vs金沢の勇者様御一行②


 魔王になって104日目。


 本日は、帰還した眷属との話し合いだ。


 昨日の深夜帰還した眷属たちが一番驚いていたのは、支配領域の変化であった。


「まともな食事があるっす……。これは夢っすか!?」


 と、驚愕したのは古株の配下でもある、青く染められた粗末な兜を被ったゴブリンファイター――ブルーだ。シルバーシリーズの装備一式に身を纏うコボルトナイト――シルバーも、寡黙を装っているが、尻尾は高速に左右へと振られていた。


「ま、マスター……。下賤なる我々にこのような厚遇。私は……私は……果報者です」


 今にも壊れそうな粗末な小屋を見て、涙を流し、感謝する美麗のダークエルフ――クロエ。このダークエルフの俺への信仰は少し重すぎる。


 もう一人の眷属でもあるホープも嬉しそうに笑みを溢していた。


 そこそこの成果を上げた眷属たちを、居住区がある4階層の粗末な小屋(創造CP3)に案内。労いの意味を込めて、配下が栽培した食事を提供したのだが、効果は絶大であった。


 カノン曰く、魔物である配下にも忠誠心のようなモノが存在するらしい。裏切ることはないらしいが、忠誠心が高いと期待以上の働きをすると聞いたので、情が湧かない程度に甘やかしたのだ。


 まぁ、カノンの元眷属――ゴブ太の例もあるしな。


 例えば、同じゴブリン種であるブルーと比較すると……


「ブルー」

「何すか?」

「俺は危機的状況にある。俺を助けるために、その命を投げ出してくれるか?」

「えっ? これって最後の晩餐だったんすか……」


 ブルーはあからさまに落ち込む。命がけで俺の支配領域へカノンの伝言を届けたゴブ太と大違いだ。忠誠心。目に見えないデータに捉われるのは好きではないが、費やすコストは小さい。言うなれば、気休め程度の施策であった。


「マスター! このような下等な者に命じなくとも、このクロエ! 恩命があれば、いつでもこの命を投げ出します!」

「我も主の命あらば、この命いつでも投げ出す所存!」


 落ち込むブルーを押し退けて、信仰が厚い二人が俺へと迫る。


 ここまで来ると忠義じゃなくて、信仰だよな?


 俺は、カノンとゴブ太のような程よい距離感の関係性に憧れるのであった。


「っと、冗談はそこまでにして、報告をしてもらってもいいか?」


「はっ! 畏まりました!」


 眷属を代表して、クロエが調査した30の支配拠点の報告を始めたのであった。


 金沢市に残された支配領域は、俺の支配領域を含めて55。


 クロエから報告された情報――出現した敵の種類を元に、魔王のレベルと種族を推測。俺は侵略者から奪い取った簡易的な金沢市の地図に支配領域の位置と情報を落とし込む作業を始めた。


 まず、落とし込む情報は――レベル3未満。つまり、未進化の魔王が支配する支配領域。


 進化すると、相性の良い種族の配下を創造するコストは半減し、相性が悪い配下を創造するコストは倍増する。また、進化した種族特有の配下が創造出来るようになる。


 つまり、種族特有の配下――魔物が存在しない。且つ、ゴブリン、コボルト、スライム、ラットなど、多種多様な魔物が出現する支配領域は、高確率でレベル3未満の魔王が支配する支配領域と推測出来る。


「レベル3未満の魔王少ないな」


 条件にあてはまる支配領域は3カ所のみであった。


「うーん……ココとココもレベル3未満だと思いますよぉ」


 カノンが示した支配領域は、出現した魔物がコボルトのみの支配領域だ。


「コボルトのみだろ? 魔王(獣種)とかじゃないのか?」


「私の経験談になりますけど、追い込まれるとコボルトさん以外の配下は、人類の経験値にしかならないので、とりあえず一番強いコボルトさんだけを、創造してましたぁ」


「経験者は語るってやつか。そうなると、この支配領域もゴブリンしか確認されていないが、魔王(妖精種)じゃなくて、レベル3未満の可能性があるのか?」


「そうですねぇ。創造のレベルを初期のEのままと言うのは……無謀と言うか、あんまりですが、可能性はありますねぇ」


 カノンの考察を踏まえた結果、レベル3未満の魔王が支配する支配領域は6カ所となった。


 魔王になってから104日。人類との侵略が始まってから74日。未だレベルが3に到達していない魔王は20%か。20%と言う数値は、いつか争うことになる俺の立場から見れば少ない割合に感じるし、知識特化のカノンですら26日も前にレベル3に至ったことを思えば多すぎる割合に感じもした。



