Episode9

今後の戦略


 県北を統一してから1週間が経過した。

 環境の変化に戸惑いを見せていた領民も生活が落ち着いた頃――


「困ったな……」


 俺は目の前に広げた地図を見ながらため息を吐いた。


 当初の予定はインフラの整備と侵略を同時侵攻で行う予定であったが――


 かほく市

 海■■■■■■■△☆ 

 海■■■■■■■☆△ 富山県小矢部市・砺波市

 海☆☆☆☆☆☆☆☆

 海☆☆☆☆☆☆☆☆  ■=シオン △=小矢部市の魔王

 海●●●☆☆☆☆☆  ☆=人類  ●=県南の魔王

 海●●●●●●☆☆

 海●●●●●●●●

 小松市・加賀市


 石川県で生き残っている魔王は、金沢市の半分を支配し、その後北上して県北を統一した俺を除けば、小松市から始まり周辺を取り込み、県南を統一した魔王――カオルのみとなっていた。他にも有象無象の魔王も残ってはいるが……いずれ人類かカオルの手に掛かり呑み込まれるだろう。


 石川県を統一するための最大の障壁は魔王カオルなのだが、俺の支配領域と魔王カオルの支配領域を両断する形で金沢市の南部と白山市の一部を人類が支配していた。


 生き残っている人類の数は推定30万人。支配している土地の面積はおよそ200k㎡。『金沢の聖女』と『金沢の賢者』と呼ばれる二人の男女が中心となって、対魔王の組織を形成していた。


 人類の土地を支配する手段――《統治》と言う仕様からも、生き残った人類との争いは激しいものになると想定された。


 先に戦う相手が魔王カオルなら――支配領域を1つずつ侵略して徐々に相手の力を削ると言う戦略も取れたが……《統治》となると半径3km以内の敵対する人類を全て排除するのが条件となり、難易度が格段に上がってしまう。


 石川県の統一というこだわりを捨てて、富山県の小矢部市を侵略すべきか?


 俺は地図上に表示された小矢部市を指でなぞる。


 ダメだな……。小矢部市方面に支配領域を広げると俺の領土の形が不格好になってしまう。形が不格好になると言うことは……敵に隣接する支配領域の増加を意味していた。


 侵略するなら、七尾市と中能登と面している富山県氷見市がベストか?


 しかし、そうなると……富山県の人類を敵に回してしまう可能性が生じる。


 現在、人類の対魔王組織を運営している母体の多くが自治体だ。中には企業や極道、学校や宗教などの場合もあるが、どの組織が母体になっていても共通していることが一つだけある。それは、強烈な地元意識だ。縄張りと言い換えてもいい。富山県内の支配領域を支配する程度なら大丈夫かも知れないが……《統治》を仕掛ければ、金沢市の勇者だけなく、富山県の勇者も激しい憎悪を抱いて敵対してくる。


