第88話 お持ち帰りされた

夕方になりやってきたのは目的地であった皇族の墓場だ。


「ここがレオのご両親が眠っている場所なのですね」


多く並ぶ墓の中で一番新しい墓の前に立って呟く。

隣に立つレオンスは穏やかで優しい面持ちで大きく頷いた。

皇妃様が好きだった百合の花束をそっと供える。


「父上、母上、紹介します。私の妃アリアーヌです」


肩を抱きながら両親に紹介してくれるレオンス。

彼から一度離れると深く腰を折る。いつかに皇妃様に褒めてもらったことがある淑女の礼だ。

もう二度と褒めてもらうことは出来ないがきっと穏やかに笑ってくれているだろう。

私の願望だけどね。


「お久しぶりございます、アリアーヌでございます。この度はお二人のご子息様レオンス様と結婚させて頂いたことをご報告に参りました。まだまだ未熟者ではございますが末永くレオンス様を支えていくことをお二人に誓います」


きっと二人から見た私は未熟者で頼りない人間だ。

今は不安しかないだろう。それでもいつかは皆に認めてもらえる皇妃となってみせる。

二人が安心して国を任せられるような立派な妃となってみせよう。


「私、頑張りますからね」


レオンスを見て笑うと「無理をするのは禁止だからな」と頭を撫でられた。注意をするくせに嬉しそうな笑顔を向けられ胸が高鳴る。


「そろそろ帰るか」


レオンスのご両親に挨拶を終えると彼に言われるので首を横に振ってまだ帰りたくないことを伝える。


「帰る前に少しだけ景色を見て行っても良いですか?」

「ああ、勿論だ」


高い丘から帝都を眺める。

皇城から見た家の明かりで輝いた帝都は見惚れるほど美しさを誇っていたが丘から見る夕日に照らされた帝都は愛おしく感じられる。

同じ場所を見ているはずなのに見る場所、見る時間で全く違う姿に感じられるのだから不思議なものだ。


「初代皇帝の崩御した際に彼の妃であった女性がここに墓を建てたのが始まりだそうだ」


ぼんやりと景色を見つめていると隣に立ったレオンスに声をかけられる。

肩を抱かれて彼の身体に寄り添いながら言葉を紡ぐ。


「亡き夫に、皇帝陛下に帝都を見守り続けて欲しいと願ったのですね」

「一般的にはそう言われているが初代皇妃が残した手記によると違うみたいだ」

「そうなのですか?」


見上げると鼻を摘まれて「今は二人きりだ、敬語を外せ」と言われてしまう。

皇族の墓場に入って来られるのは皇族と墓守と決まっている。

年に一度、初代皇帝が崩御した日だけは国民が入れるように開放されているが今日は誰も訪れない。

墓守にも来ないように指示してある。


「分かったわ。それで初代皇妃が残した手記にはどう書かれていたの?」

「初代皇妃が見守って欲しかったのは国じゃなくて自分自身だったらしい」


驚いたが納得出来ない答えじゃない。

共に国を築き上げた愛する人を失ったのだ。初代皇帝が亡くなった時の皇妃は誰にも理解することが出来ないほど深い悲しみに見舞われたはず。

見守って欲しいと願うことは悪いことじゃない。


「初代皇妃は強い人だったと評判の人だったらしい。皇帝が居なくなった後も弱い部分を見せず最期の瞬間まで誇り高く生き続けたそうだ」

「ええ、習った事があるわ」


フォルス帝国の初代皇帝と皇妃の話は有名だ。

二人が残した数々の武勇伝は広く語り継がれており貴族であれば誰でも知っていることだろう。


「皇妃は酷く弱い人だったのに隠し続けた。弱さを見せる相手は愛する夫だけと決めていたらしいからな」


初代皇妃にとって皇帝は心から寄り添うことが出来た相手だったのだろう。

仲が睦まじかったからこそ二人で多くの功績を残すことが出来たのかもしれない。

羨ましさを感じていると「初代皇帝と皇妃には皇族しか知らない逸話が残っているんだ」と言われる。

首を傾げるとレオンスはくすりと笑って額にキスを落としてきた。


「初代皇妃は今は存在しない国の姫だったそうだ」

「そう、なの?」

「姫であるにも関わらず望まれない子であった彼女は家族に嫌われていた。そして追い出されたんだ」


どこかで聞いたことがあるような話ね。

初めて初代皇妃に親近感が湧いたわ。

そう思っているとレオンスは楽しそうに笑って「ここからが面白いところだぞ」と言ってきた。

話の流れは予想は出来るけど黙ってレオンスの話に耳を傾ける。


「追い出された姫は森の中を彷徨っていたらしい。そして小さな国を建てた王と出会ったんだ」


もう分かるだろと見つめてくるレオンスにくすりと笑って頷いた。


「捨てられた姫は王にお持ち帰りされたのね」

「そうだ、面白い話だろう」

「ええ、とても素敵な話だと思うわ」


抱き締めてくるレオンスの背中に腕を回して答えると二人で笑い合った。


「私達も長く語り継がれる皇帝と皇妃になれるはずだ」

「なれるように頑張りましょう」


どちらともなくキスを交わす。


祖国を追い出され隣国の皇帝にお持ち帰りされた私の話はここから始まるのでした。

**********

これで婚約者編終わりです。

十話程度で終わらせるはずが予想以上に長くなってしまいました。


次回からは新婚旅行編です。

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