vs魔王アリサ⑧


 ――ビィィィィィ!


 スマートフォンは激しい電子音を奏でて――敵の侵入を警告する。


 敵の侵入経路は2カ所。第二十六支配領域――毒系の罠をふんだんに設置した支配領域と、第二十八支配領域――罠を仕掛けていない支配領域の2カ所だった。


 敵の数は各々の支配領域に沢山だ! 数? 数えられねーよ。 百体以上は間違いなくいる。しかし、千体は超えていない……そんなあやふやな形でしか観測出来ない。


 ――第一小隊、第二小隊、第二十八支配領域へ転移して敵を迎え撃て。


 リナ、クロエを始めとした待機していた配下たちに命令を下す。【転移装置】に乗り込む配下の数はおよそ200体。小隊ひとつあたりに配属した配下の数は100体。全部で第十小隊まで用意してある。主戦力である眷属のリナやクロエたちは小隊には所属しておらず、経験値稼ぎの為に、常時迎撃に出向かせた。


 第二十八支配領域を突破されることは万が一にもないだろう。


 問題となるのは、第二十六支配領域だ。


 第一支配領域の最奥にて、カノンと共にスマートフォンで防衛の様子を確認する。



「撃てぇぇぇええ!」


 クロエの勇ましい声がスマートフォンから響き、無数の弓矢が風を切る音が響き渡る。


「行くわよ~」


 フローラの甘い声がスマートフォンから響き、無数の魔法から発せられる爆発音が響き渡る。


 第二十八支配領域の戦況は好調であった。遮蔽物を巧みに使い、一方的な遠距離攻撃を敵へと浴びせている。この様子だと、リナたち白兵戦を得意とする配下たちの出番はもう少しに先になりそうだ。


 続いてライブ映像を第二十六支配領域へと移す。


 第二十六支配領域には、様々な鎧を装備したリビングメイル三百体が毒の吹き荒れる支配領域の中、敵を待ち構えていた。


 敵の一行は広がる毒の沼、大量に仕掛けられた毒の矢の罠、床に埋め込まれた毒の霧の発生装置に悪戦苦闘していた。指示を出せば容易に避けることが出来る罠も、これだけ大量に押し寄せてきたら避けるスペースもなく、面白いように罠を踏みまくる。


 ここまでは順調だ。三百体のリビングメイルを簡単に抜けるとは思わない。とは言え、リビングメイルは殲滅力が乏しいんだよな……。


 嫌がらせの防衛としては最高の布陣だが、敵を撃退するとなると……援軍を送り込むにも毒が邪魔になってしまい、微妙な状況になってしまう。


 一応、毒が届かない安全地帯はあるけど……説明が難しいと言うか、配下が理解出来るかが不明なんだよな。あいつら、毒があってもお構いなしに突っ込むし……。


 ベストの選択は――俺が行くしかないか。


「カノン」

「はい?」

「出撃するぞ」

「はい……って、え? 私も――」


 ――《転移B》


 俺はキョトンとした表情を浮かべたカノンと共に、第二十六支配領域へと転移するのであった。



 ◆



 第二十六支配領域、1階層。前線から少し離れた地点へと転移した。


「ヒャッ!?」


 転移を終えたカノンが小さな悲鳴を漏らす。


「さてと、作戦を説明する」

「強引で――キャー!? な、何で!?」


 スカートを捲し上げて喚き散らすカノンに冷静な視線を送る。


「落ち着いたか?」

「えっ?」

「作戦は、魔法を打ちまくる。以上だ。ちなみに、俺の指定したエリアから前には飛び出すなよ」


 驚愕の表情を浮かべるカノンに俺は作戦を伝える。


「っと、前線に行く前に戦力を補強だな」


 リリムを30体創造。創造したリリムに俺の前には出るなと命令を下す。


「行くぞ」


 俺は、カノンと30体のリリムを引き連れて、リビングメイルが防衛を務める毒が吹き荒れる最前線へと移動するのであった。



「おぉ……」

「生で見ると凄いですねぇ」


 視界を薄い緑で覆う毒の霧。後方から幾重にも放たれる魔法の数々。同胞の死体を踏み越えて、押し寄せてくるゴブリンたち。横一列に並ぶリビングメイルへと突撃し、響き渡る金属同士の衝突音。


