいつ大規模な戦争が起こるかも分からないのだから無駄じゃないというのに。
平和呆けしているのよね。
圧倒的な強さを持つレオンスが国を治めている今の帝国は平和そのものだ。抱えている問題は多いけど大きく国が傾くほどのものはない。だからこそ軍の必要性を疑っているのだろうけど。
油断していると隙を突かれるということをもっと自覚した方が良い。私がそれを言っても「皇妃様が出しゃばる事ではありませんよ」と馬鹿にした目を向けてくるのだろう。
いつか目に物見せてやるわ。
「今日レオ様がいらっしゃるのは?」
「模擬戦闘用の訓練場です」
訓練場の内部はそれなりに複雑で五十を超える建物が用意されている。模擬戦用の訓練場の他に魔法、剣、弓、体術など分かれて訓練が出来るように設備が整えられているのだ。
流石は世界最強と呼ばれるだけはある。平和呆け国家であるアルディ王国の訓練場とは訳が違う。
全てを見て回りたいところだけど今日は時間がない。今度予定を調節して見学させてもらおう。
辿り着いたのは丁度中央に位置する訓練場。模擬戦用ということもあって円形闘技場の建物になっている。
「凄い歓声ね」
中から聞こえてくるのは野太い歓声。おそらく騎士達の発しているものだろう。時間的に訓練はそろそろ終盤。まだ元気が有り余っている様子でなによりだ。
近付けば近付くほど熱気と喜悦がこちらに届く。
「今日の模擬戦は陛下が参加していますからね。皆、張り切っていらっしゃるのです」
レオンスを慕っているのか、それとも実力を見せて一目置かれたいのか。どちらもあり得る話だ。
レナールに案内を受けたのは訓練場を見渡すことが出来る上部の観覧席だった。
この訓練場は騎士達の昇任試験を行う際にも使用される。そして今座っている席は総司令官レオンスを始めとする肩書き持ちが騎士達の実力を見定める時に座る場所だ。太陽の光が照りつける模擬戦が行われている場所と違って日差しが当たらず快適な空間となっている。
着席するとレナールが斜め後ろに立つ。下を見ると丁度一人の若手騎士がレオンスに負かされたところだった。負けてしまったが笑顔で礼をする若手騎士。邪心はなく純粋にレオンスを慕っている様子が窺えた。
周りで控えている騎士達が彼に送る視線は尊敬や憧憬が込められている。
「レオ様は慕われているのですね」
「ええ。強く優しく、そして皆の前に立ち導いてくださる存在です」
多くの騎士達に尊敬されているレオンス。遠くではあるが凛々しい横顔に頬が緩む。
新しい彼を知るたびに喜びでいっぱいになる自分の単純さに呆れてしまう。
きっと近いうちに彼への気持ちをはっきりさせられる。そんな気がした。
「次は誰だ!」
期待に胸を膨らませていると一際大きな声が訓練場に響いた。レオンスの声だ。大きな声で返事をして一歩前に出てくる騎士に向き合う。
一見すると全身の力が抜けているように感じられるけど攻撃を与える隙がないレオンス。それが相手の騎士にも伝わっているのだろうなかなか踏み込まない。
気合いで満ちた声を上げ、レオンスに向かって走り込む騎士だったが簡単にいなされてしまう。剣を弾かれ、身体が大きく傾いた。倒れそうになるのをどうにか堪えるが力の差は一目瞭然だ。
「レオ様は剣もお得意なのですね」
レオンスの強さは知っているが剣を持って戦う姿を見るのはこれが初めてだ。独り言のような問いかけにレナールは「ええ、陛下は戦闘に置いて隙がないのです」と答えてくれる。笑顔を見るに主人が褒められて嬉しいのだろう。
レオンス達に視線を移すと騎士はめげずに彼に立ち向かって行った。大振りされた剣は簡単に薙ぎ払われ、そして遠くに飛んでいく。それを取りに行こうとレオンスに背を向けた瞬間、あっさりと首元に剣を押し当てられてしまう。
敵に背を見せるのはよろしくない。負けて当然だ。
降参として両手を挙げる騎士から剣を外したレオンスは徐にこちらを振り向いた。
厳しい顔付きは一瞬で緩み、満面の笑みを浮かべる。
総司令官として威厳なしの顔を見せて良いのだろうか。
「アリア!」
大声で私の名前を呼ぶレオンスに手を振り返すと彼は騎士達の方に振り返った。
「妻が迎えに来てくれたので今日の訓練はここまでとする!今日の戦いの反省を生かし、次こそは私に勝てるように努めよ!」
それだけ言うとレオンスは転移魔法でこちらまでやって来た。相変わらず満面の笑みで駆け寄ってくる彼は人目も憚らず抱き着いてくる。
レナールに助けを求めようと見るが既に姿がなかった。気遣ってくれたのだろうけどこの場合は残っていて欲しかったのが本音だ。
「離してください」
「駄目だ、わざわざ迎えに来てくれたのだろう?」
「それもありますけど騎士達が見ていますし…」
「むしろ見せつけてやろう。アリアは私の妃であると教え込まねばならないからな」
みんな知っていることですよ。
そう思うが言ったところで話してくれないのだろう。
騎士達を見ると顔を真っ赤にして照れている人、信じられないと呆然としている人、こんな皇帝を見たくないと顔を背ける人。色々な反応が見られた。
これで良いのだろうかと思うが不仲を疑われても嫌なのでレオンスの背中に腕を回すと下から野太い歓声が上がる。
訓練中より声大きい気がした。
「レオ様、目立ってしまうのでさっさと昼食に行きましょう」
今でも抱擁を見られているわけにもいかずデレデレした様子のレオンスの手を引っ張った。
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