 最悪を想定するなら、富山県の人類の侵略に連動して石川県の人類が侵略。その隙を狙って魔王カオルが白山市や金沢市に侵略を仕掛ける。


 この最悪な事態だけは、絶対に避けなければならない。


 しかし、誰かと戦わないと成長は止まる……。


 主力部隊には経験値重視でゆっくりと氷見市の支配領域を侵略。好機が訪れるまでは、インフラの整備に注力。


「こんな感じでいいのか?」


 俺は頭の中に組み立てた行動方針をシミュレーションしながら、独り言を呟くのであった。



 ◆



 やるべきことは目白押しだ。


 まずは、内政と関係のない侵略から片付けるか。


 俺は事前に呼び寄せていたカノンとヤタロウを交えながら、侵略部隊の再編成を行うことにした。


「はぁい! 私が板書をやりますねぇ!」


 カノンはノリノリでマジックペンを持ちながらホワイトボードの前を浮遊する。


「俺の言うとおりに板書してくれ」

「はぁい」

「まずは防衛――」


 カノンは「防衛っと……」と言いながら、ホワイトボードに言われた通りの言葉を板書し始める。


「ヤタロウ、イザヨイ、サブロウ――カノン」

「ヤタロウさんとぉ、イザヨイさんとぉ、サブロウとカノ――え? わ、私ですかぁ?」

「シオン、セタ坊は取り上げかのぉ?」


 サクッと決まるはずの防衛組からいきなり、物言いが入る。


「カノン」

「は、はい」

「知識Aを目指して、真剣にレベル上げに励め」

「は、はいです!」


 カノンの存在――知識Bのカノンがいなければ、今の俺はいないだろう。それ程までに、俺はカノンの存在に助けられていた。しかし、知識でアドバンテージを取れる時期は過ぎ去った。今後も勝ち組として生き残る為には、カノンの知識をAランクにするのは必須事項であった。


「ヤタロウ。セタンタ抜きだと防衛はきついのか?」

「そ、そういう訳ではないが……セタ坊の存在は大きいのぉ」

「代わりの人員を補充する」

「カノン嬢以外にか?」


 俺の言葉を受けてヤタロウはカノンを見ながら尋ねる。


「カノンじゃセタンタの代わりは務まらないだろ? 代わりの人員は――俺だ」

「ほぉ……。そうなると、儂もお役御免かのぉ?」

「いや、防衛の指揮はヤタロウに任せる」


 当面、《統治》の予定はない。ならば、俺は内政の確認をしながら支配領域内で防衛をして経験値を稼ぐのがベストだろう。俺自身もレベル19――創造か錬成のAランクを早期に目指す必要がある。俺自身が防衛の前線に出ることが多くなるのであれば、防衛の指揮はやはりヤタロウのままの方が都合は良い。


「いきなり波瀾万丈の展開なのですよぉ」

「ふぉっふぉっふぉ。シオンは国を興すのじゃ。これも改革の一部かのぉ」


 カノンは落ち着きなく飛び回り、ヤタロウは好々爺の笑みを浮かべる。


「お次は――」


 俺はカノンに次なる板書の指示を出した。


 【アタッカー(近)】(8名)

 リナ、コテツ、タカハル、セタンタ、ブルー、レッド、ルージュ、カイン


 【アタッカー(遠)】(6名)

 サラ、クロエ、ダクエル、クレハ、レイラ、フローラ


 【タンク】(4名)

 ヒビキ、アイアン、アベル、ノワール


「主力となる眷属は18人か……」

「コテツ殿の弟子は加えぬのか?」


 ホワイトボードを眺めながらうなり声をあげる俺にヤタロウが質問を投げかける。


「志望者を募れば集まるだろうが……まずは、防衛を任せたいと思う」

「ほぉ」

「自分の家族や領民を守ることをモチベーションに戦闘に参加させる。当面は、侵略してきた魔物関連を専門だな。同時に、創造した配下と共に防衛させることで連携……違うな? 魔物との間の心の隔たりをなくす。その後、めぼしい奴がいたら侵略メンバーだな」


 俺は珠洲市役所の戦いで配下にした人類の扱いを伝える。


 人類の扱いには細心の注意が必要だ。強制的な命令が出来るとは言え、心は縛れない。リナのように一人で選択肢もなく配下になったのであれば、強引な運用も可能だが……多くの同胞と一緒に配下になった人類は慣らし運転が必要だ。


 最近は眷属化や《統治》によって魔王の配下になった人類は全国各地に存在する。当然、命令で縛られ最前線で戦わされる人類も多いのだが――その場合は、人類のプロパガンダによる多大な風評被害を受ける。そうなると、今後の《統治》に大きなマイナス面が生じてしまう。


 あくまで自発的に、参加していると喧伝する必要があった。


 そうなると、積極的に運用出来る人類は――リナと、リナの祖父であるコテツのみとなる。


 敵になっても、味方になっても……人類というのは俺の頭を悩ませる存在だった。

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