Episode8

外伝 佐山虎徹①


 南の地――金沢市より侵略してきた千を超える魔物の群れ。


 金沢市、河北郡、かほく市、羽咋郡、羽咋市、七尾市、鹿島郡、鳳珠群、輪島市はすでに奴らの手に落ちた。


 奴らは、近隣の市町村のみならず同族である魔王が支配する支配領域すらも呑み込み北上を続けていた。


「さ、佐山さん……どうしますか?」


 金沢市より疎開してきた若者――今は自警団に所属している若者が震える声で儂に声を掛ける。


「師匠……俺たちはいつでもいけます! お嬢の……お嬢の仇を討ちましょう!」

「奴らは……仇です! 師範の無念を晴らしましょう!」


 血気盛んな弟子たちが使い込まれた刀を片手に騒ぎ出す。


「で、でも……噂だと降伏すれば命は助けてくれると……」

「バカヤロウ! そんなデマに踊らされるな!」

「そうだ! そうだ! 奴らと分かり合える訳がないだろ!」

「し、しかし……敵の数は千を超えると……」

「しかも、ゴブリンやコボルトとは比べものにもならない強さだとか……」

「怖じ気づくな! 俺たちが諦めたら誰がみんなを……家族を守るんだ!」


 日和見主義の人々と血気盛んな人々が口論を繰り返す。


 敵は強大じゃ。勝算は……いや、生き残れる可能性は限りなく低いじゃろう。ひょっとしたら、見聞に従い降伏したほうが幸せな未来が待っておるのかも知れぬ。


 しかし、儂の心はすでに決まっていた。


「落ち着かぬか! 愚か者どもが!」


 一喝すると周囲の者どもが押し黙る。


「戦えぬ者は珠洲奥の旅館に身を潜めよ! 戦える者は市役所に集結するのじゃっ!」 


 儂は共に身を寄せ合う人々に、命令を下す。


 息子たちの仇討ちはすでに果たされた。残る怨敵はあと一人――


 儂は宿願を――孫娘の仇討ちを果たすべく修羅の道を突き進むのであった。



  ◇



 20XX年。


 儂――佐山さやま 虎徹こてつは珠洲市の片田舎で道場を営んでおった。多くの警察官と自衛隊員を輩出した道場じゃ。


 江戸時代から続く由緒正しき道場じゃったが、息子は警察官となった。神童と呼ばれた孫も父の後を追うように警察官になり、剣の才能はあったが心が優しすぎた孫娘は剣を捨て、金沢市の大学へと進学した。


 10人ほどの門下生と、輪島市の高校と大学から来る剣道部員の生徒たち。その者たちに剣の道を教えるのが儂の日常じゃった。


 盆と正月に揃う家族とのひととき――年に二回だけ訪れる至福の時間じゃった。


 そんな儂の日常は――全人類のスマートフォンが一通のメールを受け取った日を境にコワレタ。


 世界各地に出現した不可侵地帯――支配領域は人類から多くの土地を奪い去った。


 厄介なことに支配領域は都心部に集中して発生した。結果として、多くの人類が過疎地への疎開を余儀なくなされた。


 石川県の中心都市である金沢市民の多くが珠洲市へと疎開してきた。


 支配領域が出現してから30日後――世界は更に激動した。


 ――『世界救済プロジェクト』


 『女神からの啓示』が行われたこの日。

女神から不可思議なチカラを授かったこの日。


――人類と魔王の戦争が始まった。


 支配領域の内部から人類とは異なる生命体――魔物の存在が確認されると、先に疎開した金沢市民の動きに続くように、河北郡、かほく市、羽咋郡、羽咋市、鹿島郡、七尾市、輪島市の人々も珠洲市へと移動を始めた。


 政府からの支援もあり、珠洲市に存在する多くの旅館が疎開した人々の仮設住宅として開放され、人々は身を寄せ合い慎ましい生活をしていた。


 そんなある日――


 一人の若者が――かつて神童と呼ばれた若者が、とある提案を口にした。


「○×町の支配領域を解放すれば、食料の運搬が楽にならないか?」


 ○×町の支配領域は珠洲市と輪島市を繋ぐ能登海浜道路を遮る形で存在していた。


「解放じゃと……! 支配領域の中には人々を喰らう魔物が存在しておるのじゃぞ!」


 若者の提案に珠洲市の市長が異を唱える。


「大丈夫だって、ゴブリンだったか? 後はオオカミだろ? 余裕だって」


 しかし、若者は市長の異論に対し片手を振って、余裕の表情を浮かべる。最近では、一部の支配領域から魔物が外へと飛び出し、近隣の人々を襲い、作物を荒らす被害が増えていた。


「し、しかし……支配領域の中には他にも凶暴な魔物が……」

「大丈夫だって、ニュース見ただろ? 金沢市でも支配領域が解放されただろ?」

「し、しかし……」

「大丈夫! あいつに出来て……俺に出来ない訳ないだろ?」

「うむ……しかし……」

隆史たかし! どうしても行くと言うのか?」


 自信に溢れた若者と脂汗を流す市長の会話に一人の男が割って入る。


「行くよ……。父さんも知っているだろ? このままだと食料はいずれ尽きる。ならば、今のうちに……! 余裕がある今のうちに対策を打たないと!」

「そうだな……。わかった。しかし、1つ条件がある」

「条件……?」


 若者の父親はニカッと笑うと、困惑する若者に人差し指を突き立てる。


「そうだ。俺も一緒に行く。文句はないな?」

「は? 父さんも……?」

「何だ? 俺の腕は衰えていないぞ?」

「それは知っているけど……。わかった。父さん……一緒に行こう!」

「師範! 我々もお供します!」


 多くの若者が会話を終えた親子に対して同行を志願する。


 こうして一人の若者――神童と呼ばれた儂の孫は、儂の息子でもある父親、そして儂の門下生と共に、支配領域への侵略を始めたのじゃった。



  ◆



 20日後。


 孫と息子と門下生たちは支配領域の解放に成功。


 珠洲市の人々に希望を与える英雄になった。


 儂は人々に讃えられる孫と息子と門下生が本当に誇らしかった。


 あの日以来、暗い話題が続く世界で……唯一の希望じゃった。


 しかし、そんな幸せな日が続くことはなかった――

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