 漂う空気。ぶつかり合う魔物たち。鳴り響く音――目の前に広がるのは、紛う事なき凄惨な戦場だった。


 俺はゲイボルグを用いて、地面に線を引く。


「この線から先には進むな」


 線の向こう側は毒の有効範囲だ。発生源からかなり離れているので、効果は薄いが無害ではない。


 俺を先頭に、線の後ろ側にカノンと30体のリリムが並ぶ。


「狙いは付ける必要は無い。リビングメイルに当たらないようにだけ注意しろ」

「はい」

「「「は~い」」」


 敵は通路を塞ぐほどに大量にいる、狙いを付けなくても命中させることは容易だ。


 ――《ダークアロー》!


 俺はリビングメイルを避けるように、闇の矢を上空目掛けて発射する。放たれた闇の矢は放物線を描き、リビングメイルの向こう側――敵へと降り注ぐ。


「――《アースジャベリン》!」


 浮遊したカノンが杖を振るうと、地面から先の尖った土の塊が隆起しゴブリンたちを串刺しにする。


「「「――《ファイヤーアロー》!」」」


 リリムの集団が俺の行動を模倣して、上空へと炎の矢を発射。無数の炎の矢が敵へと降り注ぐ。


 ヒューッ! 美味しいな!! こんなにも容易に経験値を稼げるとは……ご馳走様です。


 何層にも重なるリビングメイルの壁に護られ、安全領域から魔法を放って経験値が稼げるこの状況は俺のアドレナリンを分泌させるには、充分なシチュエーションだった。


 魔法を放ち続け、体力が尽きたらスマートフォンで第二十八支配領域の戦況を確認する。そんな、半ば作業と化したルーティンを続けるのであった。



 ◆



 カノンと共に防衛に参加してから3時間。


 入口から押し寄せる無数のゴブリンの群れ。敵の勢いは未だ衰えることはなかった。


 ったく、何体の配下を創造したんだよ……。まぁ、経験値稼ぎに美味しいからいいけど。


 数体のリビングメイルは倒されてしまったが、敵と俺との間にはまだまだ多くのリビングメイルが控えていた。


 ん?


 後詰めのゴブリンはゴブリンアーチャーだったのか? 数本の矢がリビングメイルの壁を飛び越えて、俺の元まで飛来してくる。


 近くに控えていたリビングメイルが、俺を護るように盾を構えて飛来してくる矢を受け止める。カンッ! と乾いた音共に地面に落ちた矢へ、何気なく視線を向ける。


 ――!?


 地面に落ちた矢は――白銀に輝いていた。


 銀の矢――一言で言えば、対俺用の特攻アイテムの一つ。


 俺は後方の安全圏へと下がり、スマートフォンを操作して支配領域の入口付近――後詰めで増援に来た敵を確認する。


 チッ!?


 俺はスマートフォンに映された敵の姿――白銀に輝く武器を手にした敵の集団を見て、舌打ちをする。


 魔王アリサもアホではない。少し調べれば、敵――魔王シオンは魔王(吸血種)と調べることは容易であり、更に調べれば魔王(吸血種)の弱点が銀製品の武器と知ることも容易であった。


 クソッ……完全に、俺一人にまとを絞りやがった。


 魔王アリサが逆転する為に一番簡単な方法は――俺を倒すことだ。


 逆に、俺だって魔王アリサがノコノコと前線に現れたら集中攻撃を仕掛けて最優先で倒す予定だった。


 引っ込んでもいいけど……どうするかな?


 俺は、取るべき行動の選択に迫られるのであった。

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