珠洲市役所への侵攻10


 拠点の創造は完了した。イザヨイたちには防衛の指示を下してから、部屋で一息付いていると、スマートフォンが着信を告げる電子音を奏でた。


 スマートフォンの画面に表示された発信者は――リナだった。


「お疲れさん。どうした?」

『シオン。直接会って伝えたい話がある。今から行ってもいいか?』

「問題ない。部屋で待っていればいいか?」

『助かる。では、5分後に』


 簡潔な内容だけを告げられ、通話は終了する。


 直接会って伝えたい話……? 何だ?


「誰からですかぁ?」


 当たり前のように俺の部屋に待機していたカノンから声を掛けられる。


「リナからだ」

「リナさんですかぁ? 珍しいですねぇ」

「だな」

「何かあったのでしょうかぁ?」

「どうだろうな……。直接会って伝えたい話があるらしい」

「――!? 直接会って伝えたい想いですと……!?」

「想いじゃなくて、話な」

「明日から繰り広げられる激しい戦い……! 死地へと向かう……男と女!」

「……おい」

「そして、彼女は気付いたのです!! 心に秘めた彼への想いを……!」


 突然、暴走し始めるウザさ100%の虫――カノンは、演劇のように大袈裟に飛び回り、手を胸に当て、天を仰ぎながら暴走する。


 リナの見た目は悪くない。性格は仲間想いで優しいし、剣の腕も抜群だ……。


 なるほど。そういうことなのか……! 苦節20年。彼女いない歴=年齢のこの俺に初めて……! ん? 待てよ? 俺は人間だった頃の他者の記憶を全て奪われている。ひょっとしたら、彼女がいたのかもしれない! ならば、彼女いない歴=年齢という考えは否定すべき――


 カノンの暴走にあてられて、俺も妄想の海へとトリップしていると……


「……シオン? 大丈夫か?」


 部屋の入口には、俺の彼女……もとい、配下のリナが立ちすくんでいた。


「だ、だ、大丈夫だ! は、早かったな……」

「何か用事があるなら、私の話は後でも――」

「いえいえいえいえ! シオンさんに用事はないですよぉ! ふっふっふ……私はこう見えて、空気が読める妖精ですからぁ! 後は、若い2人に任せて……失礼するのですぅ!」


 カノンが下卑た笑みを浮かべながら、早口で意味不明な言葉を捲し立て、退室しようとする。


「いや、待て……待ってくれ! カノンにも同席して欲しい」

「ふぁ!? わ、私もですかぁ!?」

「頼む。仲間として……友人として……カノンにも同席して欲しい」

「む? わかりましたぁ。不肖カノン! シオンさんを支える参謀として、そしてリナさんの友達として! 立会人となり、同席しますぅ!」

「ありがとう」


 リナが退室しようとするカノンを制止すると、カノンも満更でもない笑みを浮かべて、同席に快諾する。


「そ、それで……話って、な、何だ?」


 俺は生唾をゴクリと呑み込み、慣れないシチュエーションに立ち向かう。


「本題を伝える前に……私の想いを先に伝えたい。私はシオンの配下だ」

「お、おう」


 上司との禁断の愛か……。俺は公私の切り替えを上手にこなせるのだろうか?


「カノンは大切な友人だ。レイラ、フローラ、ガイ、ブルー、アイアン、ダクエル、レッドは大切な仲間だ。他の眷属も配下も……仲間であると断言出来る!」

「ありがとうございますぅ。私もリナさんは大切な友達ですよぉ」


 リナの想いを聞いたカノンがだらしない笑みを浮かべる。


「この想いに偽りない! その上でシオンに伝えたいことがある――」


 リナが一呼吸置くと、俺も……そして何故かカノンもゴクリと生唾を呑み込み、続くリナの言葉を緊張した面持ち待ち構える。


「『剣聖』は……佐山虎徹は――私の祖父だ」


「……は?」

「……え?」


 リナの発した言葉は、余りにも想定から外れていた。


 俺はリナの言葉――告白を上手く処理できずにフリーズする。


「え、えっと……つまり、リナは俺をお祖父様に紹介したいということなのか!?」

「シ、シオンさん! お、落ち着いて下さい! 相手は高齢ですぅ! 失礼がないように、まずはインターネットで服装を調べましょう! て、手土産は……無難に和菓子でしょうかぁ!?」

「ふ、服装だと……!? スーツが無難か?」

「ま、待って下さい! 今、参謀として検索を……!」


 俺とカノンは恐慌状態へと陥る。


「シオン……? 落ち着いてくれ」

「リ、リナ! お祖父様の好物は何だ?」

「好物はおはぎだが……」

「カノン! おはぎはあるか!」

「領民に作れる者がいるか、至急調べますぅ!」

「シオン! カノン! 落ち着いてくれ!」


 慌てふためく俺とカノンに、リナが大声で叫ぶ。


「シオン。落ち着いて聞いてくれ。私に……お祖父様を説得するチャンスをくれないだろうか?」

「説得……? リナが1人で? 許してくれるのか?」

「許す……? 先程からシオンは何を言っているのだ?」

「ん? リナ、最初からリナの言いたいことを説明してくれるか?」


 リナと会話を交わして冷静さを取り戻した俺は、状況の整理を始める。


「『剣聖』は……珠洲市役所の人類を率いている『剣聖』――佐山虎徹は、私の祖父だ。戦いを始める前に、私に説得するチャンスをくれないだろうか?」


 リナの発した言葉を頭の中で何度も繰り返す。


 ――!


「は? ちょっと待て! どういうことだ!」


 リナの発した言葉の意味を理解した俺は、大声を上げるのであった。



 ◆



 その後、冷静さを取り戻した俺は、リナから細かい事情を聴取した。


「なるほど……。つまり、『剣聖』はリナの祖父で、陣羽織を羽織った集団は『剣聖』の道場の門下生なのか」

「お父さんとお兄さんは亡くなっていたのですねぇ……」


 リナから事情を聞いた、俺とカノンが静かに頷く。


「それで……説得のチャンスは貰えるだろうか?」

「そうだな……。説得に応じる可能性は?」

「分からない……。お祖父様は魔王を……【カオス】に深い憎しみを抱いている」

「あ!? 私もその記事は読みましたぁ。愛する家族を奪われて……って、記事に載っていましたねぇ」


 俺の質問を受けて、リナとカノンが暗い表情を浮かべる。


「仮に説得が失敗したとしよう……。リナ、お前はその後――戦えるのか?」

「……戦える。先程も言ったが、今の私はシオンの配下だ!」


 俺の質問に、リナは語気を強めて答える。


「説得ね……。ったく、そういう事情があるなら最初に話せよ」


 俺はリナの話を聞いて、ため息を吐く。


 戦争と呼ぶに相応しい戦力を準備し、大規模な戦いに備えていたのだが……。『剣聖』を説得出来る可能性があるなら……今まで準備していた作戦は台無しだ。


「僅かでもチャンスがあるなら……説得もありか」

「……本当か!」


 俺の言葉にリナが目を輝かせる。


「但し、説得が失敗したら即撤退しろよ?」

「……わかった」

「それと、その後……家族と争うことになるが、いいのだな?」

「問題ない……! シオンの配下になった日から、覚悟は決めている!」

「わかった。それなら、作戦を変更するか……」


 俺はリナの提案を受け容れ、新たな作戦を練り直すのであった。

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