vs恋路海岸の魔王②


 ガッチリとした体格にサングラスを掛けた禿頭の強面……確かに、第一印象としては『怖い』と言う表現が当て嵌まるが……。


 果たしてカエデはこの程度の風貌を恐れるだろうか?


「どうしたのですか? 来ないのですか? まさか逃げるとは――」

「貴様っ! 愚弄するな!!」


 挑発するように柔和な笑顔を浮かべる禿頭の魔王にレイラが鞭を構えて飛びかかる。


「――! いいですね! 悪くない! 悪くないですよ!」


 禿頭の魔王はレイラを迎え入れるように両手を広げて笑みを浮かべる。


「舐めるなっ!」


 レイラの振り下ろした鞭がしなやかな軌道を描き、禿頭の魔王を打ちつける。


「――ッ! ……ふふふ。いいっ! 実にいいですよ!」

「貴様っ!」


 ――レイラ! 下がれ!


 恍惚とした表情を浮かべる禿頭の魔王を見て、俺はレイラを下がらせる。


「おや? どこへ行くのですか?」


 禿頭の魔王は紳士然とした口調を崩さずに、残念そうに呟く。


 こいつの余裕は何だ……? 狙いは何だ……?


 意図が掴めない目の前の存在に……俺は不気味さを感じ始める。


「ふむ……。警戒させましたか? ……しょうが無いですね。奥の手を――」


 禿頭の魔王の不気味な宣言に、全員が武器を構えて警戒する。


「魔王ヒビキの名に於いて命じる――生ある全ての存在よ、我が肉体に酔いしれん! ――《パーフェクトボディ》!」


 ――!?


 禿頭の魔王――魔王ヒビキの全身が眩く発光。発光する光の中で、魔王ヒビキが身に付けていたチャコールグレーのスーツは弾け飛び――引き締まった肉体が姿を現わす。魔王ヒビキが身に纏っているのは、両腕に装着された無骨な鉄甲と――燃えるような真紅のブリーフのみ。


 ……恐い。と、震えるカエデの姿が脳裏にフラッシュバックする。


 《パーフェクトボディ》――初めて目にするその特殊能力は、己を発光させ……服を消し飛ばすだけの宴会芸に非ず。心の奥底から湧き出る――深き憎悪。《パーフェクトボディ》とは、俺の《威圧》と同じ効果――ヘイトコントロールを有した特殊能力であった。


「「「うぉぉぉおおおお!」」」


 真っ先に《パーフェクトボディ》のヘイトに当てられた、レッド、ノワール、ルージュの3人が鈍器を振り上げて魔王ヒビキに襲いかかる。


「はっはっ。これは当たると痛そうですね」


 魔王ヒビキは陽気に笑いながらも、巧みなボディーコントロールでノワールとルージュが振り下ろした鈍器を躱しつつ、レッドが横薙ぎにした鈍器を鉄甲で受け止める。


「……殺す!」

「参る!」

「フッ……行くぜ」


 次いで、レイラ、リナ、ガイが魔王ヒビキに襲いかかり、


「ヤルっすよ!」


 遅れてブルーが斧を片手に襲いかかり、クロエ、ダクエル、クレハの3人が無言で魔王ヒビキへと矢を射貫き、俺はフローラと共に、魔王ヒビキへと魔法を放った。


「――ッ! こ、これは……少し激しすぎますね」


 魔王ヒビキは困ったような笑みを浮かべると、大きく背後へと跳躍。片手を挙げると、森の奥から大量のコボルトとダイアウルフの群れが襲いかかってきた。


「貴様ッ! 逃げるのか!」

「はっはっ! お嬢さんご冗談を? 少し本気を出すだけですよ」


 激昂するレイラに、魔王ヒビキは余裕の笑みを崩さない。全員が魔王ヒビキに憎悪の感情を抱くも、立ち塞がるコボルトとダイアウルフに行動を阻害される。


「ハァァァアア! ――これが私の本気だぴょん!」


 吐かれた気合いと共に、魔王ヒビキの姿が変貌を遂げる。


 ――!