 仮にレベルが2で、コボルトが現れた支配領域。俺やカノンのように【スペシャル】で、BPを10獲得していないと仮定して……してないよな? 今の所、参考データは俺とカノンの二人だけだが、【スペシャル】でBPを貰った率100%だぞ。……いや、してない。してないと仮定しよう。


 脳裏に浮かんだ嫌な予感を振り払い、再び思考の世界に没頭する。


 レベルが2と言うことは、保有しているBPは初期の10とレベルアップで獲得した5を足した15。コボルトがいると言うことは、創造はD。コボルトが装備していた装備が鉄製の武器であったことから、錬成はD以上。ランクをE→Dに成長させる為に、必要なBPは2。つまり、この時点で4のBPを消費している。


「クロエ。この支配領域に出現していたコボルトは、鉄製のアイテムをフル装備していたか?」


「はい。二階層へと続く階段の前で、シルバーと同じ構成の鉄製のアイテムを装備したコボルトが3体いました」


 俺はクロエから告げられた情報を頭の中で組み立てる。


 シルバーと同じ構成。つまり、武器、盾、兜、鎧の4点セットだ。全てが鉄製であるならば、消費されるCPは10*4の40だ。


 フル装備させる程大切な配下なら……もう少しよいアイテムを渡すよな?


 錬成がCになったら、消費CP50の黒鉄シリーズ。更には、シルバーご用達のCP100を消費する銀製シリーズも存在する。


 そもそも、魔王になってから105日も経過しているのだ。まともに創造されている配下はコボルトだけ。錬成されたアイテムは鉄シリーズのみ。では、CPがだだ余りじゃないか?


 つまり、この魔王は創造出来る最強の配下がコボルトで、錬成できる最強のアイテムが鋼シリーズであると、予測出来る。


 と言うことは、創造はD。錬成もDで確定だな。


 そうなると、残った11ポイントのBPで何が出来る?


 E→Cにランクアップするのに必要なBPは2+5で、7だ。


 つまり、【肉体】、【魔力】、【知識】のいずれかをCへとランクアップさせ、残った項目をDへとランクアップさせた、と言うのが一番自然な筋書きだろう。


 得られた情報から相手の力量を推測してゆく。


 次は、出現した魔物から魔王の種族を推測する作業を始めた。


 こちらは、先程の推測と比べると容易だ。推測ではなく、確定情報と言ってもいいだろう。


 知識特化であるカノンは、創造Cまでではあるが魔王の進化した種族によって創造出来る特有の配下を網羅していた。


 魔王(人種)   ――なし。

 魔王(鬼種)   ――餓鬼。オーガ。

 魔王(魔族種)  ――インプ。グレムリン。デーモン。

 魔王(エルフ種) ――シルフ。ドリアード。エルフ。

 魔王(ドワーフ種)――ノーム。トロール。ドワーフ。

 魔王(スライム種)――ポイズンスライム。マジックスライム。メタルスタイム。

 魔王(獣種)   ――サーベルタイガー。ワーキャット。ヘルハウンド。

 魔王(妖精種)  ――レッドキャップ。ピクシー。ドリアード。

 魔王(吸血種)  ――ジャイアントバット。グール。ライカンスロープ。

 魔王(龍種)   ――リザードマン。

 魔王(堕天種)  ――ガーゴイル。



 種族特有の配下は消費CPに比べて性能に優れている傾向がある。普通の思考を持っていれば、支配領域に多数投入していた。


 クロエから報告された出現情報を元に、地図に記された支配領域に魔王の種族を追記していく。


 結果として、調査を終えた24の支配領域の内訳は、魔王(人種)0、魔王(鬼種)4、魔王(魔族種)5、魔王(エルフ種)3、魔王(ドワーフ種)2、魔王(スライム種)3、魔王(獣種)3、魔王(妖精種)3、魔王(吸血種)1、魔王(龍種)0、魔王(堕天種)0。


