野々市市侵攻20


 長谷部氏から提案された約定の日。


 俺は野々市市役所を囲う形で配下たちを展開させた。


「約束は守られると思うか?」

「どうでしょうかぁ? マサコ先生が言うには信用出来る人らしいですけどぉ」

「長谷部氏が信用出来ても、長谷部氏が信用した人の信用度は別問題だ」

「人は簡単に約束を破りますからねぇ」


 俺以上に人間不信のカノンが深く首を縦に振る。


「まぁ、成功したら儲けものってところで備えておくか」

「はぁい」


 ――総員、作戦の最終確認を行う。


 ――リナ部隊は、赤い旗を掲げて投降してくる人類を保護せよ!


「承知した!」


 ――ヒビキ、アイアン部隊は追撃を仕掛けてくる人類を迎え撃て!


「畏まりました!」

(是)


 ――クロエ、レイラの部隊は俺を守護しつつ、門の外にいる人類を掃討せよ!


「この命に替えても!」

「シオン様には指一本触れさせません!」


 ――残りの全部隊は野々市市役所になだれ込め! 今日中に決着を付けるぞ!


「「「おぉー!」」」


 タカハル、レッドの部隊を中心に地を揺るがす雄叫びを上げる。


 ――注意事項を報告する。交戦する意志のない者への攻撃を禁止とする! 交戦する意志のない者は地に座るように呼び掛ける……それ以外は全て敵対する意志ありと見なせ!


「「「おぉー!」」」


 ――最後に、今回の話――投降が虚偽だった場合、全ての人類を蹂躙せよ! 俺たちの――【カオス】の本質を人類に叩き込め!


「「「うぉぉぉおおおお!」」」


 ――これより、作戦を開始する!


『我が名はアスター皇国のシオン! 盟約に従い、愚かなる指導者安藤英也、香山沙織に囚われし同胞を解放のため参上した! さぁ、同胞よ! 今こそ立ち上がれ! 我と共に自由を勝ち取るぞ!』


 俺は拡声器を用いて野々市市役所内部に潜む内通者たちに武装蜂起を促した。


 さぁ、どうなる?


 人類は俺の呼び掛けに応えるのか? 期待と不安が入り交じった感情を抱きながら、野々市市役所を覆う壁の門を見る。


 5秒経過、10秒経過……30秒経過……1分経過……。


 1分がこれほど長いとは……。時間を確認していなかったら、人類への失望から総攻撃を仕掛けていたかも知れない。


 ……3分経過。


「……カノン。これは失敗か?」

「んー……もう少しだけ様子を……あ!?」


 焦れる俺がカノンに声を掛けた、その時――


 固く閉ざされていた野々市市役所を覆う壁の門が開放され、無数の人類が飛び出してきた。


 どっちだ?


 目的は迎撃なのか……或いは投降なのか……


 先頭を切る人類の手には――武器が!


 失敗か……。


「総員、攻撃を――」


 総攻撃の合図を仕掛けようとした、その時――


 後続の人類は大きな白い旗を振っており、武器を手にした人類が何かを叫んでいる。


「お、お前たち……何のつもりだ!」

「我々は長谷部先生の呼び掛けに応え、アスター皇国に投降する!」

「あんなガキ共に俺たちの命は預けられない!」

「ま、待て! お前たち正気か! 敵は怨敵――魔王シオンだぞ!」

「うるせー! 魔王上等! 『金沢の賢者』、いや『金沢の愚者』よりよっぽど人情味があるわい!」

「お、落ち着け……敵の讒言に惑わされるな!」


 門の前は、意志の異なる人類たちにより大混乱に陥っていた。


 ――総員、作戦を開始せよ!


 俺は配下たちに作戦の開始を告げる。


『長谷部氏の同胞諸君は武装を放棄し、赤い旗印の軍勢に集え! 武装した者は敵対する意志があると見なし、攻撃を仕掛ける! 野々市市役所に残された同胞諸君に告ぐ! 投降する意志のある者は武装を放棄し、その場で座り込め! 立っている者は敵対する意志があると見なし、攻撃を仕掛ける!』


 俺の言葉に応える形で振られた赤い旗へと、多くの人類が殺到する。


『総員! 同胞を守れ! 野々市市役所の同胞たちを解放するぞ!』


「「「おぉー!」」」


 正義は我にあり! と言わんばかりに、『同胞』、『解放』の言葉を強調。配下たちは異なる意志が混ざり合う、混沌と化した野々市市役所へと押し寄せるのであった。



  ◆



 3時間後。


 5万人を超える人類が投降の意志を示した。


 リナ、クロエ、レイラ部隊を除く全ての配下は、野々市市役所の内部へと侵攻。仲間の裏切りは想定外だったのか、人類たちは浮き足だっており、圧倒的優位な状態で各フロアの制圧に成功していた。


 俺は最前線をひた走るタカハルの視点をスマートフォン越しに確認。


 1Fはすでに制圧。残りは2Fと3Fのみ。


 多くの人類は地に尻を着け、投降の意志を示している。


 そろそろ頃合いか……?


 ――コテツ、3時間以内に制圧することは可能か?


「可能ですじゃ」


 直接語りかけた言葉に、コテツが答える。


 ――これより《統治》を行う! 3時間以内に制圧せよ!


 ――《統治》


 俺は目を瞑り、地面に右手を翳して念じる。


 地面は揺れ動き、翳した右手の先には周囲の空間を呑み込むような直径30cmほどの黒い渦が発生。


 スマートフォンの画面には見慣れた文章が表示される。


『《統治》を開始しました』


『有効範囲内にいる敵対勢力に《統治》を宣言しました』


『180分以内に有効範囲内にいる全ての敵対勢力を排除して下さい』


『Alert。有効範囲内に敵対勢力の存在を確認しました。直ちに排除して下さい』


『有効範囲内の地図を表示しますか? 【YES】 【NO】』


 立て続けにスマートフォンの画面に流れるメッセージ。


 石川県に残る最後の人類に対して《統治》を仕掛けたのであった。

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