 ……恐怖。変貌した魔王ヒビキの姿はまさしく――『恐れ』であった。


 真紅のブリーフ姿となり、引き締まった肉体が発光したときに……震えるカエデの気持ちを理解したと思っていた……。


 ……甘かった。


 真の恐怖は想像を遙かに超えていた。


 剃り上がった禿頭に生えた――ウサ耳。


 唯一身に纏った衣服は――真紅のブリーフ。


 真紅のブリーフの後部からはフワフワと揺れる――丸い尻尾。


 ウサ耳を生やした禿頭の強面が、引き締まった筋肉を惜しげも無く露出していた。


「はっはっ。どうかしたぴょん? 私の真の姿に畏れを抱いたぴょん?」


 重低音のハードボイルドな声音のまま……語尾のみが謎の変化を遂げている。


 己の姿に恥じることなく、否! どこか誇らしげに……魔王ヒビキはポージングを決めている。


 恐い……。俺は魔王になって初めて恐怖で震えた。


 とは言え……真正面から戦えば、負ける道理はなし。


「――殺れ」

「え? アレとっすか? 正直、近付くのも――」


 ――殺れ!


 嫌がるブルーを尻目に、俺は強制的な命令権を発動し配下たちをけしかけるのであった。


 リナの振り下ろした剣がコボルトの首を跳ね飛ばし、レイラの振り下ろした鞭に打たれた魔王ヒビキが恍惚の笑みを浮かべる。


 ブルーの振り下ろした斧がダイアウルフの頭部を打ち砕き、クロエの放った矢が刺さった魔王ヒビキが艶やかな悲鳴を漏らす。


 俺の突き出したゲイボルグがダイアウルフの頭部を貫き、ガイの爪に肉体を引っ掻かれた魔王ヒビキがブルッと全身を震わせる。


 ……おい。


 あいつ喜んでいないか……?


 攻撃を受ける度に、魔王ヒビキは「……んぐ」とか「……あっ」とか……「はっはっは。まだだ! ワンモアっ!」とか恍惚の笑みを浮かべながら叫んでいる。


 禿頭、パンイチ、ウサ耳だけでも充分に個性が渋滞しているのに……更に個性が加わるというのか……。


 観察眼に優れたカエデの報告を思い出す――『御館様が求めている魔王かも……』


 俺が求めている魔王――タンクを担える魔王。


 改めて観察すると、魔王ヒビキの容貌に全ての意識を持って行かれそうになるが……瀕死になりそうな攻撃は全て躱す回避技術。リナの剣すらも受け止める巧みな鉄甲の扱い、幾本もの矢が刺さりながらも恍惚とした笑みを浮かべる耐久性。更には、ヘイトコントロールが出来る特殊能力も習得している。


 そして、一番大きなポイントは――一般的な人類や魔王と違って、敵の攻撃から逃げることがない精神力。


 確かに、俺が求めている人物像に合致した。


 色々と問題はありそうな奴だが……これだけの逸材……逃す訳には行かぬか……。


 ――全員に命じる! 魔王ヒビキを捕縛せよ!


「「「えっ?」」」


 全員が――忠誠を超えた信仰を持つクロエとレイラまでもが、信じられないという視線を俺へと送る。


 ――捕縛せよ!


 俺は再度、全員に命令を送るのであった。



 ◆



 1時間後。


 周囲には無数のコボルトとダイアウルフの死体。そして、満身創痍の魔王ヒビキ。


「ハァハァ……。私の人生もここで終わりぴょん……」


 武器を構えた配下に囲まれた魔王ヒビキが満足そうな表情を浮かべて呟きを漏らす。


「魔王ヒビキ……お前にチャンスを与える。俺の配下になれ」

「配下……ぴょん? 私の配下を散々殺しておいて……それは無理ぴょん」

「下郎がっ! シオン様の慈悲がわからぬかっ!!」


 俺の勧告を断る魔王ヒビキに、クロエが激昂。激昂された魔王ヒビキはブルッと全身を震わせる。


 まさか――


「おい。そこの変態。自分は変態ですと言ってみろ」


 俺は冷たい視線を魔王ヒビキに浴びせながら、言葉を投げかける。


「――! な、何故……そのような……わ、私はへ、変態です……ぴょん」


 魔王ヒビキは否定しながらも、どこか嬉しそうに俺の言葉に応える。


「俺に降れ。俺がお前の無価値な命を有効利用してやる」

「……有効利用ぴょん?」

「そうだ。肉盾として、散々に扱き使ってやるよ」

「――!?」

「理解したなら、さっさと降れ」

「し、しかし……」

「肉盾が意見を言ってんじゃねーよ! 主人となる俺に対してはイエスのみだ! わかったか!」

「は、はい……」


 魔王ヒビキは頬を紅く染めながら、小さく頷いたのであった。



 ◇



 30日後。(魔王になってから1年と10ヶ月後)


 俺の支配する地域は金沢市(一部)、河北郡、かほく市、羽咋郡、羽咋市、七尾市、輪島市、鹿島郡となり、支配領域の数は200を超えた。


 県北統一に残された地域は――珠洲市。


 県北を統一すべく、人類との決戦が幕を開けるのであった。

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