「意外に、ばらけたな。ってか、龍種と、堕天種に進化出来る条件は何よ?」

「その二種族だけは、私も知らないですぅ」


 進化する条件は、カノンから聞いた情報によると、


 魔王(人種)   ――なし。

 魔王(鬼種)   ――【肉体】のステータスC以上。

 魔王(魔族種)  ――【魔力】のステータスC以上。

 魔王(エルフ種) ――【知識】のステータスC以上。

 魔王(ドワーフ種)――【錬成】のステータスC以上。

 魔王(スライム種)――スライム種に属する配下を100匹以上創造。

 魔王(獣種)   ――獣種に属する配下を100匹以上創造。

 魔王(妖精種)  ――妖精種に属する配下を100匹以上創造。

 魔王(吸血種)  ――30日以上自室から一歩も踏み出さない。

 魔王(龍種)   ――不明。

 魔王(堕天種)  ――不明。


「こうなると、厄介なのは……鬼種の支配領域と、魔族種の支配領域だな」


 30日以上の長期間に渡り遠征に出掛けていたクロエたちであったが、参加した全ての配下の生還は叶わなかった。4人の眷属こそ、全員無事に生還を果たしたが、連れ立った配下はコボルト1体、ゴブリン1体、ダークエルフ1体が、道半ばに朽ち果てた。


 死因は全て、支配領域を調査中に強襲を仕掛けて来た魔王による攻撃であった。


 ゴブリンとダークエルフは鬼種に進化した魔王に、コボルトは魔族種に進化した魔王に討ち倒された。前者は恐らく【肉体】B。後者は【魔力】B。の共に、自己強化特化型の魔王であった。


 ランクが1つ上がると、性能は大幅に強化されるようだ。考えてみれば、ランクを初期値のEからBに成長させる為には17ものBPが必要になる。CからBに成長させるだけでも、BPは10必要となる――つまり、レベルアップ2回分を費やす必要が生じるのだ。


 支配領域に出現した魔物は弱かった。装備していたアイテムも貧弱だった。しかし、強襲してきた魔王の強さは異次元だったのだ。


 あの魔王を眷属たちだけで、討ち倒すのは当分無理だろうな。


 まぁ、仕掛けるとしたら推定レベル2の魔王が支配する支配領域からだな。


 その前に――明日侵入してくる勇者様御一行を撃退する必要があるけどな。


 楽しい休憩(分析)は終了だ。


 少し未来の計画を実行するために、目の前に迫った問題を解決しようじゃないか。


 俺は、侵入を宣言された勇者様御一行を迎え撃つ作戦を配下たちに伝えるのであった。



 ◆



 魔王になって105日目。


 つい先ほど、金沢市公認の勇者様御一行が市内で4つ目となる支配領域を解放。人類は、解放された地にて、解放記念パーティーで湧き上がっていた。


『明日から、我々は金沢市にて5つ目となる支配領域の解放を開始する! フォロワーのみんな応援よろしく!』


 『うぇーいwww氏』こと宮本 将門は、上記の文章を、最高のドヤ顔の写真を添えて、SNSに投稿していた。


「ってことで、今日は安全だな」


 このSNSの投稿内容が、実は巧妙な罠で……今日奇襲を仕掛けてきたら、俺の中のうぇーいwww氏を再評価する必要が生じるが、恐らくそんな事態には陥らないだろう。


 こちらの準備は整っている。明日に備えて、主要となる配下たちには十分な休息を与えることにした。


 睡眠も食事も必要としない俺は、自室で明日の迎撃をシミュレーションし続けるのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る