122 盗賊の身元


「相変わらずしけとるのぉ」


 俺達が倒した盗賊集団の中で一番品質のいい装備品を身に着けている男の懐から麻袋を抜き取った老師がボヤいた。

 罪悪感の欠片も感じられないが、やっていることは物盗りだ。もう少し何とかならないものだろうか?これではまるでこっちが悪人みたいだ。


 老師が本気を出したら全員知らない間に昏倒させられて武器と所持金を奪われるんだから、それよりはマシ…なのか?

 いやでも怪我させられるぶん、今の方がなお悪いかもしれないけど。


「そのお金、ちゃんとボスに渡してくださいよ?

 一応これも訓練の一環なんですから」

「言われんでも分かっとるわい」


 倒れている盗賊がそれぞれいつ目覚めるのかわからない。

 不用意に実名を出して要らぬ争いを起こすべきではないと老師に注意を受けてからは訓練中はずっとイオレットさんのことをボスを呼んでいるし、盗賊ギルドの名前も伏せている。


 ちなみに今回の集団のボス…盗賊の幹部を倒したのは風刃と俺だ。通例だと倒した敵の所有物は倒した人間にどうこうする権利があるらしい。

 風刃は情報を流してくれる盗賊ギルドに恩を感じているらしく、訓練で倒した敵の所有物は俺たちの好きにしていいと言ってくれている。

 だから俺は盗賊ギルドに金を入れてくれるように頼んだ。

 さっきのはそういう会話だ。


 今はそんな風刃の怪我した体に治療キッドの包帯を巻き終わったところだ。


「ありがとう。助かった」

「いや、俺の怪我も治してもらってるし、お互い様だ」


 ちなみに押収した金の一部はこうして訓練で使う治療キッドという形で俺達に還元されている。ディゴ王国の治安維持は盗賊ギルドの仕事ではないが、オレガノに逃れてきた聖王国の逃亡民がディゴ王国に向かうことも稀にあるということなので地域清掃の報酬という名目で。

 くれるという物を辞退する理由もないので有難く使わせてもらっているのだ。


「さて、そろそろよい時間じゃ。帰るぞ」

「はい」


 空の端に沈み始めた太陽を見つめて老師が走り出し、俺達もそれに続く。

 一度だけ背後を振り返ったが、地面に倒れた盗賊たちが起き上がる様子はない。


 盗賊たちのほとんどは俺達と同じ普通の人間、純血種と呼ばれている人間達だ。けれどさすがディゴ王国と言うべきか、体の大きなディゴ族も混じっている。体の屈強さこそ巡回部隊とは比べるまでもないが、嫌悪し合っている二つの民族が手を取り合うことができた集団が盗賊稼業をしているとは皮肉なものだ。


「なんか嫌ですね。

 あんな人達が同じように盗賊って呼ばれてると、まるで俺達まで一緒くたにされてる感じがしてきます」


 声が届かないほど距離が離れてからポツリと呟いた。


 盗賊ギルドという命名は初代のギルドマスターが悪ふざけでつけたのだという噂があるらしい。イオレットさんは盗品を売買する商人ギルド員の存在が盗賊稼業をしているように誤解されたのではないかと推測していた。


「それがあながち間違いでもないんじゃよ。

 歩はオレガノを出た聖王国の逃亡民がどうなるか、考えたことはあるか?」

「いえ…」

「ディゴ族は直接襲い掛かってこんものの協力的でもない。

 南の湿地に出る赤い悪魔を怖がって東のディゴへ逃げ延びても、ディゴ族にはのっぺり族と蔑まれまともな職に就くのは難しい。

 冒険者になりたくてもディゴの街に訪れる者は屈強なディゴ族しか求めておらんからな。

 その結果、金に困り盗賊に身を堕とす奴らも多いんじゃよ」

「そんな…!

 じゃあ、つまり俺達は今まで盗賊ギルドの登録者と戦ってきたってことですか!?」

「全てがそういう訳ではないだろう。

 じゃが第三者から見れば似たようなものに見えるのは致し方ないことなんじゃ」


 驚いて目を見開いた俺の言葉を老師は静かな表情で肯定した。


 盗賊ギルドに登録する時、イオレットさんは登録するメリットを“仲間を得られることだ”と簡潔に語った。

 実際、俺はこれまで幾度も盗賊ギルドのメンバーに助けられてきた。

 聖王国から逃げてきた彼らだって同じように1万コマンを支払って登録したはず。なのにそんな彼らを訓練対象として倒していたなんて。


「じゃがくれぐれも勘違いするんじゃないぞ、歩。

 聖王国で盗賊ギルドに登録し逃げてきた者達は、無事に聖王国領を出るための保険として登録料を支払ったんじゃよ。

 ワシらが仲間と呼ぶのはあくまで互いを信じ助け合うことができる者達なんじゃ。

 間違っても罪のない旅人や命からがら逃げてきた民を襲い、命ごと全てを奪う盗賊なんぞではない」

「それはまぁ…そうですけど」


 走りながらこちらを振り返った老師は厳しい顔で俺を諭したが、心は晴れなかった。

 オレガノ周辺で追剥をやっているのはかつて聖王国に反旗を翻したレジスタンスの子孫で、聖王国から逃げのびた逃亡民達は別の国で盗賊として弱者から命と金品を奪っている。

 なんだかやりきれない。


「中途半端に同情するんじゃないぞ、歩。

 奴らを片っ端から救っていってやれるわけじゃ、ないんじゃからな」

「分かってます」


 俺が何かできるのはせいぜいこの両腕が届く範囲だけだ。

 世直しなんて天地がひっくり返ったって無理だって頭では理解している。だけど…。


 この荒廃した世界は本当に無情だな…。


 俺の小さな心の声は溜息となって駆け抜ける空気の中に消えていった。




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