第4話 魔力の強さの問題
「アリア」
執務室で待っていると扉から笑顔を覗かせたのは母セレストだった。お昼過ぎに来ると言っていたけど早めに到着したらしい。母を案内してくれたウラリーにレオンスに渡す書類を託してから二人で中に入る。
「早く着いちゃってごめんなさい。邪魔じゃなかったかしら」
「いえ、丁度一段楽したところだったので大丈夫ですよ」
紅茶を用意しようとしていると母が「ソファ変えたのね」と言ってくる。
昨日ここでした行為のせいでソファが使い物にならなくなった為、急遽変えてもらったのだ。
ウラリーからは「仲良くするのは良いですけど物を駄目するのはやめてください」と小言を貰った。
ちなみに反省しなかったレオンスは「壊れ難くて防水加工のある物だったら駄目にならなかった」と余計なことを言ったせいで長時間説教を受けたらしい。
「どうして変えたの?」
「前のは駄目になってしまって…」
「ふーん…」
駄目になった理由は恥ずかし過ぎて言えない。
誤魔化すように笑うと意味あり気な視線を送られてくる。母の表情は楽しそうなもので若干の居心地の悪さを感じ始めた頃、衝撃の一言を送られた。
「いくら仲良しといっても執務室でするのはどうかと思うわよ」
危うく淹れたばかりの紅茶を吹き出すところだった。
頑張って飲み干したけど気管に入って咽せる。咳き込む私の隣に移動して背中を摩ってくれる母は「適当に言ったのだけど正解しちゃったのね」と笑顔で追撃を喰らわせてきた。
本当にいい性格をしている。
「陛下とは毎晩仲良くしているの?」
なにが悲しくて母に夫婦の営みについて話さないといけないのだ。
ちゃんと仲良くしているのか心配する気持ちもあるだろう。しかし揶揄う気満々なのが笑顔から伝わってくるので答え辛い。首を縦に振ると「陛下の相手は大変そうよね」と笑われた。何故レオンスの相手が大変だと分かるのだろうか。
「どうして大変だと…」
「陛下の魔力が強いからよ」
母の言葉に納得してしまったのは閨教育の際に習ったことが関係している。
どういうわけか魔力と性欲は密接な関係にあるらしく魔力が強ければ強いほどそれだけ性欲も強くなってしまうそうだ。基本的には男性に起きる現象だけど稀に女性でもそうなる人がいるらしいが私は違う。
ある一説によると普段使われない有り余った魔力が解放を強請って性欲に変わっているらしいがおそらく事実なのだろう。
大量に魔力を消耗すると性欲も枯れる。
結婚後に話を聞いたがレオンスはわざと魔力を大量消耗することで性欲を紛らわせていたと言っていた。
彼の魔力を考えるとかなり大変な行為だ。今は私がいるから魔力を消耗することなくなったみたいだけど。
代わりに私の体力が根こそぎ奪われているのよね。
「魔力が強い人を相手にするのって大変よね」
遠い目をする母は父を思い出しているのだろう。
レオンスには劣るが父も魔力が強い人だ。母も大変なのだろうなと紅茶を口に含む。
「男性側も大変な思いをしていますからね」
「女性だって魔力が強いと大変じゃない」
魔力が強いと男性は性欲が強くなる。そして女性の場合は子が出来難くなるのだ。
爵位が高い人は魔力が強い傾向にある為、高位貴族であるほど子供の人数が少なくなるのだ。
エクレール公爵家も実子は兄だけ。皇帝であるレオンスに兄弟が居ないのはその為だ。
絶対に妊娠しないというわけじゃないがなかなか子を身篭らないことで焦って心を病む女性がそれなりに居るのが世界中で問題になっている。
いつか解決するような特効薬が出来たら良いのだけど魔力解明が進みきっていない現段階では無理だろう。
「先代の皇妃様もレオ様を身籠るのに七年かかったと聞きました。私は彼女よりも魔力が強いですから…」
「アリア」
それ以上は言うなという鋭い視線を飛ばされる。
「すみません…」
「今から悩んでも疲れるだけよ」
「はい」
魔力の強さに感謝することは多いが結婚した身で考えると素直に喜ぶことが出来ない。
今はなにも言われなくとも数年経てば私のことが気に入らない貴族から非難を受けることになるだろう。
そしてレオンスに妾を娶るように進言を始める。
絶対に身籠りますと言い返せないのが歯痒いところだ。
「まぁ、二人の仲良しっぷりを聞くと案外早く出来るかもしれないわよ」
「経験談ですか?」
「そうよ」
へらりと笑う母は魔力が強い人だけど予想よりも早く兄を身篭った。その事実は勇気付けられる。
今のところは、だけどね。
なかなか子を身篭らなかったら母のこともあって私は酷く焦るのだろう。
心を強くするところから始めた方が良いかもしれない。
「それにアリア達はまだ新婚なのだから今は二人で過ごす時間を大切にしなさい」
「そうですね」
安心させるような微笑みに自然と頰が緩んだ。
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