121 盗賊退治


「む?」


 訓練の休憩時間に乾いた喉に水筒の水を流し込んで潤していると老師が立ち上がって遠くに目を向けた。

 最初はその行動の意味がわからなかったが、同じ状況を何度となく経験した今ならわかる。

 おそらく遠くにスクラ盗賊らしき人影を見つけたのだろう。

 そしてその後の行動もほぼ一貫していた。


「行くぞ。隠密ダッシュでついてくるんじゃ」

「はい」


 短く命じる老師の後に続いて俺達も走り出した。


 今さっき休憩に入ったばかりなのに…と不満を言ったところで鞘で頭に一撃もらうだけだ。

 俺は痛みによって学習した。同じことを二度繰り返すつもりはない。


 腰を落としたままなるべく足音を消して走る。

 最初は人影すら見えないほど距離が開いていたが、老師の背中を追いかけて走っているとやがて10人ほどで固まって歩く盗賊の集団が見えた。


 隠密ダッシュで近づくのにも実は意味がある。

 隠密訓練になるのと同時に俺達の訓練場所を知られないようにだ。

 できる限り訓練場所から盗賊たちが遠ざかったところで背後から不意打ちの先制攻撃を加える。大人数を相手にする場合はまず相手の数を減らして数の優位を少しでも減らすことが最優先だからだ。

 それも刀で斬りかかるのではない。


「……」


 集団の一番後ろを歩く盗賊の真後ろに貼りついた老師は俺達が追い付くのを静かに待った。

 盗賊たちの背中にぴったり張り付いて後を追いつつ、俺達は空気極力を乱さないよう呼吸を整える。

 俺達の呼吸が落ち着いたのを見計らってこちらを振り返った老師は、前を歩く盗賊たちに向かってさっと右手の四指を曲げた。手招きではない。“やれ”というハンドサインだ。


 俺は風刃と一瞬だけ視線を合わせて頷き合うとそれぞれ左右にわかれ、一番近い盗賊の背後につく。盗賊たちは軍隊のように整列して移動しているのではなく、左右に広がって歩いているので、背後につくのはそう難しくない。

 そして目線だけで互いにタイミングを計ると、しゃがみ移動の姿勢からおもむろに立ち上がって目の前の盗賊の首裏に手刀を強く叩き込んだ。


「ぐえっ!?」


 ちっ、外したか!


 目の前の盗賊が奇妙なうめき声を上げるのとほぼ同時に右側で地面に倒れる音がドサドサと響いた。老師が必中なのはいつもの事だが、今回は風刃も成功したらしい。回数を重ねるにつれ着々と暗殺スキルの成功率を上げているようだった。


「誰だ、このやろう!?」


 いきり立ってこちらを振り返ろうとする盗賊が体を反転しきる前に腰の刀を抜き放つ。それとほぼ同時に鞘の感触がベルトから消えた。きっと老師が抜き取ったのだろう。いつものことだ。

 俺が刀を握って対峙している姿を目にすると、彼らは目の色を変えて一斉に背中の武器を手にした。10人だったのが2人減って8人。そのうち2人はボウガンみたいな遠距離武器をこちらに向かって構えていた。

 が、俺達の相手はサーベルを構えて襲い掛かってこようとしているほう。


「こいつらまさか最近このあたりに出没してるっていう…!?」

「誰だろうと関係ねぇ!殺して身ぐるみ剥いじまえば一緒だ!」


 突っ込んだのは風刃が一番早かった。ペドから定価で買い取った忍者刀の刃がギン!と鋭い音を立てる。手入れされた真っ直ぐな刀身が鏡みたいに太陽の光を反射して光った。

 それに触発されたように盗賊たちも声を上げてこちらに襲い掛かってきた。

 俺は目の前の男の剣を大きすぎないよう注意した動きで避けながら、がら空きになった裸の横腹に刃を滑らせる。腹部にめり込んだ切っ先が肉を切り裂いて赤い筋が浮かんだ。

 速さや筋力ではまだ及ばないかもしれないが、毎日の訓練で素早い攻撃には目が慣れている。特にフェイントをかけるわけでもない攻撃を見切るのはそこまで難しくない。老師のおかげだ。


「こいつ…!」


 腹の傷を撫でた手が血で濡れるのを見た盗賊が錆びたサーベルを振り回してきた。大振りな攻撃を刀で受けてもいいが、まだ人数が残っている状況では背後から斬られる可能性がある。

 俺はわざと少し走って盗賊を誘い、盗賊は追いかけてきた勢いのままサーベルを振り上げた。

 その一瞬の隙を見越して大股に一歩踏み込む。さっき斬った傷にほど近い場所をもう一度同じように、そしてより深く刀をその腹にめり込ませ、振りぬいた。


「あ゛っ…!?」


 唖然と立ち尽くす盗賊の横を抜けて背中の向こうから追いかけてきていた2人目に対峙する。


 残り、7人…!


 しかしそんな俺の視界の隅で老師が足元に倒れている男たちからボウガン風の武器を奪い取り、遠くへと投げ捨てていた。

 俺が1人倒している間に遠くで武器を構えていた2人の背後に回り込んで昏倒させたらしい。本当につくづく動きが人間レベルじゃない。

 だがおかげでいつどこから飛んでくるかもしれない矢を警戒する必要はない。彼らの発射性能がどこまで正確かは知らないが、この援護は敵の頭数が減ったことも含めてありがたかった。


 残りは風刃と2人で可能な限り片付ける…!


 俺は気合と共に刀を持ち直し、目の前の敵を睨みつけた。




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