vs金沢の勇者の御一行③


 魔王になって106日目。


 宣言通り、金沢市公認の勇者様御一行が俺の支配領域に現れる。勇者様御一行は第一支配領域の入口から侵入を開始した。


 現状の俺の支配領域は4つの階層で構成されている。しかし、4階層(地下3階)は居住区兼屋外仕様なので、侵入者を撃退出来るのは3階層までとなっていた。


 俺の支配領域は対勇者様御一行の特別仕様に構造を変えていた。


 1階層のコンセプトは――精神の摩耗。


 配置した配下はジャイアントバットと、数が増えすぎたラットのみ。中途半端な戦力は、CPの無駄遣いにもなるし、勇者様御一行を勢い付かせるきっかけになりかねない。


 空中からは、ひたすら超音波を放ち続けるジャイアントバット。地上では、素早い動きのラットがひたすら無意味に走り回っている。


 そして、驚きの低コストであるDPとCPを駆使して多数設置された罠――【木の矢】は死傷を目的としていない、単純な嫌がらせだ。5%の割合で設置されている【毒の矢】の罠も、いい感じに精神を摩耗してくれると、信じている。


 それでは、1階層を侵入中の勇者様御一行を観察するかな。



 ◇



 (佐山 莉那)


 私たちは初めて挑んだ支配領域へ、再び侵入を開始した。


 侵入を開始して1時間。


「チッ! あんだよ! このクソダンジョンはよぉぉおおお!」


 大柄な体格と重厚な装備を活かし、私たちの盾役として先頭を歩くユウヤが苛立ちから、怒鳴り声をあげる。


「ユウヤ。落ち着いて下さい」


 いつも冷静な安藤先輩がユウヤを窘める。


「英也! 情報と全然違うじゃねーか! 出現する魔物はグールじゃなかったのかよ! さっきから出現するのは、キィキィうるせぇでかい蝙蝠に、ウロチョロと走り回るネズミだけじゃねーか!」


「うぇーいwww ユウヤ、落ち着け。と言いたいけど、確かにこれは不快だね」


 いつもは軽い調子のマサカドの表情にも苛立ちが見え隠れしている。


「支配領域は常に変化している……今では一般常識です」


 安藤先輩は、メガネのフレームに指を当てながら注意する。


「それはそうですけど……安藤先輩。あの蝙蝠の鳴き声は本当に不快ですよ……。何か気持ちが悪くなっちゃいますよ~」


 後方を歩く沙織からも、非難の声があがる。


 実際、あの大きな蝙蝠の鳴き声は軽い頭痛を誘引しており、非常に厄介な攻撃だった。


「うぇーいwww 見ろよ! 宝箱だぜ! 確か、この支配領域の宝箱の中身は期待出来るよな? 俺のシルバースピアちゃんもこの支配領域で手に入れたんだぜ!」


 マサカドの指差す方向には宝箱が設置されていた。


 私が『漆黒の勇者』と呼ばる要因となった武器――『黒鉄の剣』もこの支配領域で入手した武器だった。


 全員が期待を膨らませ、宝箱を開放しようとするマサカドに視線を集中させる。


 マサカドは慎重な手付きで宝箱を開放した。


「――クソがっ!!」


 ――!?


 マサカドは、突然怒声を上げ、手にしたモノを地面に叩き付けた。


「どうしたのですか」


 安藤先輩が、マサカドの投げつけたモノへと駆け寄り、拾い上げる。


「なるほど……。確かに、厄介な支配領域ですね」


 苦笑を浮かべる安藤先輩の手には、木刀が握られていたのであった。


 途中、休憩所で2回の休憩を挟み、嫌がらせのように鳴き続ける巨大な蝙蝠と、存在価値を見出せない動き回るネズミ。そして、度重なる【木の矢】と時折設置された【毒の矢】の罠に、ストレスを抱えながらも、支配領域に侵入を開始してから12時間後。私たちの目の前には2階層へと続く階段が現れた。


 12時間。言い換えるなら、僅か12時間での階層制覇。これは、選抜メンバーである私たちでも、経験したことのない最短記録であった。


 通常であれば、マッピングを重ね……何度も往復を繰り返して階層を制覇する。


 しかし、この支配領域では戦闘らしい戦闘も発生せず、ただ嫌がらせのような行動だけが続いた結果、僅か半日での階層制覇となったのだ。


 階層制覇――この言葉を使うのは少し早かったかも知れない。


 なぜなら、階層の前には守護者と言うべき、一匹の魔物が立ち塞がっていた。


「おい……アレって……」

 ユウヤは警戒しながら、盾を構える。


「油断は禁物です……。《アナライズ》した結果もスライムですが……罠の可能性が高いです」


 安藤先輩も緊張した声で、目の前の魔物――スライムに意識を集中させます。


 目の前に立ち塞がる守護者とも言うべき魔物は、ふよふよと蠢く濁った大きな水溜まり――スライムだった。


「全員、陣形を組んで下さい。斉藤さんは先制攻撃の魔法をお願いします!」


「わかりました!」


 紅蓮の炎を操る魔法使い――斉藤 瑠璃子が、手にした杖に意識を集中させる。私を含めたメンバー全員も、手にした武器に力を込め、強敵との戦闘に備える。


 無発声で放たれた炎の槍――【ファイヤーランス】がスライムへと突き刺さり、盛大な炎を撒き散らす。


 ――!?


 炎の槍が突き刺さった跡地には虚無の空間。私は目の前で起きた出来事に混乱し、すぐに状況を理解する。


「まさか……本当にただのスライム?」


 安藤先輩が、呆けた声を漏らす。


 私たちが勝手に強敵だと思った魔物は、何のことはない。ただのスライムだった。安藤先輩のアナライズで調べれば、ランクFの魔物。いわゆる、雑魚と称される魔物。


「うぇーいwww ふざけた支配領域だぜ」

「ったく、なんだよココ!」


 肩を透かすマサカドに、怒りに震えるユウヤ。


 世間の声では、私が解放を宣言したとされる支配領域は――世間が言うような『稼ぎ場』ではなく、一癖も二癖もある支配領域であった。



 ◇



(シオン)


「お!? ようやく2階層へ突入か」


 スマートフォンに映し出されるライブ映像を見ながら、俺は勇者様御一行の侵入を振り返る。


「ハイライトは、木刀を投げ捨てるうぇーいwww氏だな」

「私はあの人が大嫌いなので、スッキリしましたぁ」


 期待に満ちた目で宝箱を開き、絶望から怒りへと変わるうぇーいwww氏の様子は、なかなかに楽しめた。次点は、スライムの前で緊張感に包まれる勇者様()御一行の様子だな。


「おいおい。酷いこと言うなよ。うぇーいwww氏は大切な情報源だぞ?」

「それは、わかっていますけど……。生理的に無理ですねぇ」

 うぇーいwww氏に殺されかけた経験があるカノンは、楽しそうに笑みを浮かべる。


「いい感じに苛立ってくれたかな?」

「画面を通して見る限りは、成功じゃないですかぁ?」

 悪い笑みを浮かべて微笑み合う、俺とカノン。


「お次の2階層のコンセプトは――」


 1階層の被害は軽微であった。戦力が十二分に温存してある状態の俺は、前途多難な勇者様御一行のウォッチングを楽しむのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る